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【第百二十話】姉妹喧嘩

〈百年前・星詠王国コンステラ〉


――見慣れた扉の前で、


フィラはもう何度目か分からない深呼吸をしていた。


扉一枚隔てた向こうに、姉がいる。


会いたくない。


でも。


会わなければならない。


「……ラクテア様がお待ちです」


隣に立つブレルが静かに告げる。


「……分かってる」


フィラは胸元の手紙へ触れた。


それから。


意を決したように、ブレルを見つめる。


「……私は外しておりますので」


ブレルが扉を開ける。


フィラは、改めて深く息を吸い、部屋へ足を踏み入れた。


「……」


「……」


沈黙が部屋を包んでいた。


部屋の奥には、ラクテアが立っていた。


いつも通り、“レーヌ”としての装いを身に纏っている。


だが、フィラには分かった。


眠っていない。


目元には疲労が滲み、いつもなら崩れることのない表情にも


僅かな影が落ちている。


「……ただいま」


先に口を開いたのは、フィラだった。


ラクテアの表情が歪む。


「……おかえりなさい」


その声を聞いた瞬間。


胸の奥に張り詰めていたものが、ほんの少しだけ緩んだ。


ラクテアが近付いてくる。


フィラも逃げなかった。


次の瞬間。


強く抱き締められる。


「……っ」


息が詰まるほどだった。


「お姉ちゃん……」


ラクテアは何も答えない。


ただ。


妹を抱く腕だけが震えている。


「……苦しい」


「我慢してください」


「痛い」


「我慢しなさい」


「……横暴」


「ええ」


それでも。


ラクテアは離そうとしなかった。


フィラも。


ほんの一瞬だけ。


その胸元へ顔を預ける。


懐かしい匂いがした。


幼い頃。


怖い夢を見た夜。


こうして抱き締めてもらったことを思い出す。


「……お姉ちゃん」


「……フィラ」


やがて。


ラクテアがゆっくりと身体を離した。


妹の顔を見つめる。


頬へ手を添える。


まるで。


本当にここにいるのか。


生きているのか。


確かめるように。


その指先は小さく震えていた。


そして。


「……馬鹿」


「……」


フィラの眉が動く。


「本当に……馬鹿」


「……お姉ちゃんだって」


「何ですか?」


「お姉ちゃんだって馬鹿じゃん!」


一瞬で。


二人の間にあった空気が変わった。


「……何ですって?」


「聞こえたでしょ!」


「ええ。聞こえました」


ラクテアの眉間に深い皺が寄る。


「では、その前に聞かせてもらいましょうか」


「何を」


「どうして黙っていたのですか」


フィラの身体が強張った。


「……」


「答えなさい」


「あなたの星が消えることを」


ラクテアの声が震える。


「どうして私に黙っていたのですか!」


「言えるわけないじゃん!」


「どうして!」


「言ったら貸してくれなかったでしょ!」


「当たり前です!」


ラクテアの声が部屋中に響いた。


「あなたが死ぬと分かっていて!」


「精霊の涙を貸す姉がどこにいるのですか!」


「だから言わなかったの!」


「それを怒っているのです!」


「じゃあ、どうすればよかったの!」


今度はフィラが叫ぶ。


「オルフェが先に死ぬのを、黙って見てろっていうの!?」


「そんなことは言っていません!」


「同じじゃん!」


「同じではありません!」


「同じだよ!」


フィラの瞳から。


堪えていた涙が再び溢れ出した。


「私は!」


声が震える。


「オルフェと同じ時間を生きたかった!」


「……」


「一緒に歳を取って!」


「一緒に色んなところに行って!」


「それで……」


無意識に、胸元へ手が伸びた。


指先に、オルフェの手紙が触れる。


「一緒に……」


その先の言葉は、喉の奥で詰まった。


「それの何が悪いの……?」


ラクテアが唇を噛む。


「悪いなどとは言っていません」


「じゃあ!」


「だからといって!」


ラクテアの声にも、もう余裕はなかった。


「あなたが一人で死ぬことを決めていい理由にはならないでしょう!」


「……っ」


「私が!」


ラクテアの瞳にも涙が浮かぶ。


「あなたがいなくなっても構わないとでも思ったのですか!?」


フィラが息を呑む。


「オルフェだけですか?」


「あなたを失いたくないと思っているのは!」


フィラは俯いた。


「私は……」


「あなたの姉です」


ラクテアは、震える声で続ける。


「あなたが生まれた時から」


「ずっと……」


一度。


声が掠れた。


「あなたを見てきたのですよ」


「……お姉ちゃん」


「それなのに」


ラクテアは首を横へ振る。


「勝手に自分の命を使って」


「皆が幸せになれるなら、それでいい?」


フィラの肩が震える。


「あなたがいなくなって」


「私が幸せでいられると、本気で思ったのですか?」


「……ごめん」


「謝ってほしいわけではありません!」


「じゃあ、どうすればいいの!」


「それを一緒に考えたかったのです!」


ラクテアの叫びが響く。


「あなたと!」


「オルフェと!」


「私と!」


「皆で!」


「……」


フィラは何も言えなかった。


だが、やがてゆっくりと顔を上げる。


「……じゃあ」


ラクテアが眉を寄せる。


「何ですか」


「――お姉ちゃんはどうなの?」


フィラの視線が、姉を真っ直ぐ見つめていた――


【第百二十一話へ続く】


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