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【第百二十一話】勝手な人たち

〈百年前・星詠王国コンステラ〉


「――精霊の涙」


フィラの口から出た言葉に、ラクテアの表情が強張った。


「どうして返さなかったの?」


「……」


「ブレルから聞いた」


「オルフェが取り返したんだから」


「ハルモニア様に返せたんでしょ?」


「……ええ」


「なのに」


フィラの目が鋭くなる。


「お姉ちゃんが、オルフェに渡した」


「……」


「なんで?」


「それは……」


「星?」


ラクテアの瞳が僅かに揺れる。


「星が見えたから?」


「……ええ」


「じゃあ私と何が違うの!」


フィラの叫びに。


ラクテアが息を呑んだ。


「私だって星を見たよ!」


「フィラ」


「自分の星が消えるのを見た!」


「その先で!」


涙を拭う。


「オルフェみたいに苦しむ人がいなくなるかもしれないって思った!」


「だから選んだ!」


フィラは姉を睨みつける。


「お姉ちゃんだって同じじゃん!」


「遠くに星が見えたから!」


「それを信じたんでしょ!?」


「……」


「誰にも相談しないで!」


「自分で決めたんでしょ!」


ラクテアは何も返せなかった。


「……そうですね」


やがて。


小さく認める。


「そこは……あなたの言う通りです」


「……」


「私は」


ラクテアが目を伏せた。


「あなたを責められる立場ではないのかもしれません」


「そんな言い方……」


「ですが」


顔を上げる。


「だからといって、あなたのしたことを認めるつもりもありません」


「……!」


「私が間違っているかもしれないことと」


「あなたが自分の命を粗末にしたことは別です」


「粗末になんてしてない!」


「しています!」


「してない!」


「しています!」


「してないって言ってるでしょ!」


「私はちゃんと考えた!」


「一人ででしょう!」


「お姉ちゃんに言ったら止めるじゃん!」


「止めます!」


「ほら!」


「当然でしょう!」


「だから言わなかったの!」


「だから、それを怒っているのです!」


「もう!」


フィラが両手で髪を掻きむしる。


「何なの!」


「みんな勝手なことばっかり!」


「……みんな?」


「お姉ちゃんも!」


ラクテアを指差す。


「星が見えたからって勝手に決めて!」


「ブレルも!」


「納得してないくせに、お姉ちゃんを信じるとか言って!」


「それから……」


そこで。


声が詰まった。


胸元へ手を置く。


服の下には、オルフェの手紙があった。


「オルフェも……」


「……」


「オルフェだって……!」


今度こそ。


堪えていたものが完全に崩れた。


「私に何も聞かなかった!」


「勝手に眠らせて!」


「勝手に精霊の涙を持っていって!」


「勝手に……!」


息が震える。


「勝手に、いなくなって……!」


「フィラ……」


「約束だって……!」


そこまで言って、フィラは唇を強く噛んだ。


その約束だけは。


言葉にしたくなかった。


誰にも触れさせたくない。


二人だけのものだった。


「……なんで」


肩が震える。


「なんで、みんな……」


ラクテアが一歩近付く。


「来ないで」


その一言に。


ラクテアの足が止まった。


「……なんで」


フィラは両手で顔を覆う。


怒鳴る力も。


もう残っていなかった。


「なんで、みんな勝手に決めるの……」


小さな嗚咽だけが漏れた。


ラクテアも何も言えなかった。


「……ごめんなさい」


ラクテアが小さく呟く。


「……謝らないでよ」


「……」


フィラが、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。


「謝られたら……」


声が震える。


「もっと腹立つ……」


「……そうですね」


ラクテアの口元が。


ほんの僅かに緩んだ。


それを見て。


フィラも泣きながら、少しだけ笑う。


「……お姉ちゃんの馬鹿」


「あなたにだけは言われたくありません」


「馬鹿」


「あなたの方が馬鹿です」


「お姉ちゃんの方が――」


その時だった。


「……っ」


突然。


フィラが口元を押さえた。


「フィラ?」


「……うっ」


身体が大きく揺れる。


「フィラ!」


ラクテアが反射的に駆け寄り、その身体を支えた。


「触らないで……!」


「今はそんなことを言っている場合ではありません!」


「だい、じょうぶ……」


そう言いながらも。


フィラは口元を押さえたまま身体を丸めている。


「……気持ち悪い」


「え?」


「ちょっと……吐きそう……」


「フィラ?」


ラクテアはすぐに背中へ腕を回した。


「座って」


「大丈夫だから……」


「大丈夫な人はそんな顔をしません」


「泣きすぎただけ……」


「いいから」


「……まだ怒ってるからね」


「分かっています」


「許してないから」


「私もです」


「……」


「……」


しばらく。


何も言葉は続かなかった。


やがて。


フィラの手がラクテアの腕を掴んだ。


弱々しい。


それでも。


離れてしまわないように。


しっかりと。


「……でも」


「何ですか?」


顔を伏せたまま。


フィラが小さく呟く。


「今は……離さないで」


ラクテアの瞳が大きく開いた。


一瞬。


泣きそうに顔を歪める。


それでも。


何も言わなかった。


ただ。


幼い頃と同じように。


妹の身体を優しく抱き寄せる。


今度は、フィラも振り払わなかった。


まだ、話さなければならないことはいくらでもある。


それでも今だけは。


姉の腕の中で、フィラは静かに目を閉じた。


胸元には、オルフェが残した一枚の手紙。


そこに残された、二人だけの約束。


それを誰にも渡さないように、フィラは強く抱き締めていた――


【第百二十二話へ続く】


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