表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遊びで山をいじったら、日本が変わり始めた。  作者: 柿の木


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/34

第4話「分家と家臣、初めて業継を知る」

 九条家本邸の離れ、その一室には朝から張り詰めた空気が満ちていた。


 本家の正式な大広間ではない。


 かといって、内輪の雑談に使うような小部屋でもない。


 分家当主や家臣筋の中でも、特に重要な者だけが通される、半ば密議のための場所だった。


 畳敷きではあるが、空気は会議室に近い。壁際には資料台、中央には低い長机。人数は絞られているが、集められた顔ぶれは軽くない。


 鷹宮豪臣。


 神崎理央。


 如月澪。


 橘智紀。


 山吹悠斗。


 黒瀬牙。


 そして一条朔也。


 霧島迅だけは今回は呼ばれていない。まだ物流や海外の回線まで動かす段階ではない、と業真が判断したためだ。


 呼ばれた面々もまた、そのことから会の性質を察していた。


「人選が妙だな」


 最初に口を開いたのは神崎理央だった。


 椅子ではなく座布団に座っていても、その身のこなしには都会的な鋭さがある。指先で湯呑みを持ちながら、視線だけを業真へ向ける。


「建設、金融、医療、技術、山、警備、政治補佐。ずいぶん都合のいい切り方だ」


「必要だから呼んだ」


 上座の業真は短く答える。


 いつも通り表情は薄い。だが、それがかえって場の重さを増していた。


 一条朔也が目を細めた。


「県の案件でも、国の案件でもない。なのに私まで呼ぶ、か。法か情報、あるいはその両方を事前に抑えたい話ですね」


「理解が早くて助かる」


 業真は肯定も否定も曖昧な言い方をしたが、それで十分だった。


 橘智紀は机の上に置かれた紙束を見た。


「資料は少ないですね」


「まだ外に出す段階ではない」


「つまり、口頭中心で共有する内容だと」


「そうだ」


 如月澪が静かに息を吐く。


「この顔ぶれで、資料を残したくない話」


 それは、あまり良い意味ではない。


 だが業真は首を振らなかった。


 代わりに、山吹へ視線を向ける。


「現場から説明しろ」


「はい」


 山吹悠斗は短く頭を下げ、前に出た。


 無駄な言葉は使わない男だ。声も大きくない。だが、山を預かる者としての信頼がその場にはある。


「第三区画にて、異常な露出鉱脈を確認しました。確認時点では鉄系。純度は高いと推定。露出深度は浅く、地質との整合性に問題があります」


 鷹宮が腕を組んだ。


「“問題がある”じゃ軽いな。ありえねぇだろ」


「ええ」


 山吹はその断定を受け入れる。


「昨日の巡回時点では存在していませんでした」


 その一言で、空気が一段階変わる。


 神崎が湯呑みを置いた。


「昨日なかった?」


「はい」


「調査漏れではなく?」


「考えにくいです」


 山吹の声には迷いがなかった。


 この男が山に関して断言する時、それはかなり重い。


 如月が眉を寄せる。


「人為的に埋めた可能性は?」


「外部なら、ほぼありません」


 一条がすぐに補足した。


「九条の山でそれをやるには、人、時間、搬入経路、隠蔽、全部が足りない。内部でも難しいでしょう」


「内部でも、か」


 神崎の言葉に、室内がわずかに静かになる。


 内部でできる者がいるのか、という問いに近いからだ。


 橘が紙束に視線を落としたまま言う。


「それで、今回は“鉱脈が出た”こと自体より、“どうして出たのか”が議題、という理解でいいですか」


「いい」


 業真は即答した。


 その返答の速さで、全員が確信する。


 すでに本家の中では、ある程度の見立てが立っているのだと。


 鷹宮が低く笑った。


「珍しいな。旦那がここまで引っ張るってことは、もう腹ん中では決まってんだろ」


「決まっているのは、“異常を管理する必要がある”ということだけだ」


「原因は?」


