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【第三十三話】風の止まる場所

〈領主邸・応接室〉


――夜。


机の上には、研究室から回収された資料が広げられていた。


リグルが深く息を吐く。


「……頭が痛くなるな」


「帝国軍だけでも厄介だというのに、今度は秘宝か」


シャールも資料へ目を落としたまま呟く。


「しかも、孤児院地下の研究設備は帝国軍のものとは系統が違う」


「オルフェという男、想像以上に厄介ですね」


その時だった。


「――随分懐かしい紋章だな」


低い声が部屋に響く。


軍船の解析結果の報告に来たジラズドが、鍵の紋章を見て呟く。


ナナセが鍵を持ち上げる。


「……これ知ってるの?」


ジラズドが鼻を鳴らす。


「あぁ」


「昔の領主の紋章だな」


シャールが眉をひそめた。


「この領主邸に、そのような紋章はありませんでしたが?」


「そりゃそうだろ」


「その時代に、この建物はねぇしな」


空気が止まる。


リグルがゆっくり顔を上げた。


「……どういう意味だ?」


ジラズドは椅子へ腰掛けながら続ける。


「昔の領主邸は別の場所にあったんだよ」


「建て替える際にここに移転したんだよ」


「……王家の記録に残ってねぇのか?」


「そんなに昔じゃないだろ?」


リグルが顎に手を当てて考え込む。


「……記録が改竄されてるか、意図的に消されたか」


ナナセの目が細くなる。


「旧領主邸ねぇ……」


ジラズドが肩をすくめた。


「――今はミリアド・オラクル商会が管理してるはずだぞ?」


「庭園だけ昔のまま残していてな、時期になると綺麗な花が

咲き誇るんだよ」


「一週間しか解放されないがな」


ナナセが静かに鍵を握る。


「……ようやく繋がったねぇ」


――翌日。


〈ミリアド・オラクル商会所有区画〉


潮風の吹く海沿い。


石畳の通りに面して建つ、大きな白亜の建物。


港湾都市シドーでも有名な高級会食施設。


その入口前で、ミヨが腕を組んでいた。


「……ここが旧領主邸なの?」


「そうみたいだね」


ナナセが頷く。


ミヨが小さく息を吐く。


「ナナセに言われて調べたけど……」


「この建物は、商会が買い取った時点で建て直ししていたわよ?」


ナナセが笑みを浮かべながら声をかける。


「大丈夫だよ」


「この前教えてくれた庭園が本命だから」


ミヨの目が細くなる。


「庭園?」


「うん」


ミヨが建物の裏側へ視線を向けた。


「庭園だけは当時のままらしいけど」


「花が咲くのはまだ先よ?」


ナナセに視線を合わせるミヨ。


「デートのお誘いには早すぎるわ」


「……時期も時間もね」


ミヨの言葉を聞き、サツキとヒナノとオボロの目つきが鋭くなる。


オボロがミヨを睨んで声をかける。


「……ミヨ」


「このタイミングでそれを言う度胸は相変わらずね」


その横で、サツキとヒナノが無言でナナセの足を踏みつけている。


「痛い痛い」


こめかみに青筋を浮かべているサツキとヒナノ。


「……ナナセ?」


「アルルちゃん相手なら笑って許せるけど、この子は

そうはいかないから」


「あとで洗いざらい吐いてもらうよ?」


そんな4人を見て笑いだすミヨ


「――ミリアド・オラクル商会の幹部のミヨよ」


呆れた顔でミヨを見るナナセ。


「もっと穏便な挨拶できないの?」


「商人なんだから第一印象は大事にしなよ」


ミヨが口角を上げながらナナセに振り向く。


「印象には残るでしょ?」


「それに、問題ないわ」


「商人である前に、私は情報屋だもの」


「――ナナセ専属のね♪」


ナナセが深いため息を吐き、ミヨを見る。


「……自己紹介も終わったみたいだし、庭園に案内してよ」


「これ以上、とばっちりは受けたくないんだけど?」


ミヨに案内されて庭園に向かう一行。


庭園の中は、植木の壁が広がっていた。


オボロが静かに周囲を見回す。


「……人の気配が少ないですね」


「普段は使わないから、手入れも最低限のみね」


「私も来たばかりで、奥の方までは把握してないわ」


ミヨが肩をすくめる。


「……さて、何が眠ってるかな」


軽く肩を回すナナセ。


そのまま一行は庭園の奥に進む。


植木を抜け、噴水のある広場を抜ける。


庭園の奥に小さな東屋のある、小さな広場を見つける。


――そこだけ、空気が淀んでいた。


手入れ自体はされている。


だが。


静かすぎる。


風が弱い。


鳥の声も少ない。


サツキが眉をひそめる。


「……なんか嫌な感じ」


ヒナノも東屋に視線を送る。


「東屋なのに休もうって気になれないね」


そこには古びた東屋が残されていた。


蔦が絡まり、柱の一部は風化している。


目を細めるナナセ。


「近寄りたくない気になってくるね……」


東屋は確かに存在している。


だが。


空間が揺らぎ、不安を煽られる感覚を覚える。


まるで、あの一角だけ世界から切り離されているように。


警戒しながら東屋に近づく一行。


古びた外観とは裏腹に、東屋の内側は、埃一つ積もっていなかった。


――不自然すぎるほどに。


ナナセがしゃがみ込み、石畳に目を向ける。


「……あったねぇ」


床石に刻まれた古い紋章。


三重円。


そして中央には、鍵と同じ紋章。


「間違いないね」


ナナセは懐から鍵を取り出す。


錆びついた古鍵。


だが。


紋章へ近づけた瞬間。


――ギィィ……


鍵が、微かに震えた。


「……反応した?」


ヒナノが目を丸くする。


その時だった。


庭園の空気が変わる。


ビリッ、と。


肌を刺すような違和感。


オボロの目が細くなる。


「……結界」


「しかも、かなり古い形式の魔法陣ですね」


サツキが剣へ手をかける。


「敵?」


「違うねぇ」


ナナセが周囲を見回す。


「これは……侵入拒絶系」


「でも、人間相手って感じじゃない」


『……嫌な結界』


ポラリスの声が響く。


『エルフに近いものを拒絶してる』


ナナセの表情から笑みが消える。


「……へぇ」


ミヨが眉をひそめた。


「エルフ?」


「シドーにはエルフはなかなか来ないわよ?」


答える者はいない。


だが。


鍵は、確かに反応していた。


ナナセが東屋中央へ歩み寄る。


床石中央。


紋章の一部だけ、わずかに削れている。


「……鍵穴だね」


鍵を差し込む。


――カチリ。


次の瞬間。


東屋全体へ淡い光が走り、床の紋章が回転する。


ナナセたちを乗せたまま、石畳ごとゆっくりと沈んでいく。


暗い地下通路。


冷たい風。


そして――。


下から流れてくる、濃密な魔力。


ヒナノが小さく息を呑む。


「……なにこれ」


サツキの目も細くなる。


「ただの地下じゃないわね」


ナナセは静かに地下を見下ろしていた。


その瞳から、軽さが消えている。


暗闇が、まるで待っていたかのように口を開けていた――


【第三十四話へ続く】


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