【第十三話】暗影の誘拐
〈騎士団、支部長室〉
仕事中のナナセのもとに、オボロが報告にやってくる。
「……また手遊びですか?」
「仕事に終わりはありませんよ?」
書類の山を放置し、魔道具を作っているナナセ。
「ん~、お帰り」
「これも大事なお仕事だよ?」
「アルルちゃんのお守りだね」
「……やはり必要になりそうなんですね」
「しつこいからね」
「ほら、できた。かわいいでしょ」
――ガラスの球体を転がす猫のデザインのネックレスを見せる。
「このガラスの中にどんな仕組みがあるかは、聞かないでおきます」
ため息をついてから報告書を提出するオボロ。
「……鍛冶ギルドの進捗はこちらにまとめています」
「支部内部と港湾設備の補修は終わりました」
「武器や防具の補修は、完了次第順次納入されています」
報告書をめくるナナセ。
「仕事が早いね」
「飴が効きすぎたかな?」
「それもありますが、単純に仕事に飢えていたようですね」
「港湾設備の補修中に邪魔が入らなかった?」
「何人か傭兵が来ましたが、何もせずに帰りましたよ」
「……お手柔らかにね」
オボロは肩をすくめて報告を続ける。
「今は港湾設備にある防衛装置の訓練を始めています」
ナナセは書類をめくりながら呟く
「長らく使ってなかったからね……」
「突貫でいいから使えるまでには鍛えておいてね」
もう一枚、別の報告書を見せるオボロ。
「こちらはミリアド・オラクル商会からです」
「自由市場経由でも食材の取引が始まっています」
新しい報告書を受け取るナナセ
「商業ギルドが崩れたときに、変わりがいないと町が死ぬからね」
「ボーラさんたち自由市場には頑張ってもらわないと……」
報告書に目を通したナナセは伸びをしながら立ち上がる。
「さてと、お守りを渡しに行こうかな」
「……先ほどガザミさんと食堂に向かってましたよ?」
「なら、ついでに昼食といこうか」
「少しは食堂もマシになったでしょ」
「……あとはちゃんとした料理人だけですかね」
「しばらくは当番制でいいよ」
「野営の練習にもなるし」
〈騎士団、食堂〉
――アルルは厨房の中にいた。
そんなアルルを見るために、人だかりができている。
「……君たち何させてるの?」
ナナセに気づいた隊員たちは慌てだす。
「支部長!いえ、違うんですよ?」
冷や汗をかく隊員たちと、ナナセに気づいたアルル。
「ナナセお兄ちゃん!」
「聞いてよ!ここの人たちスクランブルエッグしか作れないんだよ!」
「しかも味付けも毎回雑だし、パンも焦がすし」
「……僕の時はちゃんとしてたよね?」
「支部長の食事は、オボロさんかサツキさんかヒナノさんが作っていましたので」
オボロに視線が集まる。
「……毒などが混入しないためです」
「……あっそ」
ジト目のナナセと知らん顔のオボロ。
笑顔でアルルに顔を向けるナナセ。
「アルルちゃん、料理までしてくれてありがとうね」
「……いつもお父さんと一緒に作ってるから」
「僕の分の昼ご飯もお願いしていい?」
「報酬は前払いね♪」
お守りのネックレスを首にかける。
「かわいい!猫ちゃん!」
「しばらくは服の中に隠しておいてね」
「うん!ありがとう!」
「ナナセお兄ちゃんの分、頑張って作るね!」
その後アルルの作った料理を食べるナナセとオボロ
――とてもおいしかった。
〈夜:ガザミ宅〉
「お父さん!今日ねナナセお兄ちゃんにプレゼントもらったんだ!」
「ご飯作ったお礼だって!」
ネックレスを見せつけるアルル。
「よかったね、大切にするんだよ?」
「支部長が自分で作ったみたいだよ?アルルのためにね」
