第38話
影と身体が同時に動いていないような、微妙なズレ。
窓の外の闇が、ふっと揺れた。
白い線が、ほんの一瞬だけ浮かび上がる。
二つ。
人の目の位置に。
すぐに消えた。
けれど、確かにそこに“いた”。
「……見てます。ずっと……私を」
凛の声は震えていなかった。
むしろ、落ち着いていた。
まるで、懐かしい人を見つけたような静けさ。
「凛ちゃん、離れて……!」
悠が凛の腕を掴んだ瞬間――窓の外の闇が、わずかに“膨らんだ”。
空気が沈む。影が形を作りかける。境界の膜が、薄く震える。
「……大丈夫。まだ……入れません」
凛はそう言ったが、その声はどこか遠く、まるで“向こう側の空気”を通って響いているようだった。
ひゅう……
すう……
凛の呼吸に合わせて、窓の外の影がわずかに揺れた。
呼吸が、影と同期している。
「……佐伯さん」
凛は窓に手を触れた。
その指先が、ガラス越しに白く染まる。
「もうすぐ……触れます」
その瞬間、窓の外の影が、ほんの一瞬だけ“手の形”を作った。
すぐに消えた。
けれど、確かにそこに“いた”。
深夜の凛の部屋は、静かすぎた。
窓の外の闇は動かず、風も吹かず、虫の声すら聞こえない。
まるで、世界そのものが“呼吸を止めている”ようだった。
凛は窓際に立ち、アヒルを抱いたまま外を見つめていた。
その背中は、昨日よりもさらに薄く、輪郭が揺れて見える。
光の層から少しだけ浮いているような、不安定な存在感。
「……凛ちゃん、離れよう。窓から離れて」
悠が声をかけると、凛はゆっくりと振り返った。
その瞳の奥の白い紋様は、もう“模様”ではなく“構造”になっていた。
黒目の奥で、細い白い線が絡み合い、何かの形を作ろうとしている。
「……佐伯さん。もう、すぐそこなんです」
「すぐそこって……何が?」
「……影です。窓の……すぐ向こうに」
凛は窓に手を伸ばした。
その指先がガラスに触れる前に――
外の闇が、ふっと膨らんだ。
白い線が、ほんの一瞬だけ浮かび上がる。
二つ。
人の目の位置に。
そして、今度は――“手の形”が、ガラスの向こうに現れた。
白い線が集まり、指のような形を作り、
ゆっくりと、ガラスに触れようとしている。
「……見てます。ずっと……私を」
凛の声は震えていなかった。
むしろ、落ち着いていた。
まるで、懐かしい人を見つけたような静けさ。
「凛ちゃん、だめ……!」
悠が凛の腕を掴んだ瞬間――ガラスが、かすかに“押された”。
音はしない。
割れもしない。
ただ、ガラスの表面が、ほんのわずかに内側へ沈んだ。
まるで、向こう側の手が“押している”ように。
「……大丈夫。まだ……入れません」
凛はそう言ったが、その声はどこか遠く、まるで“向こう側の空気”を通って響いているようだった。
ひゅう……
すう……
凛の呼吸に合わせて、ガラス越しの白い手がわずかに揺れた。
呼吸が、影と同期している。
「……佐伯さん」
凛はガラスに触れた。
その指先が、白く染まる。
「もうすぐ……触れます」
その瞬間、ガラス越しの白い手が、ほんの一瞬だけ“こちら側へ押し返した”。
すぐに消えた。
けれど、確かにそこに“いた”。
深夜の凛の部屋は、息を潜めたように静かだった。
窓の外の闇は動かず、風も吹かず、世界そのものが止まっているように感じられる。
凛は窓際に立ち、アヒルを抱いたまま外を見つめていた。
その背中は、昨日よりもさらに薄く、輪郭が揺れて見えた。
まるで、光の層から少しだけ浮いているような、不安定な存在感。
「……凛ちゃん、離れよう。本当に危ないよ」
悠が声をかけると、凛はゆっくりと振り返った。
その瞳の奥の白い構造は、もう“模様”ではなく“形”になりつつあった。
黒目の奥で、細い白い線が絡み合い、何かの“目”のようなものを作りかけている。
「……佐伯さん。もう、すぐ触れます」
「触れなくていい。触れちゃだめだよ」
「……でも、呼んでるから」
凛は窓に手を伸ばした。
その指先がガラスに触れた瞬間――外の闇が、ふっと膨らんだ。
白い線が、二つ。
人の目の位置に浮かび上がる。
そして、“手の形”が、ガラスの向こうに現れた。
白い線が集まり、指のような形を作り、ゆっくりと、ガラスに触れようとしている。
その瞬間――
コ……ン
音がした。
叩いたというより、“膜を押した結果、音が生まれた”ような、鈍い響き。
悠の背筋が冷たくなった。
「……今の、聞こえましたか?」
凛の声は震えていなかった。
むしろ、落ち着いていた。
まるで、懐かしい人に呼ばれた子どものような静けさ。
「凛ちゃん、離れて……!」
悠が凛の腕を掴んだ瞬間――ガラスが、もう一度だけ沈んだ。
コ……ン
今度は、少しだけ強い。
白い手の形が、ガラス越しに揺れる。
呼吸と同期している。
ひゅう……
すう……
凛の呼吸に合わせて、ガラスの向こうの影が脈打つ。
「……佐伯さん」
凛はガラスに手を重ねた。
その指先が、白く染まる。
「次は……開きます」
その言葉と同時に、ガラスの向こうの影が、ほんの一瞬だけ“こちら側へ押し返した”。
すぐに消えた。
けれど、確かにそこに“いた”。
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