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【 第三十九話】森に触れる者たち

〈星詠王国コンステラ・謁見室〉


静かな空気が流れていた。


ラクテアの言葉の余韻だけが、謁見室へ残っている。


(どうか、彼から目を離さないで)


サツキは、女王の瞳を真っ直ぐ見返していた。


だが。


そこに敵意はない。


警告、あるいは――祈りに近い何かだった。


「……私たちは、ナナセの護衛として来てます」


サツキが低く返す。


「今さら言われなくても、そのつもりです」


ヒナノも頷いた。


「うん」


「放っておくとすぐ無茶するしね」


「人聞き悪くない?」


ナナセが苦笑する。


だが。


ラクテアは静かに首を横へ振った。


「無茶をするのではありません」


「貴方は、“踏み込んでしまう”のです」


空気が僅かに重くなる。


ブレルが静かに口を開いた。


「……だからこそ、我々は警戒している」


その視線は真っ直ぐナナセへ向いていた。


「人間でありながら、森へ深く干渉できる存在を」


ヒナノが眉をひそめる。


「それって、悪いことなの?」


「場合による」


ブレルは淡々と答える。


「だが、無責任なのは間違いない」


「いいかどうかがわかる時に、貴様らは生きていないだろ」


「だからこそ、人間が触れて良い領域ではない」


「特に、世界樹周辺はな」


ナナセは肩をすくめる。


「僕だって、好きで触ってるわけじゃないよ」


「ですが、貴様は過去に一度、森の深部へ踏み込んでいる」


ブレルの声が低くなる。


「それも、我々エルフですら扱いを誤れば国が滅ぶ案件へ」


サツキとヒナノの目が細くなる。


ナナセは無言だった。


オボロだけが静かに視線を伏せている。


ラクテアが煙管を持ち上げた。


白い煙が揺れる。


その香りに触れた小精霊たちが、ふわりと集まり始めた。


荒れていた空気が、少しずつ静まっていく。


「ブレル」


「……失礼しました」


ブレルは一歩下がる。


だが。


その警戒は消えていなかった。


ラクテアはナナセを見つめる。


「貴方が来たことには意味があります」


「今のコンステラには、“森へ触れられる者”が必要です」


「エトの代わりかな?」


ナナセが小さく呟く。


ラクテアは静かに頷いた。


「世界樹周辺の精霊たちは、今も怯えています」


「外縁結界の崩壊以降、精霊の流れが乱れ続けている」


ロゼが悔しそうに唇を噛む。


「神官たちも、毎日鎮静化を続けています」


「ですが、追いついていません」


「先の侵攻の際に、契約精霊も含めてかなり消耗しています」


煙の残滓に集まる小精霊たちを見つめるラクテア。


「コンステラでは、多くの民が精霊と共に生きています」


「ですが今は、その繋がりそのものが不安定になっているんです」


ラクテアが静かに煙を吐いた。


甘い煙が広がる。


謁見室の隅にいた小精霊たちが、安堵するように光を緩めた。


ヒナノが目を丸くする。


「……落ち着いた?」


「霊香です」


ロゼが説明する。


「精霊との対話を助ける香」


「歌や舞と同じ、“鎮めるための文化”ですね」


ナナセが小さく笑った。


「それ、まだ使ってくれていたんだ」


ラクテアが微笑みながら煙管を吸う。


「昔みたいに、自由に舞ができなくなりましたからね」


「それに、ロゼが薬の調合もしてくれたから、手放せないのですよ」


「――精霊にも私にも」


ブレルが眉をひそめる。


「“レーヌ”、あまり体調のことを他国の人間には……」


「ブレル、今更ですよ?」


「……ですが」


ブレルの心配を無視して、ナナセと向き合うラクテア。


「ナナセ」


「貴方は何をしに来たのですか?」


静かな問いだった。


だが。


試すような響きがあった。


ナナセは少しだけ考える。


そして。


ゆっくり口を開いた。


「精霊を“利用する側”を止めに来た」


「ただそれだけだよ」


その瞬間。


ラクテアの瞳が静かに揺れた。


ブレルもロゼも、言葉を失う。


ナナセは続ける。


「精霊を、ただの道具みたいに扱ってる連中がいる」


「……あれは駄目だ」


その声には、珍しく感情が滲んでいた。


ヒナノが小さく目を見開く。


サツキは静かにナナセを見ている。


ラクテアは、ゆっくりと目を閉じた。


「……そうですか」


煙管を再度吸う。


やがて、ラクテアが煙を吐きながら再び目を開く。


「ロゼ」


「はい」


「ナナセたちを、世界樹外縁へ案内してください」


ロゼが目を見開いた。


「ですが――」


「今の世界樹周辺は危険です」


「だからこそです」


ラクテアは静かに答える。


「彼なら、“今の森”を見れば分かる」


ブレルが低く口を開く。


「本当に任せるのですか」


「――また人間に」


ラクテアは静かに煙管を置いた。


「結界を修復できる人物は彼しかいません」


「それに」


「……森は今、選んでいるのです」


「拒絶する相手を」


「受け入れる相手を」


その言葉に、ブレルは口を閉ざした。


ナナセは苦笑する。


「うへぇ……」


「相変わらず、重いねぇ」


ロゼが振り返る。


その目には、まだ迷いが残っていた。


「……案内します」


「ですが、覚悟してください」


「今の世界樹は、昔のままじゃありません」


謁見室の窓の向こう。


遠くに見える巨大な樹影。


その黒く染まり始めた枝が。


まるで軋むように、静かに揺れていた。


【第四十話へ続く】


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