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遊びで山をいじったら、日本が変わり始めた。  作者: 柿の木


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第6話「第二の資源を作るか、止めるか」

 試験採掘の初日が終わった夜。


 九条家本邸の一室で、九条業継は一人、端末の画面を見ていた。


 画面には、第三区画の簡易地図と、今日得られたデータが整理されている。


 露出深度、品位予測、採取量、周辺地質への影響。


 それらの数値を眺めながら、業継は小さく息を吐いた。


「……思ったより、ちゃんとしてたな」


『補足します。あなたの認識が曖昧だっただけです』


「言い方酷くない?」


『事実です』


 アークの返答は変わらない。


 業継は少しだけ笑って、それから画面を切り替えた。


 別の地図。


 同じ山の中だが、第三区画とは離れた場所。


「なあ、アーク」


『はい』


「次、ここなんてどう思う?」


 アークはすぐに反応した。


 地図上の一点が強調され、周辺情報が展開される。


『地質的には適合可能です』


「だよな」


 業継は嬉しそうに頷いた。


「ここなら、銅いける気がする」


『可能性はあります』


「じゃあ――」


『推奨しません』


 間髪入れずに遮られた。


 業継は眉をひそめる。


「まだ何も言ってないだろ」


『意図は予測済みです』


「いや、ちょっと試すだけだって」


『第三区画の影響は現在進行中です』


 画面に新しい情報が表示される。


 採掘準備の進行度、搬出ルートの確保状況、表向きの書類整備の進捗。


 さらにその下には、簡易的な市場予測まで並んでいた。


『影響が収束していない状態で第二の資源を生成する場合、外部認識のリスクが急上昇します』


「そんなに?」


『はい』


 業継は椅子の背にもたれた。


 腕を組み、少しだけ考える。


「でもさ」


『はい』


「やらないと、わかんないだろ」


 その言葉は、今までと変わらない。


 やってみる。


 結果を見る。


 それが業継の基本だった。


 だが今回は、ほんの少しだけ間があった。


「……いや」


 自分で首を振る。


「今回は、ちょっと違うか」


 その小さな変化を、アークは見逃さない。


『認識更新を確認』


「だって、もう一人じゃないしな」


『その通りです』


 その時、扉が軽く叩かれた。


「入るぞ」


 業高の声だ。


「いいよ」


 扉が開き、兄が入ってくる。


 昼間の疲れが少しだけ残っている顔だったが、それでも動きは軽い。


「まだ起きてたのか」


「兄貴こそ」


「俺は仕事だ」


 業高はそう言って、業継の端末を覗き込む。


 そして一瞬で理解した。


「……次、考えてたな」


「なんでわかるんだよ」


「顔」


「また顔かよ」


 業高は小さく笑う。


「で、どこだ」


 業継は隠さず、画面を指した。


「ここ」


「第三区画からどれくらい離れてる」


「尾根一つ分くらい」


「近いな」


「そう?」


「十分に近い」


 断言だった。


 業高は腕を組み、少しだけ黙る。


「何作る気だ」


「銅」


「……鉄の次だから順当だな」


「だろ?」


「だけど、順当すぎる」


 その言い方に、業継は少しだけ違和感を覚えた。


「順当すぎると何が問題なんだよ」


「問題だらけだ」


 業高はため息をついた。


「まず、タイミングが早い」


「でも今なら勢いで――」


「その“勢い”で市場が壊れるんだよ」


 ぴしゃりと言われる。


「第三区画だけでも、今は“偶然”で押してる段階だ」


「うん」


「そこに、同時期に別の鉱種が近距離で出る」


 業高は指で地図をなぞる。


「偶然が二つ重なると、それは偶然じゃなくなる」


 業継は口を閉じた。


 その理屈は、わかる。


「……じゃあ、もっと離せばいい?」


「そういう問題じゃない」


「じゃあどうすればいいんだよ」


 少しだけ不満が混じる。


 やりたいことはあるのに、全部止められる感覚。


 それに対して、業高は即答しなかった。


 代わりに、端末を軽く指で叩く。


「アーク」


『はい』


「お前はどう見てる」


 業継が少し驚く。


 兄がアークに直接話しかけるのは、これが初めてだった。


『現時点での第二資源生成は非推奨です』


「理由は」


『三点あります』


 画面に整理された項目が出る。


