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遊びで山をいじったら、日本が変わり始めた。  作者: 柿の木


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第7話「表の顔――資源企業、始動」

 第三区画の試験採掘から三日後。


 九条家本邸の離れでは、再び限られた人数だけが集められていた。


 だが前回と違うのは、今回は“異常をどう扱うか”ではなく、“どう見せるか”が議題だという点だった。


「社名は仮でいい。まずは箱を作る」


 一条朔也が机の上に資料を並べながら言った。


 紙の束は前回より多い。試験採掘の報告、地質確認書、事業計画の骨子、出資比率の案、地元企業との関係図。どれもまだ下書き段階だが、すでに十分な形を持っていた。


「表に出す説明は三本柱です」


 一条はそう言って指を三本立てる。


「第一に、九条家所有地内での再調査の結果、有望な鉱区が確認されたこと。第二に、地域雇用と資源開発を兼ねた小規模資源事業として立ち上げること。第三に、既存の建設・地質・流通の地元ネットワークを活用すること」


 鷹宮豪臣が鼻を鳴らす。


「要するに、“昔からあったもんを今さら掘る”って顔をさせるわけだな」


「乱暴ですが、概ねその通りです」


 一条は否定しなかった。


「重要なのは“突然すぎない”ことです。発見そのものを隠すことはできません。なら、発見までの過程を整える」


 神崎理央が資料をめくる。


「問題は資本構成だ。九条本家の色を濃くしすぎれば注目を浴びる。薄くしすぎれば管理が効かない」


「そのための持株構造です」


 一条は次の資料を差し出した。


「表に立つ会社は新設。だが出資元は複数に分ける。本家直系の資産管理会社、鷹宮側の土木法人、山吹側の地質管理法人。そして少額だが地元関係者の出資枠も作る」


「地元の顔を入れるのか」


 業高が言う。


「ええ。最初から完全に閉じた構造だと、逆に目立ちます」


 神崎が頷いた。


「外から見た時に、“よくある地方資源ベンチャー”に見える程度がちょうどいい」


 その“よくある”を作るために、ここまでの頭を使っているのだから、実際には全くよくある話ではないのだが。


 業継は少し離れた場所でそのやり取りを聞いていた。


 目の前の資料は、正直まだ全部はわからない。


 わからないが、一つだけ理解できることがある。


 自分が作ったものに、“名前”が付こうとしている。


 それは少し、不思議な感覚だった。


「会社って、そんなに必要?」


 業継が率直に聞くと、部屋の視線が一度こちらへ集まった。


 業高が先に口を開く。


「必要だ」


「なんで必要なの」


「責任の置き場所になるからだ」


「責任?……」


 一条が補足する。


「人は、名前のないものを信用しません。逆に、箱と肩書きがあるだけで安心する」


 神崎が冷たく続ける。


「安心させて、その間に根を張る。それが事業です」


「言い方が怖い」


「怖くなければ生き残れません」


 業継は少しだけ口を尖らせ、それから父を見た。


 業真は黙ったまま聞いていたが、そこで一つだけ言った。


「お前の力をそのまま外へ出すわけにはいかん」


「うん」


「なら、別の顔が要る」


 短い言葉だった。


 だが業継には、それが妙にしっくりきた。


 自分そのものではなく、自分の力を通す“顔”。


 それが会社なのだ。



「では、社名です」


 一条がそう言って、数枚の紙を机の中央に置いた。


 そこには候補がいくつか並んでいた。


 地名を含むもの、鉱業を連想させるもの、古風なもの、わざと平凡にしたもの。


 鷹宮が一枚をつまみ上げる。


「つまらんな」


「目立たないようにしているので」


「つまらん」


「目立っては困ります」


 神崎が別の紙を見る。


「これも無難すぎる。上場企業の子会社みたいだ」


「それでいいんです」


 一条は一切ぶれない。


「最初から“匂い”が強すぎる名前にすると、調べる人間が増える」


 橘智紀が黙って眺めていたが、そこで一つの候補を指した。


「これがいいんじゃないですか」


 視線が集まる。


 そこにあったのは、


御影資源開発株式会社


 という名前だった。


 業継が小さく復唱する。


「御影……」


「地に足がついていて、古さも新しさもある」


 橘が言う。


「大げさすぎず、でも安っぽくない。地方企業に見える」


「悪くないな」


 神崎が頷き、一条もすぐに反対しなかった。


 鷹宮は腕を組んだ。


「鉱山っぽさもある」


「御影石の連想も自然ですし」


 如月澪は今回直接の議題ではないため同席していないが、もしここにいたら“少し硬いけれど無難”と評しただろう、と業高は思った。


 業真が業継を見る。


「どう思う」


 業継は少し考えた。


(正直、格好よさでいえばもっと強い名前のほうが好きだ。)