 神崎の問いに、業真は一拍置いた。


「この件は、本家内部の事象として扱う」


 明言ではない。


 だが、ほとんど答えに等しい。


 一条が目を細め、業高へ視線を向けた。


 今回は業高も末席ではなく、業真の少し下がった位置に座っている。すでに政治案件の補佐ではなく、家の中核として出席している形だ。


「業高様も、同じ見立てで?」


「……ああ」


 業高は短く頷く。


「外から持ち込まれたとか、偶発的に湧いたとか、そういう話じゃない」


「内部で、説明不能なことが起きた、と」


 橘がその言い方をした瞬間、黒瀬牙の視線がほんのわずかに動いた。


 彼は最初からほとんど喋らない。ただ座っているだけで威圧になる男だが、その無言のままでも、今の話の重さを理解しているのは明らかだった。


 如月が静かに問う。


「では、今回呼ばれた私たちは、何を共有されるのでしょうか」


 業真は、そこで初めて扉のほうへ視線を向けた。


「入れ」


 襖が開く。


 入ってきたのは、九条業継だった。


 場の空気が、目に見えない形で揺れる。


 五歳の少年。


 本来ならこういう場に座る年齢ではない。いや、座るどころか、存在しているだけで不自然だ。だが九条家という家では、不自然さがそのまま排除理由にはならない。


 業継は、集まっている面々を見渡し、少しだけ目を輝かせた。


「結構いるね」


 その一言が、あまりにも普段通りで。


 鷹宮が先に耐えきれなくなった。


「坊」


「豪臣さん」


「お前、何やった」


 直球だった。


 業継は少しだけ困ったように笑う。


「まだ、そこからなの?」


「そこが一番大事だろうが」


「でも父さん、昨日は全部は話さなくていいって」


 その台詞で、全員の視線が業真へ向いた。


 つまりこの少年は、すでに本家内で何らかの確認を終えているということだ。


 神崎が小さく息を吐く。


「なるほど。ここに呼ばれる前に、内々で話は済んでいたわけだ」


「必要な確認だけだ」


 業真の返答は簡潔だった。


「そしてその上で、共有すべきと判断した」


 一条が言う。


「共有範囲を限定して、なお呼ばれた我々は、“関わる前提”と見てよろしいですか」


「そうなる」


「だろうな」


 鷹宮はもう笑っていた。


「でなきゃ坊をここに座らせねぇ」


 業継は言われるまま、業高の隣に座る。


 その位置取り自体が、すでに意味を持っていた。


 本家の末席でも、子供の席でもない。将来的な中心に近い場所。


 橘が、じっと業継を見る。


 この中で最も技術側に近い男は、能力そのものよりも、その目つきに注目していた。落ち着きがある。だが同時に、高揚もある。何かを始めた人間の目だ。


「まず確認したい」


 橘が口を開く。


「第三区画の件に、若様は関与していますか」


 業継は父を見た。


 業真は止めない。


 それを見て、業継は素直に答えた。


「してる」


 短い。


 だが、十分すぎる一言だった。


 如月が息を呑み、神崎の目が細くなり、山吹は伏せていた視線を上げる。


 黒瀬だけは表情を変えない。


「……方法は?」


 如月が思わず聞いた。


「まだ、全部は言えない」


 業継の答えは曖昧だ。


 だが、はぐらかしているというより、本当に整理しきれていないようにも見える。


 神崎が業真を見る。


「旦那、これは」


「方法より、運用を先に決める」


 その答えは、第3話で業真が取った方針そのものだった。


「現時点で重要なのは三つだ。第一に、外へ漏らさないこと。第二に、現場と収益構造を先に押さえること。第三に、本人の独断を制限すること」


「最後のが一番大事そうだな」


 業高がぼそりと言う。


「ひどくない?」


 業継が抗議する。


「ひどくない。お前のその顔はもう何か次を考えてる時の顔だ」


「うぐぅ」


 図星だった。


 業継は口をつぐむ。


 それを見て、鷹宮が豪快に笑う。


「やっぱ坊だな」


 神崎は笑わなかった。


