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遊びで山をいじったら、日本が変わり始めた。  作者: 柿の木


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第2話「九条は、異常を見逃さない」

 九条家の山中、第三区画。


 朝の空気は冷えていたが、山吹悠斗の指先には別の冷たさがあった。


 掘り返したばかりの土を手に取り、指で崩す。湿り気、粒の大きさ、混ざり方。長年この山を歩いてきた感覚が、これはおかしいと告げていた。


「……昨日は、なかった」


 小さく呟く。


 この地点は昨日も確認している。巡回の一環だ。斜面の安定、獣道の変化、土の流れ。そうしたものを見て回るついでに、地表の違和感も把握していた。


 だから断言できる。


 ここに、こんなものは存在していなかった。


「掘れ」


「「了解です」」


数回掘っただけで、音が変わる。ガツ、と硬い感触が返る。


「止めろ」


 山吹は自分でしゃがみ込み、土を払った。


 覗いたのは、金属質の光だ。


 鉄――いや、それに近い。だが混ざり方が妙に整いすぎている。自然にできた鉱床の乱れ方ではない。


 さらに妙なのは深さだった。


 浅い。


「……ありえない...浅すぎる」


 現場経験があるからこそわかる。この山のこの位置に、この深さで、こんな露出の仕方をするはずがない。


 山吹はすぐに立ち上がった。


「鷹宮さんを呼べ。今すぐだ」


 数十分後、鷹宮豪臣が現場に着いた。


 作業着の上に防寒着を引っかけただけの格好だが、その歩き方には現場を預かる者の圧がある。


「どれだ」


 山吹は黙って場所を示した。


 鷹宮はしゃがみ込み、露出した部分を見て、次に周囲の土を見た。さらに斜面の角度、近くの岩肌、流れた土砂の跡まで確認する。


「……掘り進めたら伸びるな、これ」


「私もそう見ています」


「だが地質が合わねぇ」


「ええ」


 二人とも、同じ違和感を抱いていた。


 当たりの鉱脈を見つけた時の高揚感はある。だがそれ以上に、不自然さが大きい。


「地質調査の漏れか?」


 鷹宮が口にした可能性を、山吹は即座に否定した。


「考えにくいです。この辺りは昔から何度も見ています」


「なら自然発生か?」


「もっとありえません」


 鷹宮は腕を組む。


 普通なら、ここで“誰かが隠していた”“外から持ち込まれた”という線も考える。だが九条の山でそれをやるのは難しい。監視、巡回、地元の目。外部が勝手に何かを仕込める環境ではない。


「……本家だな」


「はい」


 二人の結論は早かった。


 これは現場判断で抱え込んでいい話ではない。九条家の中枢へ上げるべき案件だ。


 山吹は報告を入れ、鷹宮は作業員に口止めをした。表向きは地盤確認。余計なことは言うな。それだけで現場は動く。九条家では、そういう仕組みが徹底されていた。



 本邸の奥、執務室。


 九条業真は、山吹からの報告を静かに聞いていた。


「昨日の時点では存在しなかった、と」


「断言できます」


「鷹宮も同意見か」


「はい」


 山吹が去ったあと、部屋には沈黙が落ちた。


 業真は机の上の地図を見る。第三区画。人の出入りが少なく、だが発見が遅れすぎもしない位置。まるで“見つかるために置かれた”ような場所だ。


 そこで扉が開き、九条業高が入ってきた。


「聞いた」


「だろうな」


 業真は短く返す。


 業高は地図を見て、報告書の抜粋に目を通したあと、低く息を吐いた。


「ずいぶん都合のいい場所だ」


「ああ」


「偶然にしては出来すぎてる」


「そうだな」


 業高は机の端に腰を預ける。


「外か?」


「痕跡がない」


「内部か」


「その可能性が高い」


 そこで業高が、わずかに眉を動かした。


「……まだ五歳だぞ」


 だがその声音に、本気の否定は含まれていない。


 業真は視線を地図から上げずに答えた。


「だからだ」


「何が“だから”だ」


「これまでの報告を忘れたか」


 業高は少しだけ黙った。


 忘れていない。忘れられるはずもない。


 三歳の頃には、屋敷の蔵の鍵の違いを見分けていた。四歳の頃には、山道の分岐を一度見ただけで覚えた。大人同士の会話を横で聞いて、数日後に要点だけを正確に言い当てたこともある。