 だけどこの数日で、派手さが正義ではないことも少しずつ学んでいる。


「……いいと思う」


「理由は」


「なんか、前からありそう」


 一条が即座に頷いた。


「正しい感覚です」


 神崎も珍しく同意する。


「それで十分だ」


 業真が結論を置く。


「では、御影資源開発で進める」


 その瞬間、空気がほんの少しだけ変わった。


 今までは“件”だった。


 “第三区画の異常”だった。


 だが今、初めてそれが名前を持った。


 御影資源開発。


 表の顔。


 社会に出るための最初の器だ。



「次に、若様の立ち位置です」


 一条のその一言で、業継が顔を上げた。


「俺?」


「あなたです」


「俺、社長とか?」


「論外です」


 即答だった。


 業継がむっとする。


「なんで?」


「五歳だからです」


「確かに否定できない...」


 鷹宮が吹き出し、業高も笑いをこらえきれていない。


 一条は真顔のまま続ける。


「表に出す立場ではありません。存在自体を前に出しすぎると、余計な関心を呼びます」


 神崎が補足する。


「未成年の資産家の御曹司が、資源事業の中心にいる。それだけで記事になる」


「そんなになる?」


「なる」


 神崎は断言した。


「世の中は、“珍しいもの”が好きです。そして珍しいものは調べられる」


 業継は少しだけ納得した。


「じゃあ、どうするんだよ」


「名目上は、将来の後継候補として地質や経営に興味を持つだけの若様です」


 一条の言葉は徹底している。


「現場に顔を出すことはある。だが決裁権も発言権も持たない。そう見せる」


 業高が横から言う。


「要するに、“興味ある子供が見学してるだけ”だ」


「子供扱いだな」


「子供だ」


「むぅ...」


 ぴしゃりと言われて、業継は口を閉じた。


 だが実際、それが一番強い隠れ蓑でもあるとわかる。


 五歳児が本当に中心だとは、普通は誰も思わない。


『それが一番合理的です』


 アークが表示する。


「お前はそっち側か」


『常に隠蔽効率を優先します』


「言い方が怖い」


『事実です』


 橘が、その表示を見逃さなかった。


 前回の会議からすでに感じていたが、このAIはただの補助ではない。判断の粒度が妙に高いし、言葉の選び方に一貫性がある。


 彼は何か言いかけたが、今は黙って飲み込んだ。


 まだ早い。


 今この場で深掘りすべきは、会社の立ち上げのほうだ。



 午後には、御影資源開発の骨子がほぼ固まった。


 本店所在地は九条家本邸のある地域から少し外した場所に置く。あまり本家と直結しすぎると、逆に勘のいい人間がつなげてしまうからだ。


 代表取締役には、九条本家の名を持たない人物を立てる。


 候補に上がったのは、鷹宮側のベテラン実務者と、神崎側の管理型人材だったが、最終的に折衷案として“表に立つのが上手く、なおかつ口の堅い中堅”が選ばれた。


「現場を知っていて、でも現場の顔になりすぎない人間がいい」


 神崎の条件に、


「本家の意図を理解して、勝手に色気を出さないやつだな」


 鷹宮が続ける。


「それなら、候補は一人です」


 一条が名前を挙げると、その場の何人かが納得していた。


 九条家は強い。


 だがその強さは、最前線を全部身内で固めるやり方ではない。必要な場所に、必要な“顔”を置く柔軟さがある。


 それもまた、長く生き残ってきた家の形だった。



 その夕方。


 業継は一人で屋敷の縁側に座っていた。


 目の前には、九条の山が広がっている。あの中に、自分が作ったものがある。だがもう、それは“自分だけのもの”ではなかった。


「御影資源開発、か」


『復唱を確認しました』


