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【第百話】願いの始まり

〈百年前・星詠王国コンステラ〉


――百年前。


精霊たちが今よりも多く、大地を自由に駆け巡っていた頃。


朝露を纏った若葉が陽光を受けて輝き、


森全体が穏やかな息吹に包まれていた。


世界樹の根元では、一人の少女が小さな精霊たちに囲まれていた。


銀色の長い髪を揺らしながら、楽しそうに笑っている。


「こらこら」


「順番だよ?」


両手いっぱいに木の実を抱え、精霊たちへ一つずつ手渡していく。


『もっと!』


『こっち!』


「はいはい」


「慌てなくても逃げないって」


精霊たちの笑い声が森へ響く。


その様子を少し離れた場所から眺める女性が、小さく息を吐いた。


「また抜け出しましたね」


長い銀白の髪。


透き通るような白い肌。


後に“レーヌ”と呼ばれることになる少女――ラクテアだった。


その隣には、


森宰になる前の、まだ若き日のブレルが腕を組んで立っている。


「毎度毎度、よく見つけられますね」


ブレルの嘆きにラクテアは苦笑した。


「精霊たちの笑い声がする方へ向かえば、必ずいますから」


「……それもそうですな」


ブレルが頷く。


ラクテアは世界樹へ背を預ける妹へ声を掛けた。


「フィラ」


「そろそろ戻りますよ」


呼ばれた少女が顔だけこちらへ向ける。


「もう少しだけ!」


「精霊さんたちと遊んでるから!」


「十分遊んだでしょう?」


「あと少し!」


「あなたのあと少し、は信用できません」


「えー」


頬を膨らませるフィラ。


その様子にブレルも思わず口元を緩めた。


「まったく」


「候補者とは思えませんな」


「候補者だからですよ」


ラクテアが優しく笑う。


「精霊たちに、これほど愛される子は滅多にいません」


「私には真似できない才能です」


「そんなことありません」


ブレルは真面目な表情へ戻る。


「次代の“レーヌ”はラクテア様でしょう」


「我々神官長も、皆そう申しております」


「それに、いつまでも空位にするわけにもいきません」


ラクテアは否定も肯定もしなかった。


静かに妹を見つめるだけだった。


〈星詠王国コンステラ・謁見室〉


――その日の昼過ぎ。


コンステラでは、一人の青年を迎える準備が進められていた。


「人間……ですか?」


ラクテアが尋ねる。


ブレルは頷いた。


「各地を旅している薬師だそうです」


「世界樹周辺に自生する薬草について学びたいと」


「薬草学については、ある程度名のある人物のようで……」


「薬師がここまで来るのは珍しいですね」


「契約精霊はいませんでしたが、精霊に好かれていました」


ラクテアは静かに頷いた。


「でしたら、お通ししましょう」


「我々も病気になることはあります」


「医療は種族の壁を越えますから」


〈星詠王国コンステラ・世界樹の森〉


一人の青年が、しゃがみ込んで薬草を観察していた。


腰には剣ではなく、小さな革鞄。


紙へ何かを書き留めながら、時折植物へ触れている。


「……面白い」


「葉の形は似ているのに、香りが全然違う」


夢中だった。


だから気付かなかった。


頭上から、一人の少女が覗き込んでいることに。


「――ねぇ」


「うわっ!」


突然の声に青年は飛び上がり、そのまま尻もちをついた。


少女は思わず吹き出す。


「ふふっ」


「そんなに驚く?」


青年は照れ臭そうに頭を掻いた。


「急に真上から声がしたら驚くよ」


少女は軽やかに枝から飛び降りた。


ふわり、と着地する。


その動きは羽が舞い降りるように軽かった。


「私はフィラ」


「あなたは?」


青年は立ち上がり、軽く一礼する。


「オルフェウスです」


「薬師をしています」


「薬師?」


「うん」


「薬草を調べるのが好きなんだ」


フィラは青年の足元を見る。


採取した薬草が丁寧に並べられていた。


「その並べ方――面白いね」


「そう?」


「普通は効能で分けるけど」


「あなたは育つ環境で分けてる」


オルフェウスは少し驚いたように目を丸くする。


「薬草が……というより、植物や自然が好きなんだ」


「だから、そんなに詳しいんだね」


二人の間には、自然と笑みがこぼれていた。


その瞬間だった。


一匹の小さな精霊が、オルフェウスの肩へ止まる。


続いて、もう一匹。


また一匹。


気付けば、数体の精霊が彼の周囲を楽しそうに飛び回っていた。


「え?」


困ったように見回すオルフェウス。


対してフィラは目を見開いていた。


「……うそ」


森の精霊たちは、人間を警戒する。


自ら近付くことなど滅多にない。


それなのに。


まるで昔から知っている友人のように。


笑いながら彼の周囲を飛び回っていた。


フィラは思わず呟く。


「精霊に……愛されてるんだね」


オルフェウスは照れ臭そうに笑う。


「昔からなんだ」


「理由は僕にも分からないけど」


その笑顔を見たフィラは。


ほんの少しだけ、不思議そうに首を傾げた。


それが。


百年という時を越えて語られることになる。


一人のエルフと一人の人間の。


すべての始まりだった――


【第百一話へ続く】


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