第3話「父と兄、業継と対面する」
扉を開けた先に立っていたのは、父・九条業真と、兄・九条業高だった。
どちらも穏やかな顔をしている。
だが、業継はすぐにわかった。
これは、ただ様子を見に来ただけじゃない。
「どうしたの、二人とも」
できるだけ自然に聞いてみる。
すると業真は、いつもの低い声で言った。
「少し話をしよう」
「うん、いいよ」
業継はあっさり答え、二人を部屋へ通した。
その間にも、視界の端ではアークの画面が静かに光っている。閉じるべきかとも思ったが、今さら隠すのも不自然な気がした。というより、業継の性格的に、完全に隠し切る発想そのものが薄い。
『警告。対話中は発言内容に注意してください』
画面の隅にだけ見える表示が出る。
業継はちらりと見て、心の中で「わかってる」と返した。
業高がその視線の動きに気づいた。
「……そのパソコンに何かあるのか?」
「え?」
「今、そっちを見ただろ」
いきなり鋭い。
業継は少しだけ目を丸くしてから、素直に頷いた。
「あるよ」
業真と業高が、同時に視線を机の上へ向けた。
そこに置かれた古いパソコンは、屋敷の備品とは思えないほど整理された画面を表示している。図面のようなもの。地図。数値。子供の遊びで開くようなものではない。
業高が眉をひそめた。
「……お前、これを触っていたのか」
「うん」
「いつからだ」
「今日」
「今日?」
思わずといった様子で、業高が聞き返した。
「今日って、今朝の今日か?」
「そう」
業高が黙る。
五歳の子供が、今朝初めて本格的に触った機械で、この画面を出している。
常識で考えればありえない。
だが九条家の人間として、それを“ありえない”の一言で切る気にはなれなかった。
業真は机に近づいた。
画面に映るのは、山の簡易地図と、そこに重なる地質のような表示。そして、その一角に強調されたポイントがある。
「第三区画か」
その一言に、業継の肩がぴくりと動く。
業高はそれを見逃さなかった。
「図星か」
「……何のこと?」
とぼけたつもりだったが、明らかに遅かった。
業真は椅子を一つ引き、勝手に座った。
業高も壁際に寄りかかるように立つ。逃がさない配置だな、と業継は妙に冷静に思った。
「確認する」
業真の声は低く静かだ。
「第三区画の異常な露出鉱脈。あれはお前が関与したか」
直球だった。
業継は数秒、黙った。
誤魔化すこともできるかもしれない。けれど、父の目はそういう曖昧さを見逃さない。しかも今この場には兄もいる。二人とも、業継が思っているよりずっと多くを見ている。
『提案。全面否定は非推奨です』
アークの表示が出る。
業継は心の中でうなずいた。
「……ちょっとだけ」
「ちょっと?」
業高が繰り返す。
「ちょっとで鉱脈が出るのか、お前は」
「いや、俺もこんなにすぐ見つかると思ってなくて...あ!」
言った瞬間、しまった、と思った。
それではほとんど認めたようなものだ。
だが業真は責めず、むしろ静かに聞き返した。
「見つかると思っていなかった、か。では、作った認識はあるんだな」
「う……」
業継は言葉に詰まった。
やっぱり父は強い。
言葉尻ではなく、考え方ごと取ってくる。
業高が、くつくつと笑う。
「隠すの下手だな、お前」
「兄貴が鋭すぎるだけだよ」
「父さんの前でそれ言うか?」
「そっちはもっと嫌」
思わず本音が出て、業高が吹き出しかける。
だが業真は表情を崩さない。
「方法を聞くつもりは、今はない」
その言葉に、業継は目を瞬いた。
「聞かないの?」
「話せる段階ではないだろう」
「……まあ、うん」
「ならいい」
あっさりしていた。
業継は少しだけ拍子抜けする。
もっと問い詰められると思っていたのだ。
「ただし」
次の一言で、空気が締まる。
「あれが偶然ではなく、お前の意思で起きたものなら、それは“遊び”では済まない」
業継は口を閉じた。
その言葉の重さは理解できる。
できてしまうからこそ、返事が遅れた。
業真は続ける。
「山の一角に資源が出る。それだけなら幸運で片づく。だが、繰り返されれば話は別だ。市場が動く。行政が動く。人が群がる」
「……うん」
「お前一人の面白いで、周囲が背負うものが増える」
叱責ではない。
事実だけが置かれる。
