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【第二十五話】禁忌の力

〈鍛冶ギルド――地下工房〉


重い鉄扉が、低い音を立てて開いた。


熱気。


鉄の匂い。


赤く燃える炉。


地下工房には、朝だというのに薄暗い空気が漂っていた。


壁際には分解された金属部品。


焼け焦げた工具。


そして中央には――巨大な盾が置かれている。


「……おせぇぞ」


低い声が響いた。


鍛冶ギルドマスター、ジラズド。


分厚い腕を組みながら、険しい顔でナナセたちを睨んでいた。


「ナナセ」


「――とんでもねぇモン持ち込みやがって」


ナナセは苦笑する。


「うへぇ、そんなに?」


「わかってて回してきやがったろ」


即答だった。


その空気に、リグルとシャールの表情も自然と引き締まる。


サツキが巨大盾を見る。


「……これがシャーマンの」


「あぁ」


ジラズドが頷く。


「お前が鹵獲した盾だ」


工房中央に置かれたそれは、通常の盾ではなかった。


人一人を隠せるほど巨大。


黒鉄色の装甲。


表面には複雑な魔術紋様が刻まれている。


そして。


中心部には、不自然な紫色の魔石が埋め込まれていた。


ヒナノが眉をひそめる。


「……気味悪い」


「当然だ」


ジラズドが吐き捨てる。


「こいつぁ普通の魔石じゃねぇ」


その言葉に、空気が変わった。


リグルが一歩前へ出る。


「説明しろ」


ジラズドは近くの台座から一本の剣を持ち上げた。


ナナセが以前、商業ギルドから押収したドワーフ製の剣だ。


「まずこっちだ」


ジラズドが剣を掲げる。


「こいつが最近出回り始めた、魔石付きのドワーフ製武具だ」


「高純度魔石を使った、正規品だ」


「王国領だと馴染みがないだろうがな」


刃は美しい蒼銀色。


魔力の流れも安定している。


見ているだけで完成度の高さが分かった。


「魔石を利用して変形したり、威力を上げたり、耐久度を

上げたりできる」


「だが、無理やり力を引き出したりはしねぇ」


そう言いながら、ジラズドは巨大盾へ視線を向けた。


「――こっちは違う」


工房の空気が重くなる。


ジラズドは盾中央の紫色の魔石を指差した。


「内部に、精霊反応がある」


沈黙。


サツキが目を見開く。


「……精霊?」


「契約型じゃねぇし、そもそも精霊もいねぇ」


「精霊の残滓を固めてるようなもんだ」


ジラズドは低い声で続ける。


「それでも精霊の意思は残ってる」


その瞬間。


ナナセの目が細くなった。


「……」


ジラズドは工具を手に取り、魔石周辺を軽く叩く。


鈍い音。


だが。


その直後だった。


――微かに。


“泣き声”のような音が響いた。


全員の空気が凍る。


ヒナノが顔を強張らせる。


「……今の」


「聞こえたか」


ジラズドの表情は険しい。


「俺も最初は気のせいだと思った」


「だが違う」


「こいつは、精霊を燃料にしてる」


空気が一気に冷え込む。


シャールが低く呟いた。


「……馬鹿な」


「普通なら不可能です」


「だから異常なんだろうが」


ジラズドが吐き捨てる。


「しかも質が悪ぃ」


「残滓ってことは、大元の精霊から、無理やり力を搾り出してる

だろうな」


「いくつ量産してるか知らないが……」


「こんなモン、精霊側が壊れるぞ」


ナナセは無言だった。


ただ。


その視線だけが冷えている。


リグルが静かに問う。


「……帝国軍船も同じ原理だと思うか?」


「軍船規模だと“残滓”では出力が足りねだろうな」


「“残滓”じゃなければ?」


「……」


ジラズドは目を瞑り、呼吸を落ち着かせる。


「断定はできねぇが、ヒントはこいつだ」


工房奥に置かれていた、小さな箱へ視線が集まる。


「……それは?」


ジラズドの顔がさらに険しくなる。


「こっちがもっとヤバい」


箱を開く。


中に入っていたのは――両手サイズの雫状宝石。


淡く紫色に脈動している。


まるで、生きているように。


「そこのお嬢ちゃんが倒したバケモノから出てきたらしい」


ヒナノが静かにうなずく。


「チャンクの体は灰のように消えたけど、それだけ残ってたよ」


サツキが息を呑む。


「……何も知らなければ、綺麗って言いたくなるわね」


「だから余計に気持ち悪ぃんだよ」


ジラズドが低く言う。


「こいつぁ、“器”だな」


空気が張り詰める。


「……器?」


ヒナノが呟く。


ジラズドが頷いた。


「おそらくだが、精霊を憑依させるための土台だ」


「ただし、完全じゃねぇ」


「精霊そのものなのか……それとも、無理やり似せた別モンなのか」


「……そこまでは分からん」


リグルが視線を細める。


「人体実験か」


「恐らくな」


その瞬間だった。


ナナセの背筋に、ぞわりとした感覚が走る。


宝石の奥。


何かが“揺れた”。


――嫌だ。


無意識に、そんな感情が浮かぶ。


ポラリスとは違う。


もっと濁った何か。


歪で、不自然で。


苦しそうな力。


「……最低だね」


小さく漏れた声。


全員がナナセを見る。


だがナナセは、雫から目を離さなかった。


「帝国軍船を直接見てねぇから、断定はできねぇが……」


ジラズドは腕を組む。


「帝国側の軍船のエネルギーはこっちのほうが近いだろうな」


「鉄装甲と異常出力を両立させるなら、さっきの“残滓”だけじゃ

出力が足りねぇ」


シャールが険しい顔になる。


「精霊を燃料にした軍船か……」


「狂ってるな」


リグルが皮肉混じりに笑う。


「帝国だぞ?」


「今更だろ」


その時だった。


――ドンッ!!


地下工房の扉が勢いよく開かれる。


騎士団員が駆け込んできた。


「報告します!」


「帝国艦隊を確認!」


「シドー沖へ向けて進軍中です!!」


沈黙。


空気が凍る。


リグルが即座に振り返る。


「規模は!?」


「大型艦複数!」


「こちらの予測を超えています!」


シャールの表情が険しくなる。


「早すぎる……!」


「本気でシドーを落としに来ているのか」


「こちらは増強の手配までしかできていないぞ」


リグルが舌打ちした。


「進軍スピードが速いのも、精霊の力か……」


重い沈黙。


誰もが理解していた。


王国軍船と帝国軍船では、性能差がありすぎる。


その時だった。


「じゃあ、僕が行こうか?」


静かな声。


全員が振り向く。


ナナセだった。


まるで散歩にでも行くような口調。


だが、その目だけは静かに冷えていた。


「ちょうど気分悪くなってたところだしねぇ」


「それに鹵獲が必要でしょ?」


精霊を喰らう軍船。


嵐は、すぐそこまで迫っていた――


【第二十六話へ続く】


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