【第二十二話】静かな余韻
〈港湾都市シドー〉
戦火が去った街は、少しずつ日常を取り戻し始めていた。
壊れた建物の修繕。
瓦礫の撤去。
市場の再開準備。
騎士団もまた、街の復興に追われていた。
――そして。
「……やっと捕まえた」
騎士団支部長室。
疲れた声と共に扉が開く。
「やぁ、ミヨ」
ソファに腰掛けていたミヨが、書類を片手に笑みを浮かべた。
「お疲れ様、ナナセ」
「支部長って大変ね?」
机に突っ伏しながらナナセが呻く。
「うへぇ……増える一方なんだけど?」
「帝国関係に、領主関係に、復興支援……」
「これ本当に僕の仕事?」
「支部長だから仕方ないわね」
「冷たいなぁ」
ミヨは楽しそうに笑いながら、ソファに座る。
「帝国関係については、リグル王子が直接外交を行っているそうよ?」
「あと、領主関係については、王都から新しく派遣されるわね」
自ら、ミヨのために紅茶を淹れるナナセ。
「あの性悪第三王子が?」
「学友だからって、そんなこと言ってると不敬罪で処されるわよ?」
「ミヨも否定はしないくせに」
「――でも外交は意味なさないかもね」
二人分のティーカップを手にソファに座る。
新たな報告書をナナセに渡すミヨ。
「帝国側の動きが急に慌ただしくなってるわ」
ナナセの表情が少しだけ変わる。
「……どの程度?」
「港側の流通が変わった」
「物資も人も、戦争準備みたいに動いてる」
部屋の空気が静かに冷える。
ナナセは小さく息を吐いた。
「やっぱり早いねぇ」
ミヨは頬杖をつきながらナナセを見る。
「怖い?」
「まさか」
ナナセは苦笑する。
「面倒だなぁって思ってるだけ」
「ふふっ、ナナセらしい」
ミヨはティーカップを置く。
「でも気をつけて」
「帝国は今回、本気で来るわよ」
「諜報部も将軍も動いてる」
「……それと」
少しだけ視線を細めた。
「あなた、目をつけられてる」
ナナセは肩をすくめる。
「だろうねぇ」
「派手に暴れちゃったし」
ミヨは呆れたように笑った。
「自覚あるのね」
「あるよ?」
「だから今こうして情報屋さんとお茶してるんじゃん」
「……“情報屋さん”?」
ミヨの眉がぴくりと動く。
「他人行儀ね?」
「――え?」
「私は命懸けで協力してるのに」
「もっと、こう……特別扱いとか無いの?」
ナナセは困ったように笑った。
「うへぇ……難しい注文だねぇ」
「こうして二人きりでお茶しているのは、特別扱いにならないかな?」
ミヨは立ち上がる。
そして机越しに身を乗り出した。
「……いいわ、今回はそれで折れてあげる」
「その代わりに、数カ月経ったらデートに連れて行って」
「うちの商会が保有してる庭園があるの」
「時期になると綺麗な花が咲きほこるみたいだから……ね?」
上目遣いでナナセに問いかけるミヨ。
「いいよ。せっかくのお誘いだしね」
笑みを浮かべながら承諾するナナセ。
満面の笑顔になるミヨ。
「せっかくだから、もう一つだけ教えてあげる♪」
「今回、帝国側は海からも動く可能性が高いわよ」
「……海?」
「えぇ、艦隊規模よ」
「シドーを放置する理由がないもの」
ナナセの目が細くなる。
ミヨはその反応を見て満足そうに笑った。
「まぁ、今日はここまで」
「働きすぎると倒れるわよ?」
「倒れたら看病してくれる?」
「安くないわよ♪」
軽く手を振りながら部屋を出ていくミヨ。
扉が閉まる。
静寂が戻る。
「……海、か」
ナナセは小さく呟いた。
――コンコンコン。
控えめなノックが響く。
「入っていいよ」
扉が開く。
そこに立っていたのはオボロだった。
「イセ方面部隊長から、シャーマン含め関係者の受入が完了したと
報告が届きました」
「併せて、各種不正と前任領主の毒殺の証拠も届けられました」
「彼らが何かを喋るとは思わないけどね」
「シドーに置いとくままにもいきませんからね」
書類の山に目を移すオボロ
「やることは多いですから」
「今度、新領主が来るらしいよ?」
「こっちの山は残しておいても大丈夫だね」
「――なら、今日はもうよろしいのでは?」
オボロが魔法で収納していた、果樹酒とグラスを取り出す。
「……珍しいね?」
「お酒なんて」
オボロは静かにグラスに注ぎだす。
「たまにはいいかと」
「今回は色々とありましたので」
そう言いながら、机の上にグラスを差し出す。
「飲みますよね?」
「副官からのお誘いなら断れないねぇ」
「“パートナー”からの提案です」
「――なおさら断れないねぇ」
少しだけ。
ほんの少しだけ。
オボロの口元が緩む。
琥珀色の液体がグラスの中で揺れる。
静かな夜だった。
窓の外では、復興作業の灯りがまだ揺れている。
ナナセはグラスを傾けながら呟く。
「……終わらないねぇ」
「えぇ」
オボロも静かにグラスを口へ運ぶ。
「むしろ、ここからでしょう」
「また帝国が来るのでしょう?」
ナナセは苦笑した。
「失敗のまま終われないだろうしね」
短い沈黙。
だが、不思議と居心地は悪くない。
オボロが静かに口を開く。
「……無茶をしましたね」
「誰のこと?」
「孤児院の地下でのことです」
ナナセは視線を窓の外へ向ける。
「助けられるなら、助けたかっただけだよ」
「親子は一緒にいてあげたほうがいいでしょ?」
オボロはしばらく黙っていた。
「……だから皆、あなたについていくんでしょうね」
小さく呟いた。
ナナセが振り向く。
だがオボロは視線を合わせない。
代わりに酒をもう一度注ぐ。
「今日は休んでください」
「私でよければ一緒にいますので」
ナナセが少しだけ目を丸くする。
オボロは平然としていた。
だが、耳だけが少し赤かった。
「酔ってる?」
「酔わせたのはナナセ様では?」
「まだ半分も飲んでないよ?」
「なら、これからですね」
オボロが静かに立ち上がる。
窓際へ向かい、カーテンを閉めた。
外の灯りが遮られていく。
――ゆっくりとナナセを振り返るオボロ。
ナナセはグラスを置き、オボロと見つめあう。
――灯りが、一つ消える。
夜は、まだ終わりそうになかった。
【第二十三話へ続く】