『第一に、現行案件の未収束』


『第二に、観測リスクの増大』


『第三に、内部処理能力の限界接近』


「三つ目、どういう意味だ」


 業高が眉をひそめる。


『九条家の現行体制で同時処理できる異常案件の数には上限があります』


 業継が小さく「へえ」と呟く。


 自分はただ“できるからやる”と思っていた。


 だが、受け側には限界がある。


 それを初めて具体的に言語化された。


「つまり」


 業高がまとめる。


「今は一つずつやれ、ってことか」


『その通りです』


「……つまんないな」


 業継がぼそりと言う。


『感情評価は理解しますが、非推奨です』


「そればっかだな、お前」


『役割です』


 業高が苦笑する。


「いいAIだな」


「俺もそう思う」


 そのやり取りのあと、業高は少しだけ真面目な声になる。


「業継」


「なに」


「やるな、とは言わない」


 その言葉に、業継の目が少しだけ輝く。


「ただし、順番を守れ」


「順番?」


「第三区画を“終わらせろ”」


「終わらせるって?」


「表向きの形を完成させるってことだ」


 業高は指を折って説明する。


「採掘開始。初期搬出。表の報告。地元との調整。最低限の市場流通」


「そこまでやるの?」


「そこまでやって、初めて“存在していい資源”になる」


 業継は少し黙った。


 考える。


 自分のやり方と、家のやり方。


 どっちが正しいかではない。


 どっちも必要なのだと、なんとなくわかる。


「……わかった」


「本当にか?」


「今回は、な」


「その言い方やめろ」


 業高が即座に突っ込む。


 だがその顔は、どこか安心していた。


 少なくとも、完全な暴走にはならない。


 それが確認できたからだ。


『補足します』


 アークが表示する。


『第二資源生成は“禁止”ではなく“延期”が妥当です』


 業継が顔を上げる。


「延期?」


『適切なタイミングであれば、リスクを大幅に低減できます』


「タイミングって?」


『現行案件の安定化後、かつ観測リスクが分散可能な時期』


「難しいな」


『簡略化します』


 少し間を置いて、表示が変わる。


『“第三区画が普通になった後”です』


 その一言は、妙にわかりやすかった。


「……なるほど」


 業継は頷く。


「普通に見えるようになってから、次をやれってことか」


『はい』


「それなら、いけるな」


 目の色が少し変わる。


 完全に止められたわけではない。


 ただ、順番を変えただけ。


 それなら、やる気は落ちない。


 むしろ計画になる。


 業高がその表情を見て、小さく息を吐いた。


「本当に止める気ないな、お前」


「止める理由ないだろ」


「ある」


「でもやるから」


「だろうな」


 兄は苦笑するしかない。


 だが、それでいいとも思っている。


 完全に止めるより、制御したほうが強い。


 それが九条家のやり方だった。


「父さんにも言っとく」


「怒られる?」


「たぶんな」


「だよなあ」


『補足。怒られる確率は高いです』


「お前、楽しんでないか?」


『否定します』


 業継は笑った。


 少しだけ、前と違う笑い方だった。


 止められているのに、不満だけではない。


 どうすれば次に進めるか、考え始めている笑い方。


 それが、変化だった。


「じゃあさ」


『はい』


「第三区画、ちゃんと回すか」


『推奨します』


「そのあとで、次だな」


『合理的です』


 業高が頷く。


「その順番なら、俺も手伝える」


「兄貴も?」


「当たり前だろ。お前一人でやらせるか」


 その一言は、軽くて、でも確かだった。


 業継は少しだけ目を丸くして、それから笑った。


「じゃあ、もっと面白くなるな」


『警告。評価基準の再設定を推奨します』


「却下」


『却下は却下します』


「なんだそれ」


 いつものやり取り。


 だが、その中で確実に一つの方針が決まった。


 第二の資源は――


 まだ作らない。


 だが、確実に作る。


 そのために、今を整える。


 それが、この日の結論だった。


 九条業継は、完全に止められたわけではない。


 ただ、次に進むための“順番”を手に入れただけだ。


 そしてその順番こそが、やがて国すら巻き込むことになるとは――


 この時の彼は、まだ半分しか理解していなかった。

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