【第二十七話】怪物たち
〈帝国艦隊前方海域〉
霧が、海を覆っていた。
視界は最悪。
波は静かすぎる。
風もない。
だが――。
「前方六番艦、応答ありません!」
護衛艦の見張り台から帝国兵の怒号が飛ぶ。
「魔導機関も停止しています!」
「増援か!?」
「違います!」
「敵影反応は前方一人のみです!」
「しかし、魔法反応が全域に広がっております!」
混乱が広がる。
見張り台の別の兵士が青ざめた顔で叫んだ。
「六番艦!艦内で兵が倒れています!!」
「……何?」
「外傷はありません、生死不明で――」
兵士自身も膝から崩れ落ちた。
「なっ……!?」
帝国兵たちが一斉に後ずさる。
――理解できない。
霧の中。
仲間が次々と倒れていく。
血もない。
傷もない。
ただ、呼吸だけが奪われていた。
「ふざけるな!」
帝国兵の一人が叫ぶ。
「何をされた!?」
だが答える者はいない。
海そのものが、敵だった。
――そして。
海面が軋む。
「!?下だ!!」
次の瞬間。
船底から氷が突き上がった。
轟音。
鉄装甲が悲鳴を上げる。
魔導機関周辺を、正確に凍結させる。
推進力を失った護衛艦はその場で停止していく。
「航行不能!」
「舵が動きません!!」
「霧で位置も分からない!」
「艦隊が分断され――」
次々と兵士が倒れていく。
混乱。
恐怖。
焦燥。
だが。
その全てを見下ろすように、海上に一人の男が立っていた。
――ナナセの静かな視線が艦隊を見渡している。
――見張り台からの報告を聞いたパーシングの副官が、苦虫を
噛み潰したような顔になる。
「将軍閣下、護衛艦は全滅です」
「うろたえるな!主力艦は無傷だ!」
「主力艦の対魔法防御が奴の攻撃を防いでる証拠だ!」
――だがナナセは止まらない。
「よし」
「護衛はこんなもんかな」
次の瞬間。
――ナナセの姿が消えた。
「消えた!?」
帝国兵が叫ぶ。
そして。
「直上だァ!!」
轟音。
主力艦の一つへ、ナナセが着地した。
鉄甲板が陥没する。
「旗艦は最後にしてあげるよ」
「まずはこっちから片づけないとね」
ナナセの発言を聞き、帝国兵たちが一斉に武器を構える。
「撃てぇぇ!!」
魔導弩や魔法による一斉射撃。
だが。
ナナセは歩くだけだった。
水膜が攻撃を逸らす。
氷壁が弾く。
風が軌道を変える。
「なっ……!?」
「防いでるんじゃない!」
「攻撃そのものが逸れて――」
言葉は最後まで続かなかった。
ナナセの放った水刃が、帝国兵を切断する。
別方向では氷が兵士たちの足元だけを固定する。
魔導具と船体は壊されない。
だが。
人だけが無力化されていく。
ナナセは周囲を見回す。
「魔導具はすごいけど、兵士は烏合の衆だね」
――主力艦が次々と無力化されていく。
パーシングが副官に向けて指示を出す。
「三番艦に続き、二番艦も落ちそうか」
「――二番艦に向けて神焉砲を放て」
「……味方もろともですか」
「生存者はいないだろ?」
「たった一人にやられる兵など、帝国にはいない」
「“器”を一つ消化しますが……」
「構わん、やれ」
別の部下が叫ぶ。
「ですが将軍!!」
「この距離では、他の護衛艦も巻き込まれます!!」
「だからなんだ?」
静かな声だった。
だが、その一言で全員が凍りつく。
「――撃て」
沈黙。
「聞こえなかったか?」
「撃てと言った」
帝国兵たちが青ざめる。
だが逆らえない。
誰もが理解していた。
逆らえば、“器”になる。
「――神焉砲、装填」
「魔力炉、臨界到達」
「発射準備完了!!」
――旗艦の巨大砲門が、ナナセの乗り込んでいる主力艦に向けられる。
空気が変わった。
ナナセの目が細くなる。
「……へぇ」
重厚な金属音。
旗艦の船体内部から、異様な黒鉄砲身がせり上がる。
紫黒の魔力が砲身を這った。
船上ではパーシングが笑っていた。
「ようやく使えるな」
獣のような笑み。
狂気すら感じる目。
砲身が唸る。
海が震える。
ナナセの表情から、僅かに軽さが消えた。
次の瞬間。
――轟ッ!!!!
紫黒の閃光が海を裂いた。
空気が爆ぜる。
海面が蒸発する。
ナナセは即座に魔法を展開。
「『迎鯨』」
海面から巨大な水の鯨が出現し、紫黒の閃光を呑み込みだす。
鯨が魔力を飲み込み、膨れていく。
だが、
――貫かれる。
「ちっ――」
二番艦へ直撃し爆風と爆音が広がる。
爆炎が空を染めた。
帝国兵たちが歓声を上げる。
「やった!!」
「直撃したぞ!!」
「将軍閣下の勝ちだ!!」
黒煙が海を覆う。
誰もが勝利を確信した。
――その時。
黒煙の一部から、カラスの群れが現れて旗艦の船首に塊を作る。
歓声が止まる。
「うへぇ……」
塊の中からは、気の抜けた声。
そこからナナセが現れる。
まるで何事もなかったかのように。
海風を受けながら。
「鹵獲するって言ったのに」
「沈めたら怒られるじゃん」
「……あれ、対都市兵器だね?」
パーシングが笑う。
「ご名答」
「王都攻略用の試作品だ」
「お前みてぇな怪物にも使えると思ったんだがな」
沈黙。
帝国兵たちの顔から血の気が引いていく。
あり得ない。
対都市兵器直撃。
それを受けて、生きている。
パーシングだけが笑っていた。
「ハハッ!!」
「最高だ!!」
次の瞬間。
パーシングが甲板を蹴り砕く。
巨大な身体が艦首へ跳躍する。
着地とともに鉄甲板が陥没した。
海風が吹き抜ける。
怪物と怪物。
初めて真正面から向き合う。
パーシングが獰猛に笑う。
「ようやく殴れるなァ!!」
ナナセは小さくため息を吐いた。
「……僕、痛いの嫌いなんだけどなぁ」
海が、静かに揺れていた――
【第二十八話へ続く】




