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【第百七話】それぞれの願い

〈百年前・星詠王国コンステラ〉


――数週間後。


オルフェウスはいつものようにコンステラを訪れていた。


だが……


再会したフィラの笑顔は、どこか無理をしているように見えた。


「……何かあった?」


「……大丈夫だよ」


気丈に振舞うフィラ。


だが、その瞳にいつものような力強さは無かった。


「話してほしい」


「フィラの悩みは僕の悩みでもあるんだから」


その言葉に涙が溢れてくるフィラ。


震えるフィラを抱き寄せるオルフェウス。


「私……どうしたらいいのか……」


フィラは震えながら、少しずつ言葉を紡いでいく。


寿命の違いについて。


ハーデスと出会ったこと。


精霊王の存在。


世界を書き換えられる希望。


ラクテアへ相談したこと。


――そして、断られたこと。


話し終えた頃には、空は夕暮れへ染まっていた。


静寂が広がり、風だけが木々を揺らしている。


長い沈黙の後、オルフェウスが小さく息を吐いた。


「……そうだったんだ」


「ごめんね」


フィラが顔を上げる。


「君がそんなに苦しんでたこと」


「気付いてあげられなかった」


その言葉だけで。


再度、フィラの目に涙が浮かぶ。


頭を横に振りながら、オルフェウスの胸に顔をうずめる。


「オルフェ……」


「違うの……あなたは悪くない」


「人とエルフ……出会った時からわかってた」


「でも――ありがとう」


優しく笑うオルフェウス。


「僕も、できるだけ一緒に過ごしていたい」


「でも」


「精霊の涙だけは駄目だ」


迷いのない声だった。


「歴代の“レーヌ”が守ってきた宝なんだろ?」


「人とエルフ――種族間の問題になりかねない」


「ラクテアさんが反対するのも当然だよ」


フィラは唇を噛む。


「……じゃあ」


「どうすればいいの?」


震える声だった。


「私は」


「何もしないまま」


「あなたを見送れっていうの?」


オルフェウスは答えられなかった。


「毎年」


「毎年、白髪が増えて」


「皺も増えて」


「私は何も変わらない」


「そんなの……嫌だよ」


涙が零れる。


「オルフェがいない世界なんて」


「考えたくない」


その言葉を聞いた瞬間。


オルフェウスはそっとフィラを抱き寄せた。


「……ごめん」


「本当に、ごめん」


少しだけ笑う。


「“僕は”、受け入れてるつもりだった」


「でも」


「もっと話をするべきだったね」


「これは“僕らの”問題なんだから」


静かに身体を離す。


「……兄さんと話してくる」


「え?」


「何か誤解があるのかもしれない」


「兄さんはそんな人じゃないから」


フィラは小さく頷いた。


〈人間領・ハーデスの研究室〉


――数日後の夜。


扉を叩く音が響く。


「兄さん」


「入っていい?」


「開いているぞ」


研究室へ足を踏み入れるオルフェウス。


ハーデスは机へ広げた文献から目を上げた。


「珍しいな」


「オルフェから来るなんて」


オルフェウスは迷わなかった。


「――フィラから全部聞いた」


部屋が静まり返る。


「世界を書き換える話も」


「精霊王も」


「全部」


ハーデスは静かに本を閉じた。


「そうか」


「なら隠す必要もないな」


オルフェウスは真っ直ぐ兄を見る。


「兄さん」


「フィラを巻き込まないで」


「お願いだから」


ハーデスは静かに弟を見つめた。


否定も。


肯定もしない。


やがて。


穏やかな声で尋ねる。


「なら」


「何もしないのか」


オルフェウスは迷わず答える。


「僕は受け入れてる」


「フィラを置いていくことが、怖くないわけない」


「でも――寿命は仕方ない」


「だからこそ」


「二十年、三十年と二人の時間を重ねていく」


「色褪せない思い出とともに」


ハーデスはゆっくり頷いた。


「お前は優しいな」


少しだけ間が空く。


「お前は今まで会った誰よりも優しく、誠実だ」


「それが長所だ」


「だが今回は、優しさゆえに先が見えていない」


言い返そうとするオルフェウスを手で制するハーデス。


「まぁ、待て」


「……二人の時間を重ねるのは素晴らしいことだ」


「“共生”というのはなかなか簡単なことではないからな」


「片方を失ったとしても、穏やかな時間を迎えるためには」


「色褪せない思い出が必要になる」


「だが――」


「それが成立するのは、共に生き共に老いた場合のみだ」


「その二つがそろって初めて“共生”となる」


「片方だけが老い」


「片方だけが取り残される」


「私は、それを共生とは呼べない」


反論できずに黙り込むオルフェウス。


さらに話し続けるハーデス。


「色褪せない思い出は、百年二百年先まで続くと思うのか?」


「エルフは長命種だ」


「何もしなければ、あの子の傷は深くなるだけだろうな」


「お前を見送ったあと」


「百年以上も笑って生きていけると思っているのか」


オルフェウスの表情が揺れる。


「そして」


「同じ悲しみは、この先も繰り返されるだろうな」


「昔と違って、異種族間の交流も増えてきている」


「二人目のフィラ」


「三人目のフィラ」


「寿命という理に涙する者は」


「異種族が手を取り合うほど」


「これから先、もっと増えていくだろうな」


静かな声だった。


だが。


その言葉は重かった。


ハーデスは窓の外を見つめる。


「私は」


「世界を変えたいのだ」


「誰か一人のためでもなく」


「これから先」


「同じ涙を流す人が、一人でも少なくなるように」


オルフェウスは何も言えなかった。


その理想を。


否定できなかった。


ハーデスは振り返る。


「安心しろ」


「私は最後まで、正しい方法を探す」


「精霊の涙も」


「世界樹の実も」


「正規の手段で」


「だが……」


少しだけ目を伏せる。


「我々は短命種だ」


「残された時間は長くない」


目を開き、オルフェウスと向き合うハーデス。


「だからこそ、時間を無駄にはできない」


何も言い返すことができず、研究室を後にするオルフェウス。


――自室へ戻り、夜空を見上げる。


フィラの願い。


ラクテアの拒絶。


そして、兄の理想。


誰もが正しいと感じてしまう。


だからこそ、答えが見えなかった――


【第百八話へ続く】


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