【第二十一話】帝国軍議
〈ヴェルトム帝国〉
重苦しい沈黙が、広間を支配していた。
巨大な円卓。
壁には帝国の紋章。
その下に並ぶのは、帝国軍の将軍たち。
――誰一人として口を開こうとはしなかった。
机の上に置かれた諜報部からの報告書。
そこに記されているのは、たった一つ。
――シャーマン将軍、捕縛。
沈黙を破ったのは、低い笑い声だった。
「……ふっ」
口元を歪めたのは、大柄な男。
帝国軍将軍、パーシング。
分厚い腕を組みながら鼻で笑う。
「勝手に動いた挙句、捕虜か」
「間抜けにも程があるな」
その言葉に、別の男が冷静に返す。
「笑い事ではありません」
銀縁の眼鏡を押し上げながら口を開いたのは、帝国外務武官カストロ。
「問題は、生きて捕らえられたことです」
「情報漏洩の危険があります」
「フリニア王国と騎士団側がどこまで掴んでいるか不明です」
「ならば潰せばいい」
即答したのはパーシングだった。
「相手側からは捕虜返還の話も来ておりますが?」
「あんな軟弱物は帝国軍には必要ない」
「いっそのこと、シドーごと焼けば済む話だろう」
「……感情で戦争を始める気か?」
冷ややかな声が割り込む。
帝国軍将軍、スチュア。
机に肘を置いたまま、淡々と続ける。
「補給線も整っていない」
「予定より早い侵攻はリスクが高い」
「――臆病者め」
「馬鹿が勝手に自滅したから、席が回ってきただけだろう?」
「成果が欲しくないのか?」
「――将軍である以上、失敗したら死が待つのみだ」
「準備のいらない脳筋と同じにしないでいただきたい」
空気が、一気に張り詰める。
だが――
誰も止めようとはしない。
互いを牽制し合う視線。
蹴落とし合い。
それが、この帝国軍の常だった。
「……くだらんな」
不意に、低い声が広間に響く。
瞬間。
全員が口を閉ざした。
円卓の最奥。
帝国軍元帥、ソトカ。
白髪混じりの男は、肘掛けに頬杖をつきながら報告書を眺めていた。
その視線だけで、場の空気が変わる。
「シャーマンの失敗は事実だ」
「だが、今更責任論をしても意味はない」
静かな声。
だが、その一言だけで将軍たちは黙り込む。
「……予定を前倒しする」
その瞬間。
広間の空気が変わった。
カストロが眉をひそめる。
「元帥、本気ですか?」
「全面戦争のために情報収集が必要だと方針を定めていたはずですが」
「そのために、シドーを内部崩壊させる策をとっておりましたが……」
ソトカは淡々と答える。
「シャーマンの失敗で、我々の存在は既に認識された」
「ならば、隠す意味はない」
「海と陸。二方面から圧力をかける」
「王国に考える時間を与えない」
パーシングが口角を吊り上げる。
「ようやくか」
「ならば海側は俺がやろう」
「港湾都市シドーを含めた、海側の重要拠点は我が部隊で制圧する」
スチュアが視線を向ける。
「……随分と積極的だな」
「当然だ」
パーシングは獰猛に笑った。
「王国騎士団の弱点は海軍戦力が貧弱なことだ」
「それに――」
「強者がいるなら、潰しておきたいと思うのは当然だろう?」
カストロが書類をめくりながら口を開く。
「最年少支部長――ナナセ」
パーシングが鼻で笑う。
「シャーマンごときを帝国の最大戦力と考えられても癪だからな」
スチュアは黙ったまま視線を細める。
「その慢心が命取りにならなければいいが」
「何か言ったか?」
「……何も?」
再び空気が軋む。
諜報部隊の長でもあるカストロがソトカに向けて進言する。
「元帥閣下。王国はドワーフ製の魔道具も取り押さえております」
「ドワーフの谷と我々の関係……我々の実験に気づかれてるのでは?」
「……」
重い沈黙が続くが、パーシングが口をはさむ。
「最新のドワーフ製魔道具を解析できる人間など、そうはいないだろ」
「そもそも立地上、王国がドワーフの谷とコンタクトを取るのも
容易ではない」
「……確かに、王国内にも数人はドワーフはいるが」
「最新の武具を分析できるほど精通している人物はいないだろう」
スチュアもパーシングに同意する。
二人の将軍の意見を聞き、ソトカも結論を出す。
「……気づかれたところで問題はあるまい」
「グランリーがエルフ側を進めている以上、もう止まれん」
「我らは、次の時代を作る」
「そのための力は、既に揃いつつある」
「世界を皇帝陛下のもとに、我らの血族のために……」
ソトカは静かに目を閉じる。
そして、ぽつりと呟いた。
「……片割れは、まだ見つからんか」
その言葉に一瞬だけ、カストロの視線が動いた。
だが誰も触れない。
触れてはいけない。
そんな空気がそこにはあった。
ソトカはゆっくりと立ち上がる。
「開戦準備を進めろ」
「王国に猶予は与えん」
将軍たちが立ち上がる。
だが、その表情は統一されていない。
獰猛な笑み。
冷たい視線。
打算。
焦り。
野心。
帝国軍は、一枚岩ではない。
――だからこそ強く。
――だからこそ、歪だった。
広間の窓の外。
帝国旗が、風に揺れていた。
【第二十二話へ続く】




