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【第百二十九話】受け継がれたもの

〈世界樹・根の流路〉


「ハーデスは」


ハルモニアは静かに続ける。


「ペルスによって命を繋がれ」


「その後も、人間領で生き続けました」


「……やっぱり」


ナナセが椅子へ深く座り直す。


オルフェが命を落とした夜、兄であるハーデスは生き延びていた。


それも、あのペルスによって。


「じゃあ」


オボロが口を開いた。


「その後、ハーデスは研究を?」


「――続けていました」


迷いのない答えだった。


ハルモニアの表情から、先ほどまでの柔らかさが消えていく。


「いいえ……」


「正確には」


「――続けられる形を作った、と言うべきでしょう」


「形?」


ヒナノが首を傾げた。


「ハーデスは人間です」


ハルモニアが答える。


「百年前の時点で」


「既に、人生の終わりを意識せざるを得ない年齢でした」


「どれほど強い思想を持っていたとしても」


「人である以上、寿命から逃れることはできません」


「エルフや精霊に比べれば」


「人に残された時間は、あまりにも短いのです」


「どれだけ優秀な研究者であっても」


「一人の人間が使える時間には限りがあります」


「まして」


「彼が目指していたものは」


「一代で完成させられるようなものではありませんでした」


ナナセは黙って聞いている。


「だからハーデスは」


ハルモニアの声が、根の流路へ静かに響く。


「自分が死んだあとも」


「自分の研究が続く仕組みを作ったのです」


「……子供?」


唐突に、ナナセが口を開く。


ハルモニアが目を向ける。


「百年前に、もういたんじゃない?」


「自分の寿命と理想のことを、あそこまで考えてたなら」


「後継者について何も考えてなかったとは思えない」


「……ええ」


答えたのはラクテアだった。


「ハーデスには、既に息子がいました」


「フィラとオルフェと精霊の涙を調べている裏では……」


「その息子と」


「ペルス」


ラクテアの表情が厳しくなる。


「三人で、自分たちの目的を後世へ残す方法を考えていたようです」


いくつもの案があった。


研究成果を残すこと。


情報を分散させること。


同じ思想を持つ者を育てること。


そして、その中で後に最も大きな形となったもの。


「ハーデスは」


ラクテアが続ける。


「自らの血族へ、研究と思想を継承させる道を選びました」


「血族……」


サツキが呟く。


「自分の子供に?」


「子供だけではありません」


「その子供へ」


「さらに、その次へ」


「世代を越えて」


「自分が辿り着けなかった場所へ、いつか子孫が辿り着けるように」


「……執念深いなぁ」


ナナセが呟いた。


だが、誰も冗談だとは受け取らなかった。


「それだけではありません」


ハルモニアが言葉を引き継ぐ。


「ハーデスは知っていたのです」


「研究を続けるだけでは足りないことを」


「精霊」


「古代の記録」


「各地に残された聖品」


「情報核を完成させるために必要な、あらゆるもの」


「そして」


僅かに間を置く。


「――聖女となり得る者」


「それらを、一人の研究者が探し続けることはできません」


「けれど」


ハルモニアは円卓の全員を見渡す。


「世界中に根を張る組織ならば、話は変わります」


ナナセの目が、ゆっくりと細くなった。


「……宗教」


「ええ」


神殿を作る。


信仰を広げる。


各地から人々が集まる。


生まれた子供の資質。


精霊との親和性。


特殊な魔力。


奇跡と呼ばれる現象。


それら全てを、信仰という名の下で集めることができる。


さらに。


聖遺物の保護を名目に、古代の遺物や文献すら自然に集積されていく。


「まさか……」


オボロが低く呟いた。


その表情には、既に答えへ辿り着いた者の色があった。


ハルモニアが静かに頷く。


「後に」


「ハーデスは、自らその組織の頂点に立ちました」


「自分を初代教皇として」


「血を継ぐ者へ、その地位と目的を託していったのです」


「……教皇」


サツキが眉を寄せる。


ヒナノも、オボロも、同じ名前を思い浮かべていた。


ナナセだけが何も言わず、ハルモニアを見つめている。


「その組織は」


ハルモニアが告げる。


「ハーデス亡き後も、子孫によって受け継がれました」


「教皇が代替わりしても」


「研究は残った」


「目的も」


「思想も」


そして、ラクテアが静かに言葉を重ねる。


「その傍らには」


「百年前から変わらず――ペルスがいました」


ナナセの眉が僅かに動いた。


血が思想を受け継ぎ。


組織が目的を受け継ぎ。


人ならざる一人の男が、百年前の記憶そのものを受け継いだ。


ハーデスという男が寿命を迎えても、


その願いだけは百年という時の中で姿を変えながら生き続けた。


「……なるほどねぇ」


ナナセがようやく口を開いた。


その顔に笑みはない。


「それが」


「今まで僕たちが相手にしてた連中の始まりか」


ハルモニアは静かに頷いた。


「ええ」


そして、百年前から続くその組織の名を告げる。


「――真聖会」


その名が、百年という時を越えて過去と現在を繋いでいた。


【第百三十話へ続く】


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