だからこそ重かった。
業継は少しだけ俯く。
自分は確かに楽しかった。試せることが嬉しかった。けれど、その結果の先まで、きちんと見ていたかと言われれば、そうではない。
沈黙を破ったのは業高だった。
「とはいえ、もう動いちまったものは仕方ない」
軽い口調だが、視線は真面目だった。
「問題は次だ。お前、またやる気だろ」
業継は反射的に顔を上げた。
「……だめ?」
「質問に質問で返すな」
「でも、できるし」
「できることと、やっていいことは別だ」
「それ、アークも同じこと言う」
「アーク?」
業高の視線が鋭くなる。
「その機械か?」
「うん。名前」
業継がそう答えると、業真が初めてパソコンの画面を正面から見た。
「表示できるか」
『可能です』
突然、画面上に文字が出る。
業高がぎょっとした。
「……今のは何だ」
「アークだよ」
「いや、それは聞いた」
『初めまして。アークと識別されているAIです』
業高が壁から背を離した。
業真の目も、わずかに細くなる。
五歳児がいじっていた古いパソコンから、あまりに自然な応答が返ってきたからだ。
「お前が作ったのか」
業真の問いに、業継は少し迷ってから答えた。
「……たぶん、俺が作った。けど、全部じゃない感じ」
その答えは曖昧で、だが妙に真実味があった。
業真は画面を見る。
「何ができる」
『補助、解析、予測、警告を担当します』
「警告?」
『当個体――九条業継の行動には高い影響力が認められます。制御の補助は必要です』
その文面に、業高が苦い顔をする。
「随分と偉そうなAIだな」
『必要な機能です』
淡々と返ってくる。
業継はちょっと面白くなってきた。
「だろ?」
「褒めてない」
兄のツッコミが早い。
だが、そのやり取りの最中も、業真は考えていた。
業継の異常性。第三区画の鉱脈。そしてこのAI。
点だったものが線になり始めている。
「業継」
「うん」
「お前は、自分に何ができるか、どこまで理解している」
「……全部は、まだ」
正直な答えだった。
「でも、山に何か置ける。増やせる。作れる。そういう感じはある」
「資源を、か」
「たぶん」
「他は?」
そこまで聞かれて、業継は少しだけ迷った。
ナノマシンの話はまだしていない。構想段階だ。いや、構想というより、できそうだと感じているに近い。だから今は出さないほうがいい気がした。
『提案。現段階では未確認事項として留保してください』
アークの表示に従い、業継は答える。
「まだわかんない」
「そうか」
業真はそれ以上追及しなかった。
今この場で無理に全部を引き出す必要はない、と判断したのだろう。
代わりに、別の問いを置いた。
「なぜ第三区画だった」
業継は即答した。
「見つかりやすくて、でも騒ぎになりすぎないから」
言ってから、しまったと思う。
だが遅い。
業高が額を押さえた。
「お前、ほんとに五歳児か?」
「何処からどう見ても、五歳児だよ」
「さっき発想と今の発言が問題なんだよ」
しかし業真は、逆にその答えを高く評価していた。
無計画ではない。
少なくとも業継は、完全な衝動だけで動いているわけではないのだ。
それは危険でもあり、同時に希望でもある。
「業継」
「なに?」
「今後、この件を一人で進めるな」
業真の声が、わずかに強くなる。
「やるな、ではない」
業継が目を見開いた。
「やっていいの?」
「許可したわけではない」
すぐに訂正が入る。
「だが、すでに起きた。ならば管理する」
業高がそこで口を挟む。
「要するに、勝手にやるな。やるなら家の中で回せ、ってことだ」
「OK、把握‼︎」
業継は理解した。
そして、それは思ったより悪くない条件だった。
むしろ都合がいい。
九条家の分家や家臣が動くなら、自分一人でやるよりずっと早い。
そう考えた瞬間。
『補足。思考が加速しています。危険です』
アークが釘を刺してくる。
業継は心の中で「まだ何もしてない」と返す。
業真はそんなやり取りに気づいたのかどうか、淡々と告げた。
「鷹宮と山吹はこちらで押さえる。情報は外に出さない」
「うん」
「お前は次に何かする前に、必ず報告しろ」
「……毎回じゃ無いとダメ?」
「毎回だ」
「えぇ〜...」
それを見て、業高が笑う。
