第22話「外部勢力、第二の接触」
御影資源開発への最初の接触が、穏やかな共同提案という形で終わってから一週間。
表面上は、何も変わらなかった。
御影資源開発は相変わらず地味に利益を積み上げ、第一鉱区と第二鉱区は無理のない速度で稼働を続けている。地元での評判も悪くない。急成長しているが、急拡大はしていない。神崎理央の言うところの“見せていい成長”にきっちり収まっていた。
だが、だからこそ。
水面下では、静かに次の手が打たれていた。
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東京。
大手総合商社・資源部門の別室。
前回までの会議室より狭く、だが空気は重い。今回集まっているのは数人だけだった。
「先方は今回の件を断った」
部長が言う。
「予想通りです」
答えたのは、前回現地へ行った男だ。
「ただ、完全拒絶ではありませんでした」
「そうだな」
部長は頷く。
「だからこそ厄介だ拒絶ならわかりやすい。
閉じているなら、距離を取ればいいだけだ。
だが今回の御影資源開発は全く違う。礼を失さず、筋も通し、必要以上に敵を作らないようにし。そのうえで主導権だけは決して渡そうとしなかった。地方の新興資源会社の振る舞いとしては、あまりに完成されすぎていたる」
「結論として、九条家が関与している可能性は非常に高いです」
若手社員が資料をめくりながら言う。
「土地の流れ、地元企業の資本移動、行政との接続速度。どれも単独の地方企業としては不自然です」
「だが証拠はない」
部長が即座に返す。
「はい」
「それなら正面から踏み込めんな」
短い沈黙。
そのあと、男が静かに口を開いた。
「では、正面からでなければ?」
部長の目が細くなる。
「何を考えている」
「資源ではなく、設備です」
資料が一枚、前に出される。
「御影はまだ若い会社です。採掘はできても、精錬設備や高度な選鉱ラインは持ちきれていない。物流も将来的には限界が来ます。なら、資源そのものではなく、周辺を押さえたら」
部長はその紙を見る。
「設備のリースに技術提携。設備保守に資材供給。資源そのものに手を伸ばさず、外堀から関係を作るか……悪くないな」
「ありがとうございます」
「だが、それでも向こうは警戒してくるはずだ」
「ですから、顔を変えます」
そこで、部長はようやく理解した。
「関連会社か」
「はい。商社本体ではなく、設備系の子会社。表から見れば、地方の有望鉱区に営業をかける普通の動きに見えます」
部長はしばらく考えたあと、ゆっくり頷いた。
「やれ」
「はい」
「ただし、無理に押すな。見ることだけを最優先にしろ」
「承知しました」
その方針は明確だった。
奪うにはまだ早い。
だが、見ておく価値はある。
それが御影資源開発だった。
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同じ頃。
御影資源開発・仮事務所。
一条朔也は、届いた名刺を指先で軽く弾いた。
「設備機器の提案、ですか」
机の向かいにいる事務担当が頷く。
「はい。先方は精錬前処理設備と選鉱ラインの簡易導入を提案したいと」
「社名は」
「東央テクニカルサプライです」
一条は一瞬だけ黙った。
(知らない名前ではない。だが前面に立つような会社でもない。設備の調達や保守を広く請ける、極めて“普通の”顔をした会社だ)
だからこそ怪しい。
「担当者は?」
「午後に来訪予定です」
「わかりました」
事務担当が下がる。
部屋に一人になってから、一条はすぐに別端末を開いた。
社名を打つ。
表向きの情報は綺麗だった。過不足のない実績、妥当な売上規模、地方案件の経験あり。だが綺麗すぎる。まるで“そう見せるために整えた”ように。
「……二枚目か」
小さく呟き、すぐに本邸へ連絡を入れる。
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本邸。
業真の執務室。
「設備会社、ですか」
業高が報告書を見ながら言う。
「表ではそうだ」
業真は短く答える。
「だが中身は前回と同じだろうな」
「商社側、か」
「ああ」
その場には神崎理央もいた。
「悪くない手です」
神崎は静かに言う。
「資源そのものを狙えば警戒される。だが周辺設備なら“営業”で済む。関係を作り、数字を見て、人を見て、内情に触れる。極めて正しい」
