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【第三十六話】遠き森へ

〈領主邸・会議室〉


――数日後。


机の上には、回収された各種資料が並べられていた。


重い沈黙が流れる中、リグルが深く息を吐いた。


「――結局、秘宝は持ち出せなかったんだな」


「うん」


ナナセが椅子へ深く座りながら頷く。


「結界が生きてる」


「無理に解除すれば、秘宝そのものが壊れる可能性もあるね」


ジラズドが資料へ視線を落とす。


「あれはドワーフ側のでも人間側の術式体系でもねぇな」


「術式が古すぎる」


ミヨも腕を組みながら口を開いた。


「そもそも、あれを“道具”として扱うこと自体が危険そうだけど」


ナナセの目が細くなる。


「“危険”で済めばいいけどね」


静かな声だった。


だが。


その場の空気が少しだけ張り詰める。


ナナセは机に置かれた資料を指で叩いた。


「帝国は、精霊を利用してる」


「器もそう」


「憑依実験もそう」


「孤児院地下の研究室も同じだね」


「精霊を“便利な力”として扱ってる」


オボロが静かに続ける。


「研究内容も、正常とは思えませんでした」


「被験体の崩壊記録まで残されていましたから」


サツキが眉をひそめた。


「でも、孤児院地下の研究って帝国とは別なんでしょ?」


「うん」


ナナセが頷く。


「そこが面倒なんだよねぇ」


「帝国は帝国で器を使ってる」


「でも、オルフェ側も独自に研究してる」


「しかも、技術系統が微妙に違う」


ヒナノが首を傾げる。


「つまり?」


「――第三勢力ってこと?」


「たぶんね」


ナナセが小さく息を吐く。


「問題は――」


「その“オルフェ”が、何者なのか全然分かってないことかな」


孤児院地下。


旧領主邸。


秘宝。


残された言葉。


だが。


核心だけが見えない。


リグルが腕を組む。


「帝国だけでも頭が痛いというのに、得体の知れん連中まで増えたか」


「ですが、少なくとも敵対的なのは間違いないでしょう」


シャールがリグルを見ながら呟く。


「精霊を利用している時点で、放置は危険です」


ナナセが静かに頷く。


「うん」


「だからこそ、ちゃんと知らないとね」


「あれが何なのか――」


「何から守ろうとしてたのか」


静寂が続く。


オボロが静かに視線を向けた。


「――ナナセ様は、あの秘宝をどうするおつもりですか?」


ナナセは少しだけ考え込んでから、苦笑をした。


「どうもしない、かな」


「少なくとも、僕たちが勝手に触っていい代物じゃない」


「利用方法を探し始めた時点で、帝国と変わらなくなる」


ミヨが肩をすくめる。


「随分あっさり言うのね」


「秘宝よ?」


「戦争してでも欲しがるんじゃない?」


「だから面倒なんだよ」


ナナセが深く椅子へ寄りかかる。


「力って、“使える”って分かった瞬間から奪い合いになるからねぇ」


――窓の外では、港の復旧作業が進んでいた。


帝国艦隊戦から数日。


港には活気が戻り始めている。


騎士団支部の再編。


商業ギルドの監査。


孤児院の保護。


そして。


方面軍の増援。


イセ率いる部隊も、まもなくシドーへ到着予定となっていた。


リグルが口を開く。


「シドーの防衛体制はこちらで引き継ぐ」


「商業ギルド関連も、シャール側で管理できるだろう」


シャールも静かに頷いた。


「問題ありません」


「少なくとも、前任時代よりは健全になるかと」


ヒナノが苦笑する。


「基準低くない?」


オボロが淡々と返す。


「比較対象が腐ってましたからね」


サツキが小さく笑った。


久しぶりに少しだけ穏やかな空気が流れる。


だが。


リグルはすぐに表情を引き締めた。


「……で?」


「次は、エルフの森か?」


ナナセの目が細くなる。


「あの秘宝は、完全にエルフ側のだね」


「直接聞きに行くしかないかなって」


ミヨが眉をひそめる。


「閉鎖的って聞くけど?」


「人間嫌いも多いんでしょ?」


「……まぁねぇ」


ナナセが苦笑する。


「でも、一応伝手はあるから」


オボロが静かに呟く。


「――エト様ですか」


ナナセが肩をすくめた。


「誰よりも話は通じると思うよ?」


リグルが小さく息を吐く。


「……厄介事しか増えんな」


「支部長ってそういう仕事だからねぇ」


「支部長の職務内容が幅広くて、王族は楽できて助かるな」


「……性悪王子が」


会議室に、小さな笑いが広がっていく。


〈騎士団支部長室〉


――その夜。


机の上には、資料が並んでいた。


エルフ文字。


秘宝のスケッチ。


古い鍵。


そして、大陸地図。


ナナセは椅子へ深く座りながら、地図の一点を見つめていた。


『エルフの森』


その文字を。


不意に、開いている窓から、夜風が部屋へ流れ込んでくる。


『大変そうだね』


淡い光と共に、幼い少女が窓辺へ現れる。


「久しぶりに姿を見せてくれたね」


『この時間に来るのなんて、オボロぐらいでしょ?』


『それに、最近はナナセの周りが騒がしくなってきたから』


『ナナセが忘れないようにしないと』


ナナセは苦笑する。


「僕がポラリスを忘れるわけがないでしょ」


『それもそう』


ニヤリと笑うポラリス。


戸棚からクッキーを一枚、窓辺のポラリスに差し出す。


「せっかくシドーが落ち着いたと思ったのにねぇ」


『でも、行くんでしょ?』


両手でクッキーを持ちながらナナセに声をかける。


「まぁね」


ナナセは窓の外を見る。


夜の港。


復旧の灯り。


守れた街。


だが。


その先には、まだ見えない世界が広がっている。


ナナセは小さく息を吐いた。


「――さてと」


「次は、閉鎖的な森の国かぁ」


『嫌われないといいね?』


「うへぇ……」


夜風が、静かに吹き抜ける。


まるで、遠い森へ導くように――


――第二章 完。


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