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アヒルの箱庭  作者: 倉木元貴


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第42話

 空気が沈む。影が揺れる。温度が落ちる。


 そして――白い肩の上に、“丸み”が現れた。


 最初は、光の反射のようだった。

 けれど、次の呼吸で――


 ひゅう……

 すう……


 頭部の“輪郭”になった。


 白い線が集まり、丸い形を作り、ゆっくりとこちら側へ押し出されようとしている。


「……見えますか?」


 凛の声は震えていなかった。むしろ、落ち着いていた。まるで、懐かしい人を迎えるような静けさ。


「凛ちゃん、離れて……!」


 悠が凛の腕を掴んだ瞬間――白い頭部の輪郭が、わずかに“動いた”。


 こちら側の空気を探るように、触れようとするように、ゆっくりと震える。


 ピシ……ピシ……ピシ……ピシ……ピシ……


 亀裂が呼吸に合わせて広がる。白い頭部が、さらに覗く。


「……次で、出ます」


 凛の声は、もう“こちら側の声”ではなかった。

 どこか遠く、深い場所から響いているような薄い音。

 窓の外の闇が揺れ、白い目の線が、ほんの一瞬だけ浮かび上がる。

 すぐに消える。けれど、確かにそこに“いた”。

 白い頭部の輪郭は、境界を越える寸前で、静かに震えていた。


 深夜の凛の部屋は、もはや“部屋”という概念から外れつつあった。

 空気は冷たく、重く、動かず、まるで深い水の底に沈んでいるような圧力があった。


 窓の外の闇は、深海のように濃く沈み、光を拒むように揺れもしない。


 ガラスの中央には、白い亀裂が走っていた。

 呼吸に合わせて脈打ち、震え、広がり、また縮む。

 まるで、そこに“心臓”があるかのように。


 ひゅう……

 すう……


 凛の呼吸と完全に同期していた。


 亀裂からは、すでに白い肩が覗いている。

 細く、白く、骨のようで、しかし確かに“生きている”。


「……凛ちゃん、もう離れよう。本当に、もう……」


 悠の声は震えていた。

 凛はゆっくりと振り返る。

 その瞳の奥の白い構造は、もはや“目”の形を成していた。

 黒目の奥で、細い白い線が絡み合い、こちら側を“見ている”。


「……佐伯さん。次で……出ます」


「出なくていい。出ちゃだめだよ」


「……でも、呼んでるから」


 凛はガラスに手を触れた。

 その指先が白く染まる。


 その瞬間――亀裂が、ふっと“吸った”。


 空気が沈む。影が揺れる。温度が落ちる。


 そして――白い肩の上に、“顔の輪郭”が現れた。

 最初は、ただの丸みだった。

 けれど、次の呼吸で――


 ひゅう……

 すう……


 額の形が浮かぶ。頬の位置が沈む。顎の線が、ゆっくりとこちら側へ押し出される。


 まだ目も鼻も口もない。

 ただ、顔の“空白の形”だけが、こちら側の空気を押してくる。


「……見えますか?」


 凛の声は震えていなかった。むしろ、落ち着いていた。まるで、懐かしい人を迎えるような静けさ。


「凛ちゃん、離れて……!」


 悠が凛の腕を掴んだ瞬間――白い顔の輪郭が、わずかに“動いた”。


 こちら側の空気を探るように、触れようとするように、ゆっくりと震える。


 ピシ……ピシ……ピシ……ピシ……ピシ……ピシ……


 亀裂が呼吸に合わせて広がる。白い顔の形が、さらに覗く。


「……次で、目が開きます」


 凛の声は、もう“こちら側の声”ではなかった。

 どこか遠く、深い場所から響いているような薄い音。


 窓の外の闇が揺れ、白い目の線が、ほんの一瞬だけ浮かび上がる。


 すぐに消える。けれど、確かにそこに“いた”。白い顔の輪郭は、境界を越える寸前で、静かに震えていた。


 深夜の凛の部屋は、もはや“こちら側”の空気ではなかった。

 冷たく、重く、動かず、まるで深い水の底に沈んでいるような圧力があった。


 窓の外の闇は、深海のように濃く沈み、光を拒むように揺れもしない。

 ガラスの中央には、白い亀裂が走っていた。

 呼吸に合わせて脈打ち、震え、広がり、また縮む。

 まるで、そこに“心臓”があるかのように。


 ひゅう……

 すう……


 凛の呼吸と完全に同期していた。


 亀裂からは、すでに白い肩と、その上に“顔の輪郭”が覗いている。まだ目も鼻も口もない、空白の形。だが、その空白が、こちら側の空気を押していた。


「……凛ちゃん、もう離れよう。本当に、もう……」


 悠の声は震えていた。凛はゆっくりと振り返る。その瞳の奥の白い構造は、もはや“目”の形を成していた。

 黒目の奥で、細い白い線が絡み合い、こちら側を“見ている”。


「……佐伯さん。……開きます」


「開かなくていい。開いちゃだめだよ」


「……でも、呼んでるから」


 凛はガラスに手を触れた。その指先が白く染まる。


 その瞬間――亀裂が、ふっと“吸った”。


 空気が沈む。影が揺れる。温度が落ちる。


 そして――顔の輪郭の中央に、二つの“凹み”が現れた。

 最初は、ただの影のようだった。

 けれど、次の呼吸で――


 ひゅう……

 すう……


 凹みが、ゆっくりと“開いた”。


 白い線が集まり、目の形を作り、その奥に、深い空洞のような暗さが生まれる。


 まだ“視線”はない。

 ただ、目の“形”だけが、こちら側へ向けられている。


「……見えますか?」


 凛の声は震えていなかった。むしろ、落ち着いていた。まるで、懐かしい人を迎えるような静けさ。


「凛ちゃん、離れて……!」


 悠が凛の腕を掴んだ瞬間――白い目の“空洞”が、わずかに“動いた”。


 こちら側の空気を探るように、触れようとするように、ゆっくりと震える。


 ピシ……ピシ……ピシ……ピシ……ピシ……ピシ……ピシ……


 亀裂が呼吸に合わせて広がる。

 白い目の形が、さらに覗く。


「……次で、見られます」


 凛の声は、もう“こちら側の声”ではなかった。

 どこか遠く、深い場所から響いているような薄い音。


 窓の外の闇が揺れ、白い目の線が、ほんの一瞬だけ浮かび上がる。


 すぐに消える。けれど、確かにそこに“いた”。

 白い目の空洞は、境界を越える寸前で、静かに震えていた。

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