「感心してる場合か?」
業高が言う。
「感心していますよ」
神崎は平然としていた。
「相手は無能ではない、という確認です。むしろ助かります。無能な相手のほうが面倒だ」
業真が神崎へ視線を向ける。
「どう見る」
「二つあります」
神崎は指を二本立てた。
「一つ。こちらを値踏みしている。二つ。今後の伸びを見越して、先に接点を置きたい」
「買収の芽か」
業高が言う。
「いずれは」
神崎は否定しない。
「今はまだ“関係づくり”ですが、相手が商社系なら最終的にはそこへ行きます」
業真は短く頷いた。
「なら対応は前回と同じだ」
「距離を保って、切らない」
「そうだ」
そこへ、業継が顔を出した。
「入っていい?」
「来い」
業継は部屋に入り、資料を見る。
「また来たの?」
「今度は別の顔だ」
業高が言う。
「設備会社としてな」
業継は少しだけ考える。
「同じ会社で?」
「同じ、とまでは言わんが、同じ側だ」
「面倒だね」
『妥当な評価です』
アークの表示が、端末の隅に小さく出る。
業継は資料を覗き込みながら言った。
「断るの?」
「全部は断らん」
業真が答える。
「え?」
「提案の中身を見る」
「なんで」
「敵か味方かを判断するためじゃない」
業真の声は静かだ。
「どこまで踏み込もうとしているかを見るためだ」
業継は少し黙った。
それは、以前の自分なら出てこない発想だった。
「……試すのかな」
「ああ」
業真は頷く。
「こちらが見られているなら、こちらも見る」
業継はその言葉を頭の中で転がした。
(外の世界は、単純に敵か味方かで分けれないだから、近づいてくる理由があって、見たいものもあるし、測りたいものがあるのね)
そしてそれは、自分たちも同じだ。
「なるほどな」
業高が横目で見る。
「わかったか?」
「ちょっとだけ」
『理解度は中程度です』
「お前は最近そればっかだね」
『事実を優先しています』
⸻
午後。
御影資源開発・仮事務所。
応接室には、設備会社の営業担当が座っていた。三十代後半、物腰は柔らかく、道具の話をすればいくらでも詳しく語れそうな顔をしている。だが一条は、そういう“語れる人間”ほど危険だと知っていた。
「本日はありがとうございます」
「こちらこそ、貴重なお時間を」
いつもの応酬。
一条は笑みを崩さない。
相手も同じだ。
「御社の採掘規模であれば、近い将来、現場選鉱の簡易導入を検討されてもいい頃かと」
「なるほど」
「選別効率を上げれば、搬出コストもかなり圧縮できます」
提示される資料は、よくできていた。
実際、有用な内容でもある。
だからこそ厄介だ。使える提案ほど断りにくい。
「悪くないご提案です」
一条はそう言って、わざと少しだけ興味を見せた。
相手の目がわずかに動く。
食いついた、と見たのだろう。
「ただ、当社はまだ鉱区ごとの特性データを蓄積している段階でして」
「ええ、その点も含めてご支援できます」
「現地もご覧になりますか?」
その一言で、営業担当の呼吸が一瞬だけ浅くなった。
相手から見れば、願ってもない提案だ。
だが同時に、警戒もあるだろう。
「……よろしいのですか」
「ええ。むしろ設備提案であれば、現場をご覧にならないと正確な話は難しいでしょう」
一条は穏やかに言った。
その裏では、相手の踏み込み方を見るつもりでいる。
現場だけを見たいのか。
数字も欲しいのか。
人間を見たいのか。
それで、相手の重心がわかる。
「では、お言葉に甘えて」
営業担当は即答した。
一条は心の中で小さく頷く。
速い。
つまり、見たがっている。
⸻
現場見学は翌日に設定された。
その報告を受け、黒瀬牙が動く。
「見学者一名に対し、外縁二層で監視」
「はい」
「随行者の経路確認は」
「完了しています」
「通信は」
「事前に圏内。現場では死角あり」
黒瀬は短く考える。
「死角を潰せ。自然にやれ」
「了解」
見学を拒否しない。
だが、見せる範囲は決める。
それが九条家のやり方だった。
⸻
翌日。
第一区画。
晴天。
鷹宮豪臣は、見学者が来ると聞いて露骨に嫌な顔をしていた。
「なんで現場に入れる」
ぼやく。
山吹悠斗は淡々と答える。
「見せるものを見せて、見せないものは見せないためです」
「理屈はわかる」
「なら我慢してください」
