【 第二十八話】共に生きる者
〈帝国旗艦・艦首〉
黒煙と霧で視界が悪くなっていく船上。
凍結した護衛艦。
停止した魔導機関。
海の中へ沈黙していく帝国艦隊。
その中心で。
怪物だけが、笑っていた。
「ハハッ!!」
帝国軍将軍、パーシング。
両腕の籠手から、紫色の魔力が噴き出している。
籠手中央へ埋め込まれた紫色の魔石。
そこから漏れ出す嫌な気配に、ナナセの目が細くなった。
「……それもか」
「ん?」
「その力、精霊を無理やり使ってるよね」
パーシングは獰猛に笑う。
「使えるモン使って何が悪い?」
次の瞬間が爆音鳴り響く。
――パーシングが艦首を蹴り砕いた。
一瞬で間合いを詰め、振り抜かれる拳。
ナナセは半歩だけ身体を逸らした。
直後。
――轟ッ!!
足元の鉄甲板が吹き飛ぶ。
海へ舞う鉄片。
ボクシングの要領で拳を繰り出すパーシング。
だが、当たらない。
ナナセは最小限の動きで避け続ける。
「逃げてばっかじゃねぇか!!」
パーシングが吠える。
ナナセは軽くため息を吐いた。
「嫌だよ」
「僕、勝てる戦いしかしないし」
「戦わねぇってことは俺が勝てるってことか?」
「ちげェよなァ!!」
掌や上腕へ魔法壁を展開し、パーシングの拳を受け流すナナセ。
「ようやく受け始めたな?」
「その剣は使わねぇのか?」
「両手じゃないと捌ききれないからねぇ」
「……こっちは、あまり得意じゃないんだけどね」
防御の合間に、肘打ちや掌底を混ぜるナナセ。
「どうせ本命は魔法なんだろ?お得意のよ!!」
「――ご名答」
その瞬間。
海面から無数の水槍が突き上がり、パーシングに襲い掛かる。
冷静に拳で粉砕するパーシング。
だが、攻め手を止めずに、頭上から魔弾が降り注ぐ。
さらに。
水しぶきの奥から、掌へ魔力を纏ったナナセが踏み込んだ。
「チッ!!」
左手の籠手で頭上の魔弾を弾き、そのまま右拳をナナセに突きだす。
ナナセは身体を捻り、カウンターを繰り出そうとする。
だが。
背筋に悪寒が走った。
咄嗟に追撃を捨て、回避へ切り替える。
――籠手から紫黒の魔刃が伸び、ナナセの顔に迫る。
「っ――」
ナナセの頬が浅く裂ける。
パーシングが笑う。
「ようやく触れたなァ!!」
ナナセは指で血を拭う。
「……へぇ」
「拳だけじゃないとは思ってたけど、そんな隠し玉があったなんてね」
「隠してたつもりはねぇな」
「だが、あの距離で避けるとはさすがだな」
「あれで数多の強者を仕留めてきたんだがなっ!!」
再び激突。
両手に魔法をまとい、魔刃を捌くナナセ。
刃物を持たない二人の間に斬撃音が響く。
「楽しいなァ!!」
「お前、最高だ!!」
一撃ごとに船体に亀裂が走る。
普通の人間なら近づくだけで死ぬ。
だが。
ナナセは静かだった。
必要最低限だけ動く。
――不意に、パーシングの口角が上がる。
「大した実力だが、体術は俺が上だな」
「……互角じゃない?」
「――シャーマンの魔道具の性能を知ってるよな?」
「あれは、防御力と防御範囲の底上げと魔力を霧散させて
“無効化”する魔石が含まれていたよなァ!!」
籠手の中央に、新しい光が混ざる。
籠手の魔刃が霧散していく。
次の瞬間。
籠手内部から、獣の爪のような黒刃が飛び出した。
ナナセの魔法壁を無効化しながら、黒刃が腹部へ突き刺さる。
「――たわいもないな」
「魔法だけに頼るからこうなるんじゃないのか?」
「この出血量なら――あぁ?」
パーシングの腕を伝って“水滴”が落ちていく。
違和感に気づいた時には、腕が抜けなくなっているパーシング。
霧の中から静かな声が響く。
「――お前ら帝国はさ」
ナナセが姿を現す。
「精霊を、道具か燃料ぐらいにしか思ってないんだね」
パーシングが鼻で笑う。
「ちっ……仕留めそこなったか?」
「弱ぇ奴は、強ぇ奴のために使われりゃ十分だろ?」
その瞬間。
ナナセの目から、完全に感情が消えた。
「……そっか」
空気が、海が震える。
次の瞬間。
――轟ッ!!!
パーシングを捕まえていた塊から高電流が流れる。
そのまま、電流が軍船全体へ走る。
帝国兵たちが悲鳴を上げた。
機器が火花を散らし、魔導機関が停止する。
さらに、海面から無数の水鎖が伸びる。
パーシングに襲い掛かり、両腕を拘束する。
「チィッ!!」
膨大な筋力で引き千切ろうとする。
だが。
千切れない。
――海そのものが拘束具だった。
「なんだこれはァ!!」
ナナセは静かに歩み寄る。
「……頑丈だね」
「君は強いよ」
「少なくとも、体術だけなら僕より上だ」
パーシングが笑う。
「だったら正面から来い!!」
ナナセは小さく首を傾げた。
「嫌だよ」
「僕、魔法使いだし」
「――精霊とともに生きる、精霊魔法のね」
ナナセの目が細くなる。
「……解放させてもらうよ」
ナナセの魔力が籠手を包み込み、籠手に亀裂が走る。
魔石と籠手が砕け散り、紫色の残滓も霧散する。
――苦しそうな気配。
――歪な悲鳴。
ナナセはそっと目を閉じた。
「……おやすみ」
静かな声。
海風が吹く。
霧が晴れ始める。
不意にパーシングの身体から力が抜け、膝をつく。
「……は?」
理解できないという顔だった。
ナナセは静かに言う。
「……君は強かったんじゃない」
「精霊を、無理やり使い潰していただけだね」
沈黙が広がる。
そして。
パーシングは獰猛に笑った。
「……ハハ」
「なるほどなァ」
「お前みてぇなのが王国にいたか」
ナナセは答えない。
ただ静かに海を見た。
夕陽が、戦場を照らしていた。
帝国艦隊壊滅。
主力艦鹵獲。
帝国将軍パーシング――捕縛。
だが。
ナナセの表情に勝利の色は薄かった。
世界にはまだ、精霊たちの悲鳴が残っていた。
【第二十九話へ続く】




