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【第百一話】時を重ねて

〈百年前・星詠王国コンステラ〉


――それから幾月かの時が流れた。


コンステラへ続く森道を、一人の青年が歩いていた。


背には見慣れた革鞄。


その姿を見つけた若いエルフたちが笑顔で手を振る。


「オルフェさん!」


「また来たの?」


「こんにちは」


オルフェウスも穏やかに笑い返す。


「今日も薬草を見に来たよ」


「また珍しい話を聞かせてくださいね!」


「僕でよければ」


以前のようなよそよそしさは、もうなかった。


コンステラに通ううちに。


彼は少しずつ、エルフたちへ受け入れられていた。


「――遅い!」


不意に、森の奥から飛び出してくる少女。


「フィラ」


「待ってたのに!」


「ごめんごめん」


「途中で珍しい薬草を見つけちゃって」


鞄から一株取り出す。


フィラが目を輝かせる。


「これ!」


「東側にしか生えないやつじゃない!」


「知ってるの?」


「もちろん!」


「姉様に教えてもらったもん!」


二人は並んで森を歩き始める。


「ならこれは知ってる?」


「もちろん!」


「でも、とても苦いよね」


「根のほうは苦くないんだよ」


「そうなの!」


互いに教え合いながら過ごす時間。


いつしか、それが当たり前になっていた。


「――楽しそうね」


聞き慣れた声に二人が振り返る。


ラクテアだった。


「姉様!」


「また薬草採り?」


「今日は勉強!」


フィラが胸を張る。


「前回もそう言って遊んでいましたね」


「……遊びは明日」


ラクテアは思わず笑った。


「正直でよろしいです」


オルフェウスもつられて笑う。


「仲がいいんだね」


フィラは少し照れ臭そうに笑った。


「姉様、心配性だから」


「誰のせいでしょうね」


「フィラ様ですな」


いつの間にか後ろへ立っていたブレルが真顔で答える。


「ブレルまで!」


三人の笑い声が森へ広がった。


――薬草を摘み終え、一息つく。


オルフェウスがぽつりと呟く。


「いいなぁ」


「何が?」


「姉妹って」


フィラが首を傾げる。


「オルフェにもいるの?」


「兄さんが一人」


少しだけ誇らしそうに笑う。


「昔から何でもできる人なんだ」


ラクテアも興味深そうに耳を傾ける。


「歴史も文化も何でも知ってるんだ」


フィラが目を丸くする。


「そんなにすごい人なの?」


「うん」


迷いなく頷いた。


「兄さんは古代文明とか、精霊についての文献を集める研究者なんだ」


「僕よりずっと詳しい」


「知らないことがあれば、兄さんに聞けば答えが返ってくる」


ラクテアが静かに微笑む。


「素敵なお兄様なのですね」


「うん」


「僕の憧れなんだ」


その言葉に嘘はなかった。


フィラも優しく笑う。


「会ってみたいな」


「きっと姉様とも仲良くなれるよね?」


「そうだね」


オルフェウスは嬉しそうに頷いた。


「きっと気が合うと思う」


その笑顔を見つめながら。


ラクテアも静かに微笑んでいた。


「でも、植物や動物なら僕のほうが詳しい」


フィラが目を輝かせる。


「聞きたい!」


「今回はどこに行ってきたの!」


「今回は山を登ってきたんだ」


――いつものように、オルフェウスが話始める。


――いつものように、二人だけの時間になっていた。


〈星詠王国コンステラ近郊・人間の町〉


――数日後の夕暮れ。


石畳の道を歩くオルフェウス。


一軒の茶店の扉を開ける。


「兄さん」


窓際の席では、一人の男が本を閉じて顔を上げた。


整った顔立ち。


知性を感じさせる穏やかな瞳。


オルフェウスの兄――ハーデス。


「おかえり」


優しく笑うハーデス。


「さっきまでコンステラだったのか?」


「うん」


「兄さんとの約束に間に合わないかと思ったよ」


笑みを浮かべながら、椅子へ腰掛けるオルフェウス。


「何度も宿泊を繰り返すのも大変じゃないのか?」


「大変だよ」


「兄さんみたいに」


「大精霊の力で影を移動できれば、楽なんだけどね」


ハーデスの足元を見るオルフェウス。


ハーデスの影がゆらりと動くのを見て笑みを返す。


「拠点を構えることはできないのか?」


「無理だよ」


「エルフだけの世界だからね」


「種族の壁は高いよ」


「風習も価値観も――寿命もね」


コンステラがある方向を見つめるオルフェウス。


「でも……いいんだ」


「移動中の出会いが楽しいんだよ」


「……あの森には魅力が詰まっているよ」


「本当に綺麗な場所で」


「精霊もたくさんいて」


「植物も多種多様で」


「エルフのみんなも優しくてさ」


楽しそうに語る弟を見つめるハーデス。


「それにね……」


言葉がつまり、頬を赤く染めるオルフェウス。


「フィラって子がいるんだ」


「植物が好きで」


「精霊にもすごく好かれてて」


「……兄さんにも紹介したいくらい」


ハーデスは静かに紅茶へ口を付ける。


「そうか」


それだけだった。


「……いいの?」


「種族も違うんだよ?」


穏やかな笑みを浮かべているハーデス。


「そんなこと気にしてない」


「たしかに、異種族間の恋愛は珍しいが……」


「想いは、時間を重ねて育っていくものだから」


「大丈夫だ」


「時間は、必ず答えを出してくれる」


目を開くオルフェウス。


それ以上、何も喋らずに紅茶を飲むハーデス。


「――ありがとう」


オルフェウスの口から小さくこぼれる。


ティーカップ越しに、静かにオルフェウスを見つめるハーデス。


その口元には、穏やかな笑みだけが浮かんでいた。


その穏やかな笑みの裏に、何を隠しているのか。


この時のオルフェウスは、まだ知らなかった――


【第百二話へ続く】


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