「お前、たまに容赦ないな」
「必要です」
そう話しているところへ、一条と営業担当がやって来た。
「こちらが第一鉱区です」
「ありがとうございます」
営業担当は丁寧に頭を下げ、視線を現場へ向ける。
重機の位置。
作業の流れ。
搬出導線。
置き場の容量。
見る場所が、いかにも“設備屋”らしかった。
だが一条はそれ以上を見ていた。
男は露出面も見ている。
土の色も。
掘り方も。
つまり設備だけではなく、鉱区そのものの質まで見ようとしている。
「こちらでは、現状どの程度の選鉱精度を確保されていますか」
やはり来た。
一条はあくまで自然に答える。
「立ち上げ段階ですので、まだ粗いですよ」
「それにしては歩留まりが良いように見えますが」
「運が良かったのでしょう」
男が微笑む。
一条も微笑む。
どちらも、本気ではない笑みだった。
⸻
少し離れた高所から、その様子を業継が見ていた。
「今日来てるね」
『はい』
「設備見に来たって顔じゃないよ、もうちょっと隠せば良いのに」
『観測精度は高いです』
アークの表示が出る。
業継は目を細めた。
「どう見る?」
『対象は設備提案を口実に、鉱区品質・運用精度・統制レベルを確認しています』
「……全部見てるじゃん」
『その通りです』
業継は小さく息を吐く。
面倒だ。
でも、少しだけ面白い。
「これ、どこまで見せるのかな」
『現在の範囲で妥当です』
「足りるかな?」
『相手に“判断材料は与えるが確信は与えない”状態です』
業継は笑った。
「それ、父さんっぽいな」
『影響を受けています』
「アークも受けてるの?」
『合理性を優先しています』
⸻
見学が終わる頃には、営業担当の中でも結論は半分出ていた。
御影資源開発は、小さい。
だが小さすぎない。
未熟に見える。
だが未熟すぎない。
そして何より――
統制が取れすぎている。
現場が荒れていない。数字が暴れていない。人の受け答えに隙がない。
つまり、裏にいる。
誰かが。
だが、それが誰かまでは見えない。
「本日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
再び応接。
男は最後に言った。
「御社は、想像以上に堅実ですね」
一条は笑った。
「そう見えているなら、幸いです」
その言葉の意味を、相手がどこまで理解したかはわからない。
だが少なくとも、メッセージは伝わった。
――こちらは、簡単には崩れない。
⸻
夕方。
本邸。
「どうだった」
業真が問う。
一条は簡潔に答える。
「相手は賢いです。設備を見に来たのではなく、こちらの“作り”を見に来ました」
「だろうな」
「ただし、確信までは至っていません」
「十分だ」
神崎がそこへ加わる。
「向こうは次、二つに分かれます」
「言え」
「一つは距離を置いて観察継続。もう一つは、小さな利を餌にしてこちらを引き込もうとする」
「後者だろうな」
業高が言う。
「ええ」
神崎は頷く。
「賢い相手ほど、いきなり奪いには来ません。まず“得をさせる”形で囲い込みます」
業継がそこで口を挟む。
「じゃあ、得しちゃだめなの?」
全員の視線が一度集まった。
だが業真は、否定しなかった。
「得はしていい」
「いいんだ」
「ただし、主導権を渡さなければな」
業継は少しだけ目を丸くする。
「……そういうのもありなんだ」
「敵か味方かで考えるな」
業真の声は低い。
「使えるか、使われるかで見ろ」
その一言は、今までで一番“外”に関する本質だった。
業継はしばらく黙り、それからゆっくり頷いた。
「わかったよ」
『理解度は上昇しています』
「アーク、最近ちょっと優しいね」
『事実を更新しただけです』
⸻
夜。
業継は縁側に座り、山を見ていた。
資源は動いている。
会社も動いている。
外も、動き始めている。
「来てるね」
『はい』
「でも、来てるだけじゃ無い」
『その通りです』
業継は少しだけ笑う。
「こっちも見るし、使う、ね」
『合理的です』
敵か味方か。
それだけじゃない。
この世界は、もっと複雑だ。
だから面白い。
『警告。その発想は継続的に危険です』
「わかってるって」
それでも業継の顔は、少しだけ楽しそうだった。
資源も、技術も、会社も。
そして外の世界との距離感も。
すべてを学びながら、前へ進んでいく。
それが今の九条業継だった。