「独断を制限、ね。つまり既に一件では終わらないと見ているわけだ」


「終わらせる気がない」


 業真の答えは、静かで、そして明確だった。


 その瞬間、会議の性質が変わった。


 事故処理ではない。


 これは、新しい力を九条家の中に組み込むための初期会議だ。


 一条がゆっくり頷く。


「なら、法的な外殻が必要です。採掘権、地質調査、試験採掘、地方振興事業、研究名目。表の器をいくつか用意しないと、後で説明が利かなくなる」


「それをお前に任せる」


「承知しました」


 橘がすぐに続く。


「技術面は?」


 業継が少しだけ迷い、それから口を開いた。


「俺、機械もやれる」


「やれる、とは」


「補助してくれるのがいる」


 その言い方に、橘の眉が動く。


「人ですか」


「人じゃないAIだよ」


「……見せてもらえますか」


 業継はまた父を見た。


 業真は数秒考え、頷いた。


「限定的になら構わん」


「よし、じゃあこれ」


 業継はどこか楽しげに頷き、持ち込んでいた小型端末――正確には、屋敷の備品PCから最低限の接続だけ切り出した簡易表示端末を机の上に置いた。


 この場に本体そのものを持ってくるのはまだ危険だと、昨夜アークが判断した結果だった。


『認証を確認しました』


 端末に文字が出る。


 場の空気がまた変わる。


 橘が身を乗り出し、一条の視線が鋭くなり、神崎が初めて感情を露わにした。


「……今のは、録音済みの応答ではないな」


『その認識で問題ありません』


 淡々とした表示。


 橘の呼吸が浅くなる。


「処理系はどうなってる。どこで回してる」


「そこはまだ秘密」


「若様」


「だめ」


 ぴしゃりと言われて、橘は逆に笑ってしまった。


「これを五歳児にやられるの、結構きついですね」


 業高が横から言う。


「安心しろ、俺も昨日同じ気分だった」


『補足します。私は補助、解析、予測、警告を担当します』


「警告、か」


 神崎がその単語を拾う。


「何に対する?」


『九条業継の行動は高い影響力を持つため、制御が必要です』


 如月がはっきりと眉を寄せた。


「その表現、冗談ではなさそうですね」


『冗談機能は限定的です』


 鷹宮が吹き出し、一条は無言のまま目を細める。


 アークの存在は、技術の異常性だけではない。どこか、立ち位置そのものが普通の補助AIではない。それに気づいた者から、順に顔色が変わっていく。


 黒瀬が、ここで初めて口を開いた。


「守る対象が増えた、という理解でいいか」


 短く、低い声だった。


 業真は頷く。


「そうだ」


「外に知られた場合の危険度は」


 神崎が答えるより早く、一条が言った。


「国家案件」


「甘いな」


 神崎が冷たく続ける。


「国家だけで済めばまだいい。資源、技術、しかも再現性不明。外資、情報機関、投機筋、全部が食い付く」


「だからこそ初動を誤れない」


 業真の声に、全員が現実へ引き戻される。


 如月が業継を見る。


「若様。確認します」


「うん」


「あなたは、この力を今後も使う気ですか」


 業継は一瞬も迷わなかった。


「使うよ」


 場が静まる。


 だがその次の言葉で、少しだけ空気が変わった。


「だって、使えるのに使わないほうが変じゃない?」


 あまりにもまっすぐな理屈。


「山が金を生んで、人が助かって、困ることが減るなら、そっちのほうがいいだろ」


 如月はその目を見る。


 利欲ではない。支配欲でもない。


 ひどく危ういほどの善意だ。


 だからこそ厄介で、だからこそ強い。


 神崎が小さく呟く。


「善意の怪物、か」


 業継が首を傾げる。


「怪物はひどくない?」


「褒めてるわけでもない」


「でも否定もしてない」


「してないな」


 そこで鷹宮が机を軽く叩いた。


「だったら決まりだろ。掘る準備は俺んとこでやる。表向きは試験採掘でいい。山吹の見立てを地質調査書に落として、一条が表を整える。金回りは神崎。技術は橘。警備は黒瀬」


