【第二十四話】第三王子
〈シドー・港湾部〉
夜の港。
王族旗を掲げた大型船団が、ゆっくりとシドーへ入港していた。
松明の灯りが海面に揺れる。
騎士団員たちが慌ただしく動き回る中、ナナセは大きくため息を
吐いた。
「……うへぇ」
「来るの早すぎない?」
その隣で、サツキがジト目で船を見ている。
「これ“アイツ”の船よね?」
「相変わらず、空気が読めない性悪王子ね」
ヒナノが頬を膨らませながら腕を組む。
「せっかくいい感じだったのにー!」
「タイミング悪すぎ!」
「まぁまぁ、来ちゃったならしょうがないよ」
ナナセが肩をすくめる。
だが、その視線は船体へ向けられたままだった。
王国海軍の中でも最大級の巨大な軍船だった。
そして護衛船が周囲を固めている。
「……本気だね」
ナナセの呟きに、オボロが静かに答える。
「王都も帝国の動きを重く見ているのでしょう」
船が接岸する。
騎士たちが整列し、一斉に敬礼した。
やがて。
船の中央階段から、一人の青年が姿を現す。
白銀の礼装。
整った金髪。
王族らしい気品を纏いながらも、その口元には軽薄そうな笑みが
浮かんでいた。
フリニア王国第三王子――リグル。
その姿を見た瞬間。
ナナセが露骨に嫌そうな顔をした。
「あー……来ちゃった」
リグルはその顔を見るなり笑う。
「おいおい」
「久々に会った旧友への第一声がそれか?」
軽い口調。
だが、その場の空気は一切緩まない。
王子という立場。
それだけで周囲へ与える圧が違った。
リグルは階段を降りながらナナセを眺める。
「しかし派手にやったな?」
「港湾都市救済、反乱鎮圧、商業ギルド壊滅――」
「相変わらず問題ばかり起こす男だ」
ナナセは肩をすくめる。
「僕のせいじゃないよ?」
「そもそも領主関係は騎士団だけの責任じゃないでしょ?」
「いや、お前が問題を引き寄せているんだよ」
「問題児が」
リグルは笑った。
そのやり取りを見ていた騎士たちがざわつく。
王子相手に、ここまで気安く話す者など普通はいない。
だが、リグルは気にした様子もない。
むしろ楽しそうだった。
「サツキもヒナノも久しぶりだな」
「離れ離れになったと聞いていたが……」
「相変わらず面倒な男に振り回されてるのか?」
サツキが冷たい笑顔を向ける。
「誰かさんほどじゃありません」
ヒナノは笑顔で手を振った。
「久しぶりー!」
「王子なのにちゃんと働いてるんだね!」
「おい、どういう意味だ?」
「そのままの意味?」
リグルが苦笑する。
「変わってないな、お前ら」
「あと、その笑顔に殺意が宿っているのも、わかっているからな?」
その時だった。
リグルの後ろに立っていた一人の男が前へ出る。
黒髪を後ろへ流した、鋭い目つきの男。
年齢は四十代半ばほど。
装飾は少ない。
だが、一切の隙がない。
「――紹介しよう」
リグルが軽く手を向ける。
「港湾都市シドー新領主、シャール氏だ」
男は静かに一礼した。
「初めまして」
「新たにシドー領を任されました、シャールです」
落ち着いた声だった。
だが、その視線は真っ直ぐナナセを見据えている。
「港湾都市シドーを救った功績に、敬意を表します」
「……ですが」
空気が変わる。
「騎士団支部長としては、些か権限を越えた行動も多かったようで?」
サツキとヒナノの表情が僅かに険しくなる。
だが、ナナセは苦笑しただけだった。
「うへぇ、初対面で厳しいねぇ」
「当然です」
シャールは淡々と続ける。
「法と秩序が崩壊した結果が、以前のシドーです」
「誰であれ、規律を逸脱すれば同じことになる」
「それが王族でも、貴族でも、騎士団でもです」
静かな言葉。
だが、芯があった。
ナナセは少しだけ目を細める。
(……真面目だねぇ)
腐敗貴族ではない。
だからこそ、厄介だった。
リグルが間に入るように肩をすくめる。
「まぁそう警戒するな」
「こいつは融通が利かないだけで、国民第一なのは本当だ」
「ナナセ、お前と真逆だな?」
「僕も国民第一だよ?」
「なら、同じなんだな?」
「……うへぇ」
その様子を見て、ヒナノが吹き出した。
だが次の瞬間。
リグルの表情から笑みが消える。
空気が、一変した。
「……さて」
「遊びはここまでだ」
王子としての顔だった。
「――帝国との外交だが、実質決裂した」
全員の表情が変わる。
港に吹く風が重くなる。
「帝国側の動きも確認している」
「既に国境周辺では軍の移動が始まっている」
シャールが続ける。
「陸側は山越えとなるため、時間もかかります」
「本命は海側でしょうから、港の防衛強化も急務です」
「王都から防衛支援と補給線を順次送るように、手配します」
ナナセが港へ視線を向ける。
停泊している王国軍船。
巨大ではある。
だが。
「――木造船なんだよね」
ぽつりと呟く。
リグルが頷いた。
「王国軍の主力は帆船型だ」
「魔力補助はあるが、基本構造は従来型だな」
「だが帝国は違う」
その瞬間。
空気が静まり返る。
リグルは低い声で続けた。
「奴らの軍船は、既に別物だ」
「鉄製装甲」
「異常な耐久性」
ナナセの表情がわずかに変わる。
「原理は不明なんだよね」
サツキが眉をひそめる。
「そんなもの……」
「普通なら不可能だわ」
シャールが静かに答える。
「ですが、帝国は実現している」
ナナセの目が細くなる。
「……ドワーフ製か」
リグルが視線を向けた。
「察しがいいな、ナナセ」
王子の目が真っ直ぐ向けられる。
「お前の力が必要になる」
「お前が今回鹵獲した物資の中に、気になるものがいくつかあった」
「それらの分析も早急に行うべきだな」
夜の海が静かに揺れていた。
だがその静けさは、嵐の前触れのようだった――
【第二十五話へ続く】




