イヴはアダムのため
ニオの体は、壁にもたれかかるように置いてあった。電気がないので、消えつつある夕焼けを頼りに近寄る。アダムのブレードが光り、ニオの体がビクンと跳ねた。
呻き声のようなものを漏らし、瞳が開かれていく。
「……カ、イム……?」
「ニオ、だよな」
カイムの声が震えていた。戦場渡りで数えきれぬ死を見てきたが、生き返ることなど初めてなのだ。
ニオが目覚めたことで、どうしても、いつものように声を出せない。
「死んで、ない……? 生きてる。というか、体もなんだか新しい……」
もっと感情が残っていれば、泣いて抱き着くなりしていたのかと、カイムは思う。そこまではしないが、カイムは深く安堵のため息を漏らした。
「話せば長くなる。今はとにかく、安全な場所に――!」
何百度にも及ぶ戦場渡りの中ですら、感じたことのない殺意を背に感じて振り返る。そこには、アダムの亡骸を抱いたイヴが、赤い瞳をギョロッと開いて浮遊している。
「ねぇ、兄さん。こいつに殺されたんだよね? そうだよね? ね? ね? ね?」
まだ、終わっていない。カイムはニオの造ったブレードとアダムの造ったブレードの柄を握り締める。
「急げと言ったのは、こいつが残ってたからか」
身構えるも、イヴは耳をつんざく悲鳴を上げた。窓ガラスは破れていき、圧倒的な力を感じる。
こんな閉所で戦うのは無理だ。カイムはニオを抱き抱え、割れた窓ガラスから飛び出す。
イヴはそれを追ってくる。壊れた玩具のように、アダムの名を繰り返しながら。
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夜の訪れと共に、カイムは地に降り立つ。抱えていたニオと二人、空から襲い来るイヴと相対した。
「兄さんを、なんで殺したの? なんで? なんで? なんで?」
「正当な決闘で負けたから、と言っても、通じないようだな」
壊れた人形のように言葉を並べるイヴに、もう感情と呼べるものは二つしか感じ取れない。ひたすらにアダムを悲しむという感情と、カイムへの怒り。負の感情は混ざり合い、カイムを泣きながらギョロっとした怒りの瞳で睨んでいる。
「なんだか知らないけどヤバいよカイム!」
ニオの声に目をやれば、Iドロイドを周囲に向けていた。
「周りの機械兵たちがイヴの指揮下に入ったよ! アンドロイドは……人類軍がコントロールを取り戻そうとしてて……ああダメだ! イヴもコントロール奪おうとしてる! 取り合いになって暴走してるよ! でもこのままじゃ、アンドロイドのコントロールをイヴがいつか奪う……」
「その前にケリをつける」
全方位から迫る機械兵に対し、カイムは、左手にアダムのブレードを握る。
「借りるぞ、アダム。一本じゃ、捌ききれそうにないからな……」
「それ、兄さんのだよ? 返して? 返して? 返して?」
イヴの声に続くよう、機械兵が迫りくる。それらに対し、カイムはアダムのブレードを合わせて二刀流の構えをとる。
アダムは自らのブレードを、ニオが作った物の改良品と言った。使っていた姿を思い返しても、ニオの物と使い方に変わりはないだろう。
案の定、同じ操作でブレードの先端が開く。マギアを取り込み、弾丸となった。
「ニオ、伏せてろ」
「言われなくてもってね!」
ニオが屈むと、両手を広げて二方向に弾丸を放つ。弾切れ知らずの弾丸は、ガトリングガンのように連射され、機械兵たちを撃ち抜いていく。
しかし、最大の問題であるイヴの相手ができない。
「死んじゃえ、死んじゃえ、死んじゃえ」
「チッ」
舌打ちをしつつ、ニオを抱えて空へ。「乱暴だなもう!」と喚くニオだが、そうでもしないと、また死なせてしまう。
とにかく、イヴが厄介なのだ。アダムの亡骸を抱えたまま、高濃度のマギアを纏っている。プロトの比ではなく、弾丸はマギアへと戻ってしまう。それだけならまだしも、たちの悪いことに、周囲のマギアから尖る鉄塊を生み出し、弾丸のように飛ばしてくるのだ。
それに、高濃度のマギアは防御壁のように展開されている。下手にブレードで斬りかかっても、弾かれるのは容易に想像がつく。
「どうするか……」
避け続けることも、なんなら逃げることも可能だ。しかし、イヴはどこまでも追ってくるだろう。神や人類軍と戦う際、イヴは障害となる。
なにかいい手はないか。ニオを抱えたまま飛び回っていると、アダムのブレードが光った。
なんだと思いつつ見ていると、ブレードの刃から声がする。
「聞こえているでしょうか、カイム」
「……アダム? 幻聴か?」
「いいえ、私そのものです。説明しなくても、ニオ・フィクナーと接していればわかるでしょう」
意識をこのブレードに移したのだろうと理解した。ポッターとは死ぬ心配をしなくていいので楽なものだと、カイムはため息を漏らす。
「それで、わざわざ死んだふりしてまでこんな状況を作ったからには、打開策はあるんだろうな」
カイムが建物の影に隠れると、アダムは「もちろんです」と答えた。
「そもそも、この状況を作らなくては、私の真の目的は達成できませんからね。対抗策は用意してあります」
「もったいぶらずに言え。この際叶えてやる」
「いいのですか?」
「どうせ、イヴとも関係してるんだろ」
ご明察。アダムの声がすると、ブレードをニオへ渡すよう言われた。
手に取ったニオは、不機嫌な顔だ。
「――君のせいで死にかけたわけだけど、ボクになにをしろって?」
「その節は申し訳ない。ですが、こちらにも事情があるので……カイム、少し時間を稼げますか。私とニオを二人にし、イヴと機械兵を近づけず、現状を維持できますか」
厄介ごとは全部押し付けられるのか。もはやため息も出ないカイムは、渋々頷いた。
「だがな、ブレード一本じゃ五分が限界だ。その間になんとかしろ」
「ええ、やって見せましょう。ああしかし、こちらの準備が済んだら、カイムにはイヴへ接近してもらわないといけないのですが……」
もうどうにでもなれ。カイムはニオを廃ビルの上に置いて、イヴへ向き直った。




