【第二十話】夜明けと種火
――その夜、シドーの戦火は静かに消えた。
だが、種火は消えていなかった。
時は少し遡る――
〈オボロサイド〉
証拠集めのために、商業ギルドに潜入していたオボロ。
ギルドマスターの部屋では、見知った人物がオボロを待っていた。
「やっぱりこっちに来たのね」
「……何をしてるのよ?」
「――ミヨ」
ジト目でミヨを見るオボロ。
「証拠集めよ♪」
「ナナセのためにね」
机の上の書類に目線を送るミヨ。
「こっちは確認済み、大した情報はないわね」
ため息が出るオボロ
「……そこの金庫は開けたの?」
「せっかちね?」
「今、解析してるところよ、指紋と声紋式ね」
「……時間がかかりそうね」
「大丈夫!指紋は入手してるしね」
「……あなたは情報屋や商人というより”泥棒”みたいね」
「ナナセのハートも手に入れれたら楽なのにね」
「阻止するわよ?全力で」
睨みつけてくるオボロに、肩をすくめたミヨ。
「……問題は声紋よね」
「解析して開錠するしかないわね」
「――にゃはは、音声データなら持ってますよ?」
不意に甘い香りが部屋に広がり、オボロの後ろから見知らぬ声がかけられる。
「つ!!」
短剣を握り、後ろの人物に斬りかかるオボロ。
しかし、短剣は空を切る。
「……誰ですか?」
謎の人物の代わりに戦闘態勢をとったミヨが答える。
「……多分……帝国軍の諜報部ね」
目が開く謎の人物。
「どうやら当たりのようね」
「あちゃぁ、顔に出てしまいましたか……」
「当てられるとは思いませんでしたよ」
「ミリアド・オラクル商会のご令嬢、さすがの情報網ですね」
「――仕方がありませんね。帝国軍諜報部のパシャといいます」
「にゃはは、仲良くしましょうね?」
にやけ顔のパシャと警戒を怠らないミヨ。
「パシャね……どうせ偽名なんでしょ?」
ミヨに続いてオボロも答える。
「そのふざけた笑い方も気に食わないですね」
睨みあう三人。
――不意に両手を上げるパシャ。
「やめましょうよ、我々の目的は共通なのですから」
金庫を指さすパシャ。
「その金庫が気になるのでしょ?」
「こちらはその金庫の中に“無い”のがわかれば離脱しますので」
「……“あった”場合はどうするのよ?」
「――私たちの情報網に間違いがあると?」
「…………」
「どうするオボロ?」
パシャから目線を外さないままオボロに意見を求めるが、
返事が返ってこない。
「ちょっと、オボロ!?」
顎に手を当てて何かを考えているオボロ。
「…………」
「いいわ、開けてもらいましょうか」
武器をしまうオボロ
「えっ!?いいの!?」
「こんな、わけのわからない相手を信じるの!?」
「問題ないわ」
「ナナセ様ならこうしているでしょうし」
ナナセの名前に反応するミヨとパシャ。
「開けてもらおうかしら、子猫ちゃん」
「にゃはは……子猫ちゃんですか」
「まぁ、時間もないですしやりましょうか」
金庫の前に集まる3人。
パシャの声紋とミヨの指紋を使い金庫を開ける。
――中身を順番に確認する三人。
「金貨に宝石……」
「帝国と商業ギルドの取引関係の書類……」
「パシャ?あんたが見てる手帳はどうなの?」
「前任者からの引継ぎ用の手帳ですね……」
「これはあなたのほうが必要なのでは?」
手帳をオボロに渡す。
「――“無い”のはわかりましたし、引き揚げましょうかね」
「星の導きがあればまた会いましょう」
突風が部屋の中に発生し、甘い香りを残して消えるパシャ。
――窓を見つめているオボロとミヨ。
「帝国の諜報部に会うのは初めてだけど、随分変人だったわね」
ミヨが口を開く。
「えぇ、かなりの変人ね……」
「こんなものを”預けていく”なんてね」
――受け取った手帳には鍵が挟まれていた。
「……何の鍵よ」
「私が手帳を取ったときは無かったわよ」
「こちらに押し付けて、“無かった”と言いたいのでしょうね」
「――あのクソ猫、面倒を押し付けてきましたね」
「……知り合いなの?」
「……いえ、初対面よ」
「……そう?」
「一度会っていたら忘れないでしょ」
「あのむかつく感じは」
「……それもそうね」
部屋の中を見回すミヨ。
「ナナセに伝えておいて」
「ここの証拠まとめたらまた連絡するからって」
「任せたわ、この手帳と鍵は預かるけど」
――商業ギルドを後にするオボロ
〈早朝〉
徹夜で後処理や報告に追われている騎士団。
「オボロ。イセさんたちはいつ来るって?」
「昼前には到着予定です」
「方面軍の直営部隊の一部を率いてくるようです」
「なら、そのタイミングで防衛任務は引き継いでもらおうか」
「各部隊長に連絡入れておいて」
「順番に家族のもとに行けるようにしてあげて」
「ナナセ様は?」
「やることばかりだよ?」
「復興以外にも、領主関係に帝国の将軍に諜報部……」
「うへぇ、支部長の仕事超えてるよぉ」
「……本来なら領主と分け合う仕事もありますからね」
「――よくわからない置き土産もあるし」
机の上に置かれている雫型の結晶と古びた鍵。
それを眺めながら、ナナセは椅子にもたれかかる。
「……面倒事が増えたね」
「えぇ、かなり厄介なものを残していきましたね」
オボロは淡々と答える。
「ですが――」
一瞬、言葉を区切るオボロ。
「守れました」
ナナセは少しだけ目を細める。
「……そうだね」
窓の外へ視線を向ける。
煙に覆われていた街に、光が差し込んでいく。
避難していた人々が戻り始めている。
瓦礫を片付ける者。
抱き合う者。
泣いている子供と、それをあやす大人。
――日常が、少しずつ戻ってきていた。
「悪くない景色だね」
小さく呟くナナセ。
「えぇ」
短く答えるオボロ。
机の上の鍵を手に取るナナセ。
軽く指で弾く。
乾いた音が部屋に響く。
「でもまぁ――」
視線が再び鋭くなる。
「これで終わりじゃないよね」
「はい」
「むしろ、ここからですね」
オボロの言葉に、小さく笑うナナセ。
「だよね」
結晶が、わずかに光を帯びる。
「……さて」
立ち上がるナナセ。
「全部まとめて、片付けるよ」
ナナセは窓の外を見つめたまま、軽く伸びをする。
「――僕の街だからね」
――第一章 完。
九十九ペンギンです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
第一章『出会いと騒乱と港町と』完結です。
サツキとヒナノとの再会、港湾都市シドーの騒乱、そして
精霊を巡る物語――。
少しずつですが、この世界の輪郭が見え始めていれば嬉しいです。
ここから物語はさらに大きく動いていきます。
これからも『真名レゾナンス〜元恋人たちと、呼ばれしもの
応えしもの〜』をよろしくお願いします。