「ほんとに!?大切にする!一生!」
しばらく親子の時間を過ごす二人。
「ドオォン!!」
――しかし静寂を割くように、衝撃音が響く。
「――アルル!無事か!」
アルルを抱きしめるガザミ。
「……お父さん怖い」
ガザミに抱き着きながら、ネックレスを服越しに掴むアルル。
「大丈夫!お父さんがついているから」
外を確認しようとガザミは立ち上がり、扉に近づこうとする
「……お父さん!!」
急な大声に思わず振り返るガザミ・
「大丈夫、離れないから」
「違う……そっちは危ないって……」
「誰に?」
「……わかんない、でも……」
――次の瞬間
「ドオォンッ!!」
扉付近に砲弾が着弾し、扉が吹き飛ぶ。
ガザミが反射的にアルルを庇う。
「伏せろ!!」
煙。
衝撃。
視界が揺れる。
「……扉の前にいたら危なかった」
着弾点を見た後にアルルを見るガザミ。
アルルを抱える力が強くなる。
「ここは危ない…騎士団のほうがまだ安全だろう」
「待って、これだけは持って行かないと」
いつも使っている鞄を抱えるアルル。
「お母さんのフルートも一緒じゃないと」
「わかった、でも荷物は最小限にするんだよ」
――アルルの手を引き騎士団に向かうガザミたち。
遠くで、連続する砲撃音。
港の空が、赤く染まっている。
「あの船は帝国軍か」
「……ついに蜂起したか」
アルルを抱えて走るガザミ。
周囲を見ると騎士団による避難誘導も始まっている。
「手が早いな……支部長にとっては想定通りか」
騎士団へ向かうガザミ。
しかし、不意にアルルからはじかれるように吹き飛ばされる。
「っ……何が起きた!」
アルルの足元に黒い影が広がりだす。
「お父さん!なにこれ!体が…沈んじゃう!!」
「怖いよ!助けて!!」
アルルに手を伸ばすが、見えない壁に阻まれるガザミ。
アルルも手を伸ばすが二人の手が絡むことはない。
影が、わずかに蠢いた。
――まるで、笑っているように。
影がガザミに襲い掛かる。
武器のないガザミは魔法と体術で対応する。
「くそっ!なんだこれは!」
アルルの体は影に沈み続けていく。
「おいっ!!連れて行くな!!」
「俺の家族を勝手に連れていくな!!」
不意にアルルのネックレスが、じわりと熱を帯びる。
影が、わずかに揺らぐ。
――ほんの一瞬だけ。
「……止まった?」
その隙に影を対処したガザミが、アルルに近づく。
だが、影が再び蠢く。
――拒むように。
アルルの体が、ゆっくりと沈み始める。
腰まで沈む。
胸元まで沈む。
「届く……!」
ガザミの指先が、アルルの手に触れかけ――
弾かれる。
再度アルルに手を伸ばすが変化はない。
魔法を発動し壁を壊そうとするも、効果はない。
アルルは肩まで影に沈んでいる。
「くそっ、どうすればいいんだ!」
その時、影の内側でアルルの胸元が光っているのに気づくガザミ。
「アルル!!」
「……待ってろ」
「必ず行く」
低く、絞り出すように。
「……もう、独りにさせないから!!」
アルルはその言葉を聞き力強く頷く。
アルルが完全に影に取り込まれる。
「アルル!!……アルル!!」
返事はなく、ガザミだけが取り残される……
――アルルは気を失っていた。
目が覚めたアルルは牢屋の中にいるのを自覚する。
服越しにネックレスをつかみ、安堵するアルル。
――温かい。
――ナナセの魔力が、確かにそこにあった。
「……ナナセお兄ちゃん」
小さく呟く。
「……ここはどこ?」
『大丈夫、私が守るから』
不意に声が聞こえる。
「……え?」
声は返ってこない。
しかし、アルルはその声に勇気づけられる――
【第十四話へ続く】




