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【第三十二話】寄り添う光と闇

〈孤児院地下・隠し研究室〉


薄暗い階段を、ナナセたちは慎重に降りていく。


空気が重く湿っている。


だが。


礼拝堂地下とは違う。


もっと人工的な気配。


オボロが静かに周囲を観察する。


「……地下施設というより、研究室ですね」


壁には魔法灯。


古びてはいるが、今も微かに明滅している。


「生活感があるねぇ」


ナナセが床へ視線を落とした。


散乱した紙束。


砕けた魔石。


古い術式陣。


そして――。


「……これ」


サツキが、一枚の資料を拾い上げる。


そこには、複雑な人体図と魔力経路が描かれていた。


『器無し憑依実験』


『第三段階、失敗』


『被験体、崩壊』


ヒナノが顔をしかめる。


「うわぁ……」


「気持ち悪いね」


さらに別の資料。


『光と闇、属性の融和と反発について』


『疑似器生成』


『シドー周辺における秘宝捜索についての第3次報告――』


ナナセの目が細くなる。


「……秘宝?」


「……帝国の“器”によく似ているね」


資料の隅。


そこには、雫型宝石のスケッチが描かれていた。


だが。


横に添えられている文字は、人間の文字ではなかった。


オボロが静かに呟く。


「これは……エルフ文字ですか?」


「これは古すぎて、僕でも読めないねぇ」


ナナセが肩をすくめる。


『ナナセ、こっち!』


ポラリスの声。


声の先――研究室最奥には、透明な円筒装置が二つ並んでいた。


内部には、淡い霧のような魔力。


そして。


その中で、二体の精霊が、互いを守るように寄り添っていた。


一体は、太陽のような淡い白金色。


もう一体は、夜空のような深紺色。


だが、その身体は半透明化している。


今にも消えそうだった。


ヒナノが息を呑む。


「……ひどい」


精霊たちの周囲では、術式が魔力を吸い続けている。


まるで生きた燃料。


サツキの表情が険しくなる。


「これ……ずっと閉じ込められてたの?」


だが、その瞬間。


――ギィンッ!!


床一面へ魔法陣が浮かび上がった。


赤黒い光。


研究室全体が震える。


「っ……!?」


サツキが剣へ手をかける。


壁の術式が次々と起動。


魔力が暴走し始める。


『ナナセ!!』


ポラリスの声が響く。


『崩れる!!』


「最後に自爆術式ね」


「――ほんとに、いい趣味してるよ」


ナナセが即座に床へ手を叩きつけた。


水色の魔法陣が広がる。


暴走術式と噛み合うように。


だが。


ナナセの顔から軽さが消える。


「……ダメだね」


「これ、僕が制御を押さえないと研究室ごと吹き飛ぶね」


『ナナセ!!』


『この子たちも、このままだと消えちゃう!!』


ポラリスの声が強くなる。


ナナセは歯を食いしばったまま叫ぶ。


「サツキ!!」


「ヒナノ!!」


「その子たちに魔力を流して!!」


二人が即座に動く。


サツキが深紺色の精霊へ近づく。


ヒナノは白金色の精霊へ。


しかし、結界が邪魔をする。


ナナセを見るサツキとヒナノ。


しかし、ナナセは動けない。


「――ナナセ様」


「今は、そちらに集中してください」


「こちらは私が解除しますので」


オボロが即座に装置前へ滑り込む。


予想外の行動に目が丸くなるサツキとヒナノ。


気にするそぶりもなく、指先で術式をなぞるオボロ。


「……精霊拘束術式」


「しかも二重構造ですか」


床へ展開された魔法陣を見て、オボロの目が細くなる。


「制御用と魔力吸引……いえ、拘束兼魔力吸引用ですか」


「嫌な術式ですね」


ヒナノが顔をしかめる。


「分かるの?」


「多少は」


オボロが淡々と返す。


「“誰か”の趣味に、付き合わされた所為ですね」


「――私も、付き合いは短くありませんので」


その間にも、術式が明滅を続ける。


研究室全体が軋む。


ナナセの腕へ負荷が走った。


「……オボロさん?」


ナナセが引きつった声を漏らす。


「今は、そちらに集中してください?」


先ほどの言葉をそのまま返すナナセに、オボロは涼しい顔のまま、

小さく咳払いをする。


「もう少しだけ耐えてください」


「心配はいらないですよね?」


――オボロが装置中央を睨む。


「……なるほど」


「拘束を解除すること、そのものが罠ですね」


サツキが眉をひそめる。


「どういうこと?」


「精霊を、無理やり術式へ繋いでいます」


「解除すれば、術式側が精霊を道連れに自壊します」


空気が凍る。


アルルが小さく息を呑んだ。


「そん、な……」


オボロは冷静だった。


「ですが……」


「精霊側の魔力循環が正常化すれば、内側から術式が崩壊します」


短剣を抜き、静かに正面に構えるオボロ。


出現させた魔法陣の中心に短剣を突き刺す。


その瞬間。


結界と円筒装置が割れる。


即座にサツキとヒナノが精霊たちに近づく。


サツキが両手を差しだし、深紺色の精霊に触れる。


深紺色の精霊がびくりと震え、サツキの手を見続ける。


――サツキは無理に掴まなかった。


ただ静かに、魔力だけを流す。


「……大丈夫」


「奪ったりしないから」


深紺色の精霊が、サツキの瞳をじっと見つめる。


警戒するように。


確かめるように。


だが。


震えが少しずつ収まっていく。


――ヒナノも同様に両手を差し出す。


白金色の精霊も、怯えるように身を縮める。


ヒナノは、そんな精霊へそっと笑いかけた。


「大丈夫だよ」


「怖くないからね」


優しく包み込むように魔力を流す。


すると。


張り詰めていた白金色の精霊の輪郭が、少しだけ柔らかく揺れた。


凍えていた身体が、ようやく温もりを思い出したように。


――魔力を与え続けるサツキとヒナノ。


しかし、床の術式がさらに強く明滅する。


研究室全体が軋む。


ナナセの腕へ負荷が走る。


「っ……!」


魔法陣が暴走しかける。


その瞬間。


白金色の精霊と深紺色の精霊が、同時に動いた。


二体の精霊が術式中央へ浮かぶ。


光と闇。


相反するはずの力。


だが。


二つは反発せず、静かに重なった。


――暴走していた術式が、静かに停止した。


研究室から振動が消え、静かな空気だけが残った。


アルルが小さく息を吐く。


「止まった……?」


ナナセがゆっくり立ち上がる。


「うへぇ……助かったねぇ」


すると。


光精霊と闇精霊が、サツキとヒナノの前へ降り立った。


半透明だった身体が、少しだけ輪郭を取り戻していた。


『ありがとう』


微かだった。


だが確かに、声が聞こえた。


次の瞬間。


二体の精霊は、粒子となって空へ溶けていく。


柔らかな光だけを残して。


ヒナノが、ぽつりと呟く。


「……故郷に帰れたのかな」


ナナセは静かに頷いていた。


――研究室へ、静かな風が吹き抜ける。


二体の精霊を見送るように。


【第三十三話へ続く】


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