表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/105

【第三十七話】星詠の森

〈???〉


乾いた木剣の音が響く。


――ガンッ!!


「僕の勝ち♪」


軽い声。


息一つ乱れていないナナセが、木剣を肩へ担いだまま笑っていた。


対するサツキは、地面へ膝をついている。


肩で息をしていた。


悔しい。


けれど。


追いつけない。


「……なんで、そんな余裕なのよ」


「余裕ないよ?」


「サツキ強いし」


「嘘」


即答だった。


ナナセは苦笑する。


「剣だけなら、僕よりサツキの方が上だよ」


「サツキにもヒナノにも勝てないね」


まだ騎士学校時代。


夕暮れの訓練場。


誰もいなくなった時間。


サツキとヒナノだけが、ずっとナナセへ挑み続けていた。


だが。


勝てない。


遠かった。


「……ねぇ」


サツキが木剣を握り締めたまま呟く。


「私、アンタの隣に立ててる?」


風が止まる。


ナナセは少しだけ目を細めた。


「急にどうしたの?」


「答えて」


真っ直ぐな声だった。


逃げない声。


サツキは分かっていた。


ナナセが遠くへ行く人間だと。


だからこそ。


隣へ立ちたかった。


だが。


ナナセは困ったように笑った。


「立ててるよ」


「……慰めはいらない」


「いや、本当に」


「でも」


サツキが俯く。


「私は、まだ弱い」


「アンタの隣にいるには――」


その瞬間。


額へ、軽い衝撃。


「痛っ!?」


ナナセが木剣で軽く頭を叩いていた。


「考えすぎ」


「強くなりたいなら、強くなればいいだけでしょ?」


「僕の隣とか、関係ないでしょ?」


「……ムカつく」


「うへへ」


ナナセが笑う。


その笑顔が、悔しいほど好きだった。


だからこそ。


サツキは、一度離れることを選んだ。


追いつくために。


隣へ立つために。


――そして。


季節が巡る。


騎士学校卒業式前日。


剣を極める者にとって、憧れであり始まりでもある上位称号。


『剣聖』


その名がサツキへ贈られた。


サツキはナナセの部屋を訪れる。


だが。


そこには、同室のリグルしかいない。


「……ナナセ?」


リグルが小さく息を吐く。


「……知らなかったのか?」


「ナナセは、特務で出発した」


「今朝呼び出しがあって、しばらく戻らないだろうな」


世界が静まった気がした。


サツキの手から、認定証が落ちそうになる。


「……は?」


「内容は知らないが……父上からの、国王からの勅命だったらしい」


「……おい?大丈夫か?」


リグルの心配する声も届かない。


サツキは立ち尽くした。


ようやく追いつけたと思った。


ようやく“隣に立てる”と思ったのに。


――その時には、もういなかった。


〈エルフの森〉


「――ッ」


サツキが目を覚ます。


馬車が揺れていた。


窓の外には、深い森。


薄く差し込む朝日。


嫌な汗が背中を濡らしている。


「……最悪」


隣を見る。


ナナセが普通に寝ていた。


しかも。


妙に気持ちよさそうに。


「……」


サツキのこめかみに青筋が浮かぶ。


――ドゴッ!!


「いっっ!?」


ナナセが座席から転げ落ちた。


「ちょ、何!?」


「朝から暴力反対なんだけど!?」


サツキが冷たい目を向ける。


「うるさい」


「……また勝手にいなくなる夢を見た」


空気が少し静まる。


ナナセが一瞬だけ目を逸らした。


だが。


すぐにいつもの調子で笑う。


「うへぇ……」


「根に持ってるねぇ」


「当たり前でしょ」


そこへ、反対側で寝ていたヒナノが目を擦りながら起き上がる。


「んぅ……騒がしい……」


状況を見て、すぐに察した。


「あー、また昔の夢?」


「そう」


サツキが短く答える。


ヒナノは苦笑した。


「まぁ気持ちは分かるけどさぁ」


「――それに、この前の件も含めてね」


ナナセがゆっくりとヒナノを振り返る。


「……この前?」


「せっかくのデートだったのに、途中で終わったからね」


「私もまだ根に持ってるよ?」


ナナセの顔が引きつる。


「あれは、空気読まずに来たリグルが悪いよね?」


「ホテルまで予約してたのに」


「言い方があるよね!?」


「――しかも三人部屋だったのに」


その瞬間。


サツキの足が、再びナナセの脛へめり込んだ。


「何も言ってないよっ!!」


「うるさい」


「デリカシーって言葉、知らないでしょ!」


「理不尽すぎない!?」


オボロが呆れたようにため息を吐く。


「……朝から元気ですね」


「もうすぐ着きますから、警戒してください」


馬車の窓の外には、深い森。


――エルフの森“コンステラ王国領”付近。


人間の国とは空気そのものが違う。


森が、生きている。


静かに外を見ていたオボロ。


その視線は鋭い。


「……妙ですね」


「うん」


ナナセも頷く。


「本来なら、もっと迷うはずなんだけどね」


ヒナノが窓の外を見る。


どこを見ても森。


似た景色。


方向感覚が狂いそうになる。


だが。


不思議と迷わない。


まるで。


道そのものが誘導しているようだった。


「ポラリス?」


ナナセが小さく問いかける。


『うん』


幼い声。


姿を隠したまま、ポラリスが答える。


『この森、“拒絶”してる』


『でも、ナナセは通してる』


ナナセの目が細くなる。


「……拒絶はされてないみたいだねぇ」


その時だった。


森の奥。


淡い光が揺れる。


瞬間。


――ザァァァ……


風が吹き抜けた。


同時に。


馬車前方へ、複数の影が降り立つ。


弓。


白銀の装束。


長い耳。


エルフ。


空気が張り詰める。


サツキが剣へ手をかけた。


だが。


中央の女性エルフが、ナナセを見るなり目を見開く。


「あの顔……」


「嘘……」


次の瞬間。


彼女の顔から血の気が引いた。


「まさか……」


オボロが静かに前へ出る。


「久しぶりですね、ロゼ」


女性エルフ――ロゼが、さらに目を見開いた。


「オボロ……?」


空気が変わる。


ナナセは苦笑しながら手を振った。


「うへぇ……」


「久しぶりだね」


ロゼはしばらく固まっていた。


だが。


次の瞬間。


その表情が、一気に険しくなる。


「……なんで今さら来たんですか」


「森が……崩れかけてるのに」


「――エトさんが……いなくなった後なのに!!」


風が止まった。


ナナセの笑みが、静かに消える――


【第三十八話へ続く】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