【第二十三話】守った景色
〈港湾都市シドー〉
戦火によって傷ついた街は、少しずつだが確かに息を吹き返していた。
自由市場では、新たに店を開こうとする者たちが増え始めている。
瓦礫は片付けられ、壊れた露店は修繕されていく。
港には再び人の声が戻りつつあった。
――その中心を、ナナセとサツキは並んで歩いていた。
「……随分変わったわね」
サツキが周囲を見回しながら呟く。
以前まで閑散としていた市場には、少しずつ露店が戻り始めていた。
魚を捌く音。
客引きの声。
子供たちの笑い声。
まだ完全ではない。
だが、“生きている”。
そんな空気がそこにはあった。
「まぁ、全部解決したわけじゃないけどねぇ」
ナナセは苦笑しながら答える。
「まだ戦火の跡は残ってるしね」
「でも、商業ギルド関係はがらりと変わったよ?」
「暫定ギルドマスターも、ミリアド・オラクル商会の後押しで
決まったし」
「自由市場の税や出店権は見直した」
「新規参入もかなり増えてるよ」
サツキが少し驚いた顔をする。
「……そこまでやったの?」
「元々おかしかったからね」
「市場なのに自由競争が死んでたしね」
「あとは新領主が調整と承認をするだけだね」
サツキはしばらく黙って市場を見つめていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……ちゃんと変えたのね」
その言葉に、ナナセは少しだけ目を丸くする。
「何それ。褒めてる?」
「別に?」
「うへへぇ、素直じゃないねぇ」
「……うるさいわね」
サツキは呆れたように言う。
だが、その横顔はどこか柔らかかった。
その時。
「あっ!支部長さん!」
明るい声が飛んできた。
振り向くと、以前助けた女性――ボーラが手を振っていた。
新しく組み直された露店の前には、以前より多くの商品が並んでいる。
「やぁ、ボーラさん」
「おかげさまで、またお店を出せるようになりました!」
「騎士さんたちも巡回してくれてるので安心です!」
「幅を利かせていた傭兵もいなくなりましたし」
ナナセは軽く笑う。
「それはよかった」
「ちゃんと儲かったら税金払ってね?」
「そっちですか!?」
ボーラが慌てる。
その様子を見て、サツキが小さく吹き出した。
「……ふふっ」
ナナセが視線を向ける。
「珍しい。笑った」
「誰のせいだと思ってるのよ」
市場の風が、二人の間を通り抜ける。
どこか懐かしい空気だった。
騎士団学校時代。
任務終わりに、三人で街を歩いた日のことを思い出す。
「……ねぇ」
サツキが不意に口を開く。
「今回は、また急にいなくならないわよね?」
ナナセの足が少しだけ止まる。
だがすぐに、苦笑しながら答えた。
「努力はするよ」
「……なによそれ」
「支部長は忙しいからねぇ」
サツキは呆れたようにため息を吐いた。
だが。
その歩幅は、自然とナナセに合っていた。
〈騎士団シドー支部〉
――その後、二人は騎士団支部へ戻る。
現在、孤児院と学校は、騎士団支部の隣へと移設されていた。
孤児たちは同学年の子たちと一緒に、食堂や清掃の手伝いをしながら、
勉学に励み生活をしている。
表向きは、孤児たちへの支援と騎士団復興の一環。
だが実際には――監視も兼ねていた。
オルフェの実験の追求と安全の確保。
精霊関連の調査。
まだ確認しなければならないことは多い――
「ナナセお兄ちゃん!」
孤児院へ入るなり、小さな声が飛んでくる。
アルルだった。
以前より顔色も良くなっている。
その後ろから、ヒナノも顔を出した。
「あっ!やっと来た!」
「サツキと二人でずるい!」
「復興確認だからね?」
「デートじゃないよ?」
サツキが即座に答える。
「誰がデートよ!」
「えぇー?違うの?」
ナナセとヒナノがニヤニヤする。
サツキの眉がぴくりと動いた。
「あなたたち?」
肩をすくめるナナセとヒナノ。
敷地内では、子供たちが元気に走り回っていた。
食堂では騎士団員たちと一緒に食事の準備をしている。
講堂では、隊員が持ち回りで読み書きを教えている。
以前の孤児院とは違う。
暗さがない。
ヒナノが嬉しそうに笑う。
「最近ね、みんな元気なんだよ?」
「騎士団の人たちも優しいし」
「アルルちゃんも少しずつ笑うようになった!」
アルルは少し照れたようにナナセを見る。
「……ありがとう」
小さな声だった。
ナナセはしゃがみ込み、アルルの頭を軽く撫でる。
「どういたしまして」
「困ったらまた頼ってね」
アルルはこくりと頷いた。
「また、お父さんと一緒に演奏を聞いてね?」
「ナナセお兄ちゃんとお話もしたいし……」
アルルは、ちらりとサツキとヒナノを見る。
その様子を見ていたヒナノが、目を開いた後に優しく笑う。
「……やっぱりナナセって、子供に好かれるよね」
「そう?」
「うん」
「昔から、困ってる子放っておけなかったもん」
ヒナノの視線が少しだけ柔らかくなる。
「そういうところ、変わってなくて安心した」
ナナセは少し照れくさそうに頭をかいた。
〈シドー・海岸部〉
――夕方。
仕事を終えた三人は、海岸沿いを歩いていた。
海風が静かに吹き抜ける。
港には灯りが並び始めている。
戦火で暗かった街にも、少しずつ夜景が戻り始めていた。
「……綺麗ね」
サツキが小さく呟く。
「うん!」
ヒナノが笑顔で頷く。
「ナナセ!」
「この先にね、町と海岸線がきれいに見える場所があるんだよ?」
ヒナノに続いてサツキも同意する。
「あそこなら、星空もきれいに見えるわ」
「……案内してあげるわ」
耳が赤くなってるサツキ。
口角が下がらないヒナノ。
ナナセは静かに二人を見つめて手を繋いで歩きだす。
守れた景色、戻ってきた日常を踏みしめるように。
――その時だった。
ナナセの足が止まり、海岸線を見つめている。
サツキとヒナノも、ナナセの視線を追う。
――そこにはフリニア王国の王族旗を掲げている船団が見えていた。
「支部長!」
騎士団員が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「第三王子殿下が到着されます!」
――沈黙。
そして。
サツキがジト目になる。
ヒナノが頬を膨らませた。
ナナセは空を見上げる。
「……うへぇ」
「その文句は、性悪王子に言ってほしいなぁ」
ナナセは、小さくため息を吐いた。
港の沖合。
巨大な王国船が、ゆっくりとシドーへ近づいていた。
【二十四話へ続く】