「名前つくと、ちょっと変な感じだな」


『抽象が具体へ移行したためです』


「わかりやすく言ってくれ」


『秘密が事業になりました』


 業継は思わず笑った。


「ほんと、お前はそういう言い方するよな」


『要約精度を優先しています』


 少しの沈黙。


 風が山から流れてくる。


 業継は膝を抱え、山の向こうを見た。


「なあアーク」


『はい』


「俺、別に金が欲しいわけじゃないんだよな」


『認識しています』


「でも、金があると早いんだろ?」


『はい。資源開発、設備投資、人材獲得、情報秘匿、医療研究、いずれにも有効です』


 最後の一語に、業継の目がほんの少しだけ動いた。


 医療。


 まだ誰にも話していない領域。


 だが確かに、自分の中ではもう“次”として存在している。


「……だよな」


『よって、利益の確保は手段として合理的です』


 業継は少し考えてから、頷いた。


「じゃあ、ちゃんと儲けるか」


『推奨します』


「でも露骨なのは嫌だな」


『同意します』


 その時、廊下の向こうから業真が歩いてきた。


 足音だけでわかるようになってきたのは、最近の業継の変化の一つだった。


「父さん」


「ここにいたか」


 業真は縁側の端に立ち、山を見た。


「会社の話、聞いた」


「お前も当事者だ」


「名前、決まったな」


「ああ」


 短い会話。


 だが業継は、少しだけ聞いてみたかったことがあった。


「父さん」


「何だ」


「会社にするの、嫌じゃないの?」


 業真はすぐには答えなかった。


 少しだけ風の音を聞いてから、言う。


「嫌か嫌でないかで言えば、面倒だ」


 業継が笑う。


「正直だね」


「だが必要だ」


「俺を隠すため?」


「それもある」


 業真の視線は山に向いたままだ。


「お前の力は、名前のないままでは守れん」


 業継は黙って聞く。


「会社にする。金を通す。人を雇う。制度に乗せる。そうして初めて、“守る理由”が増える」


「守る理由……」


「秘密だけでは弱い。利益と雇用と実績を持てば、人は守る」


 業継はその言葉を頭の中で転がした。


 力があるから守られるのではない。


 守る理由を増やすから、守られる。


 それは、子供の感覚にはまだ少し難しい。


 だが感覚としては理解できる。


「じゃあ、御影資源開発って……」


「お前を隠すための盾であり、前へ出るための槍だ」


 業真の言葉に、業継は目を瞬いた。


 盾であり、槍でもある。


 守るためだけではない。進むための名前でもあるのだ。


 業真はそこで、初めて業継のほうを見た。


「覚えておけ。お前の力は、いずれ箱一つでは足りなくなる」


「うん」


「だから最初の箱は、丁寧に作る」


 その一言には、父なりの期待と警戒と覚悟が全部入っていた。


 業継はしばらく考えてから、小さく笑った。


「じゃあ、最初はこれでいかな」


『認識を確認しました』


「お前は黙ってろ」


『却下します』


 業真は何も言わなかったが、わずかに口元が緩んだ。


 九条家の山に、最初の鉱脈が生まれた。


 そして今、その鉱脈には表の名前が与えられた。


 御影資源開発。


 地方の小さな資源会社。


 外から見れば、それだけだ。


 だがその内側で動いているものは、小さな会社一つでは到底収まりきらない。


(それでも今は、まだそれでいい。

最初から正体をさらす必要はない。

まずは“普通の成功”に見せること。)


 それが、九条業継の力を現実に根づかせるための、次の一歩だった。

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