 それだけでも異常だ。


 だが最近は、さらにおかしい。


 古い機械に妙な興味を示し、使わせてもいない端末の構造を見ただけで理解したような顔をする。山を見に行く頻度も増えた。ただ遊んでいるというより、“調べている”ように見えると使用人から報告も上がっていた。


「異常な理解力。山への執着。妙な機械への関心」


 業真が淡々と並べる。


「説明不能な事象が起きた時、九条はまず内部を疑う」


 それはこの家の流儀だった。


 外を疑うのは、その後でいい。まず内にある力を把握する。なぜなら九条家は、普通の家ではないからだ。分家も家臣も、単なる親戚や使用人ではなく、一つの組織として機能している。常識で測れないものが内側から生まれることを、歴代はよく知っていた。


「そして内部で、“説明不能”に最も近いのは一人しかいない」


 業高は観念したように息を吐く。


「……業継か」


「そうだ」


 断定だった。


「証拠はないぞ」


「まだな」


「じゃあ聞くのか?」


「聞く」


 業真は立ち上がる。


「答えを得るためではない」


「反応を見るためか」


「ああ」


 業高は口元を歪めた。


「素直に喋ると思うか?」


「喋らなくていい。あれは隠し方が下手だ」


「それはそうだな」


 兄としての実感がこもっていた。


 業継は利口だ。だが無邪気でもある。何か面白いことをしている時ほど、目が隠せなくなる。


 業真は歩き出す。


「止めるのか?」


 その問いに、業真は即答しなかった。


 数歩進み、それから言う。


「確認してからだ」


「ずいぶん慎重だな」


「価値があるかもしれん」


 業高はその一言で、父の考えを理解した。


 もし本当に業継が原因なら、それは異常事態であると同時に、九条家にとっての新しい力でもある。


「……利用する気か」


「違う」


 業真は振り返らずに言う。


「見極める」


 その言葉は冷たいようでいて、どこか静かな保護にも聞こえた。


 業高は肩をすくめ、父の後を追う。



 その頃、業継の部屋では。


「ちゃんと見つかったな」


 業継は画面を見ながら満足そうに頷いていた。


 アークは現場の変化を簡易表示している。露出、採取、報告。想定通りの流れだ。


『補足します。現場判断により本家への報告が確定しました』


「早いな」


『九条家の統制速度としては標準です』


「うちってやっぱすごいよな」


 のんきな感想だった。


『現在、父君と兄君が高確率でこちらへ向かっています』


「え」


 業継の目が丸くなる。


「もう?」


『はい』


「うーん……怒られるかな」


『可能性はあります』


「まあでも、結果出たしな」


 そこが業継らしかった。


 まず隠すより、面白さが勝つ。


「次は銅か、石油系も――」


 コンコン、と扉が鳴った。


 業継は数秒だけ固まり、それから妙に楽しそうに立ち上がる。


「来たか」


『警告。会話内容には注意してください』


「なんとかなるって」


 扉を開ける。


 そこには父・業真と、兄・業高が立っていた。


「業継」


 低い声で父が呼ぶ。


「ちょっと話をしよう」


 業継は二人の顔を見上げ、それからにこっと笑った。


「いいよ」


 その笑顔があまりにも自然で。


 だからこそ、業真は確信を深めた。


 この子は、何かをやっている。


 そしておそらく、自分がどれだけ大きなことをしたのかを、まだ完全には理解していない。


 ――九条家は、異常を見逃さない。


 だが同時に、価値ある異常を手放しもしない。


 この対話が、その最初の分岐点になる。


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