【第二話】腐った市場
〈シドー・自由市場〉
ナナセとオボロが声のもとへ駆けつけると、通りの奥で
小さな騒ぎが起きていた。
三人の男が、一人の女性を取り囲んでいる。
男たちは粗野な鎧に剣を下げていた。
騎士団ではない。傭兵だ。
「――だから言ってるだろ」
男の一人が吐き捨てる。
「この市場で店を出すなら、ギルドの許可が必要なんだよ」
女性は腕を掴まれながら睨み返す。
「ここは自由市場よ!」
「誰でも店を出せるはずでしょ!」
男は笑った。
「昔はな。……今は違う」
「ギルドに入る金が払えないなら、ここで商売はできねぇ」
拳を握り、腕を引く男。
――その瞬間。
「はい、そこまでだよぉ」
喧騒に似つかわしくない声が割り込んだ。
男が振り向く。
「……あ?」
「てめぇ、何もんだ?冷やかしなら帰りや――」
ゴンッ!
気づいたときには、男は地面に沈んでいた。
残りの二人が一瞬遅れて剣に手を伸ばした。
だが……
いつの間にかオボロが男たちの背後に立っていた。
男たちが気づいたときには、二人の喉元に刃が触れていた。
「動かないでください」
オボロの声は、冷たいほど静かだった。
「抵抗されますか?」
「正面の人のほうが危ないですよ?」
男たちは顔を見合わせる。
そして。
「……チッ」
舌打ちすると、伸びた仲間を抱えて逃げるように立ち去った。
ナナセは拍手した。
「おおー、仕事が早い」
「でも、僕そんなに危ない人に見えないでしょ?」
オボロは短剣をしまいながら言う。
「見えますよ?」
「ひどいねぇ」
肩をすくめて苦笑いで答えるナナセ。
二人のやり取りを、助けられた女性が呆然と見ていた。
「……あの」
女性は恐る恐る口を開く。
「助けてくれて、ありがとうございました」
ナナセは軽く手を振った。
「気にしないで。あんなのを止めるのが騎士団だからね」
その言葉に、女性は少し驚いたようだった。
「騎士団……?」
ナナセはにこっと笑う。
「うん。今日からこの街の支部長」
女性の目が丸くなる。
「え?……えぇぇ!?」
オボロが静かに付け加える。
「こちら港湾都市シドー支部長のナナセです」
女性は慌てて頭を下げた。
「し、失礼しました!」
ナナセは慌てて止める。
「いやいや、いいって」
「それより聞きたいんだけど」
「えっと……」
女性ははっとしたように頭を下げた。
「し、失礼しました。ボーラといいます」
ナナセは頷く。
「ん。ボーラさん」
「これ、どういう状況?」
ボーラは少し顔を曇らせた。
「……商業ギルドです」
ボーラは少し言いにくそうに続けた。
「この街じゃ、あそこに入らないと……まともに商売できません」
「私みたいなのには、とても払えません」
ナナセは眉をひそめた。
「露骨だね」
ボーラは続ける。
「それだけじゃありません」
「市場を含めた港周辺の警備も、最近はほとんどありません」
ナナセが首を傾げる。
「港の警備?」
「騎士団の仕事でしょ?」
ボーラは苦笑した。
「今は、ほとんど見ません」
ナナセはオボロを見る。
オボロも小さく頷いた。
「……なるほど」
ナナセは大きく伸びをした。
「……これは、想像以上に腐ってるね」
ボーラは少し困ったように言った。
「それでも、ここを立て直そうとしてる人はいます」
「私もその一人です」
ナナセは笑った。
「いいね」
「そういう人、好きだよ」
そして言う。
「OK。まずは騎士団を見に行こうか」
――しばらく歩き、二人は騎士団シドー支部に到着した。
「……」
ナナセは門の前で立ち止まる。
守衛がいない。
そもそも人の気配が、まるでしなかった。
門も半分開きっぱなしの状態で、もう片方は壊れたままだった。
「……廃墟?」
オボロは平然と答えた。
「いえ、赴任先の騎士団シドー支部です」
「……廃墟?」
「いえ、希望に満ちた新しい職場です」
ナナセは真顔で言う。
「希望って言葉、知ってる?」
敷地の中は、さらにひどかった。
中はしんと静まり返り、湿った埃の匂いがした。
建物の外壁はひび割れ、訓練場の武器は錆びつき、
木製の訓練人形は壊れたまま放置されている。
ナナセは槍を一本持ち上げる。
「これ、いつの時代の武器?」
「骨董品を集める趣味でもあるのかねぇ」
その時だった。
「そこ、何をしている」
凛とした鋭い声が響いた。
「ここは騎士団だ。関係者以外は立ち入り禁止だぞ」
反射的に振り向くと、一人の女性騎士が立っていた。
銀髪の長い髪。
鋭い瞳。
整った姿勢。
ナナセは目を丸くする。
「……あれ?」
女性騎士も、同じように目を丸くする。
「……ナナセ?」
その声に、ナナセは苦虫を噛んだような顔になる。
「うへぇ」
「――サツキじゃん」
【第三話へ続く】