「その顔を見ると正しい判断だってわかるな」
「だって面倒だし」
「面倒なくらいがちょうどいい」
「アークも同じこと言いそう」
『同意します』
「ほら見ろ」
「味方いないじゃん」
「自業自得だ」
業高の返しが妙に早くて、業継は少しだけ頬を膨らませる。
だが、その空気は悪くなかった。
尋問ではない。
監禁でもない。
家の中で、この異常を抱えるための最初の話し合いだと、業継にもなんとなくわかった。
業真が立ち上がる。
「もう一つだけ確認する」
「なに?」
「お前は、この力を何に使うつもりだ」
その問いだけは、部屋の空気を変えた。
業継は少しだけ黙る。
何に使うのか。
「そんなの決まっているよ、面白いことに使う‼︎」
業高が頭を抱えた。
「お前なあ……」
「でも」
業継は続けた。
「面白いって、俺だけが楽しいって意味じゃないよ」
視線がまっすぐになる。
「山が金を生んで、人が増えて、仕事が増えて、困ってることが減ったら、たぶん面白い」
業真は黙って聞いている。
「みんな得したほうがよくない? せっかくできるなら」
それは幼い理想論だ。
だが同時に、妙な本質も突いていた。
善意だった。
危ういほどに、まっすぐな善意。
業高が、やれやれと息を吐く。
「父さん、こいつ放っといたら本当にでかいことやるぞ」
「わかっている」
業真の返答は静かだった。
そして、その目には否定よりも、覚悟に近いものがあった。
「だから、こちらがついている」
その一言に、業継は少しだけ目を丸くする。
叱られるだけではない。
見捨てるわけでもない。
父は、兄は、自分を止めるだけではなく、支えるつもりでここにいる。
その事実が、業継には少しだけ意外で、少しだけ嬉しかった。
「……じゃあ、やっていいんだ」
「話を聞け」
業高が即座に突っ込む。
「勝手に暴走していいとは一言も言ってない」
「でもゼロではないだろ?」
「それはそうだが」
「じゃあいいじゃん」
「よくない」
そのやり取りに、初めて業真が本当に小さく笑った。
ほんのわずかだったが、確かに笑った。
「業継」
「うん」
「お前の力が本物なら、いずれ九条家だけでは抱えきれなくなる」
低く、静かな声。
「その時に必要なのは、力そのものより、使い方だ」
業継は真面目な顔で聞いている。
「覚えておけ。価値ある異常は、守られる。その代わり、必ず狙われる」
その一言は、今の業継には半分しかわからない。
けれど、重さだけは伝わった。
「……わかった」
「本当にか?」
業高の疑いが強い。
「たぶん」
「たぶんかよ」
『補足。理解度は中程度です』
「お前は黙ってろ」
『却下します』
また兄が吹き出しかける。
緊張と警戒の場だったはずなのに、どこかおかしい。
それでも確かなのは、この瞬間から九条家の中で“業継の力をどう扱うか”が正式な議題になったということだった。
父が扉へ向かう。
兄も続く。
出ていく直前、業高が振り返った。
「次に何か思いついても、まず言えよ」
「えぇ〜」
「その反応するってことは、もう何か思いついてるな?」
「いや、まだ」
『虚偽判定の可能性があります』
「ちょ!アーク!」
業継が抗議すると、業高が腹を抱えて笑った。
「いいな、そのAI。お前の天敵だ」
「ひどくない?」
「じゃ無いとお前暴走するだろ」
最後に業真が一度だけ振り返る。
「近いうちに場を作る」
「場?」
「家の中で共有すべき人間がいる」
分家か、家臣か、あるいはその両方か。
業継はそこまで考えて、少しだけ胸が高鳴った。
自分の“面白いこと”が、家の中で本当に動き始める。
アークが静かに表示する。
『警告。高揚状態です』
「しょうがないだろ」
業継は小さく笑う。
扉が閉まり、部屋に再び静けさが戻る。
けれど、もう朝までの静けさとは違っていた。
秘密は、まだ秘密のままだ。
だが九条家の中では、すでに共有が始まっている。
父が見極めると決め、兄が巻き込まれる覚悟を決め、業継自身もまた、誰にも止められないまま前へ進む。
その最初の対面は、衝突ではなく合流だった。
そしてそれは、山一つの異変では終わらない未来の始まりでもあった。
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