「医療はまだ関係ない」


 如月が即座に言う。


「現段階では、な」


 神崎が意味ありげに言うと、如月は視線を細めた。


「何か知っているのですか」


「いや。若様の“まだ全部は言えない”が気になっただけだ」


 業継の肩がほんの少し揺れる。


 業高はその反応を横目で見て、内心で溜息をついた。


 やはり何かあるな、まだ出していない札がある。


 ただ今は、それを無理に剥がす場ではない。


 業真が、そこで結論を置く。


「本日ここで共有するのは、業継が第三区画の事象に関与していること、その価値が高いこと、そして家の中で管理しながら前へ進めること、この三点だ」


 誰も異を唱えなかった。


「異論がある者は」


「ありません」


 一条が最初に答える。


「むしろ、この段階で共有されたことに感謝を」


「同じく」


 橘が続く。


「技術者としては頭痛がしますが、同時に見逃せません」


「現場は回せます」


 山吹が言い、鷹宮が頷く。


「守りは強める」


 黒瀬の一言は、それだけで十分だった。


 如月だけが、少しだけ遅れて口を開いた。


「私はまだ、全面的に賛成はしません」


 場が静まる。


 だが業真は止めない。


「理由は」


「力が何であれ、人の理解を超えるものを使うなら、必ず歪みが出ます。今回が資源だからまだいい。けれど今後、これが他の領域へ広がるなら、私は止める側に回るかもしれない」


 その言葉に、業継は少しだけ目を丸くした。


 否定ではない。


 だが無条件の協力でもない。


 アークが静かに表示する。


『正常な反応です』


 業継はそれを見て、逆に少し安心した。


「わかった」


 如月が今度は目を丸くする。


「……わかった、でいいのですか」


「うん。止める人は必要だろ」


 その返答に、如月はしばらく言葉を失った。


 善意で危険なことをする人間は、往々にして止める者を嫌う。だがこの少年は違う。嫌がりはしても、必要性は理解している。


 業真が最後に言う。


「業継の独断は許さない。だが可能性は潰さない」


 それが、この家の方針だった。


「今日からこの件は、本家直轄とする。必要な範囲でのみ共有し、各自は自分の領分で準備に入れ」


 会議は終わった。


 だが、全員が立ち上がる空気は、始まる前とはまるで違っていた。


 九条家の中で、何かが本当に動き出したのだと、誰もが理解している。


 業継だけは、少しだけわくわくした顔でその場を見回していた。


「なんかすごいことになってきたな」


『客観的には既に十分すごいです』


「そうかな」


『そうです』


 横で聞いていた業高が小さく笑う。


「まだ“すごい”で済ませるの、お前くらいだ」


 鷹宮が立ち上がりざまに業継の頭を大きな手でくしゃりと撫でた。


「坊」


「なに?」


「次に何かやる時は、現場が泣かない程度にしろ」


「努力する」


「努力じゃ困る」


「だよなあ」


 そこへ神崎が冷たく差し込む。


「努力で市場を壊されたらたまったものではありません」


「まだ壊してないよ」


「“まだ”と言う時点で危険です」


 一条はすでに次の工程を頭の中で組み始めている顔をしていたし、橘はアークの端末から目を離せなくなっていた。黒瀬は業継と端末と出入口の三点を一度に見ていて、如月は最後まで業継の顔を観察していた。


 山吹だけが、少し離れた位置で静かに息を吐く。


 やはりそうだった。


 若様は、山の向こう側を見ていたのだ。


 いや、もう山の向こう側どころではない。


 この子はきっと、もっと先を見てしまう。


 会議室の襖が閉まり、足音が遠ざかっていく。


 九条業継は、自分の隣に置いた端末を軽くつついた。


「アーク」


『はい』


「みんな、思ったより面白いな」


『補足します。面白さを基準に運用方針を決めないでください』


「えぇ〜」


『特に、今は』


 業継は少し笑って、でも素直に頷いた。


「わかったよ。今は、な」


『その言い方は危険です』


 その軽口の裏で、九条家はもう次の段階へ入っている。


 資源。


 技術。


 統制。


 護衛。


 政治。


 そのすべてが、まだ五歳の少年を中心に少しずつ組み上がっていく。


 この日、分家と家臣は初めて知ったのだ。


 九条業継が、ただの賢い跡取りではないことを。


 そして、自分たちがこれから支えるのは、単なる当主候補ではなく――家の在り方そのものを変える存在かもしれないということを。


感想や評価をお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