アダムはアダムの目的のため
池袋から新宿までの夕空で、人類軍や神の一党に襲われることはなかった。どうやら、アダムが手を回しているようだ。ありったけの機械兵とハッキングしたアンドロイドが、二つの勢力を抑え込んでいる。
アダムの待つ東京都庁屋上も、周囲がアダムの手先で囲まれている。カイムは攻撃されるかと身構えたが、頭を垂れ、道が開かれた。
スタッと、東京都庁屋上のヘリポートへ降りる。アダムは沈みつつある夕焼けから、カイムへと振り向いた。
「ようこそ、私のオリジナルにして、ポッターではない純粋な人間――神居」
「……その名は捨てた。俺の名前に神が付くなんて御免だからな」
「ではカイム。こんなところまで来てくださり、感謝します」
「呼んだのはそっちだろう――それで、ニオはどこだ」
二つの屋上がある東京都庁だが、空から見てもニオの姿はなかった。アダムと接した時間は短いが、約束を反故にする相手ではないと、カイムは思っている。
だから訊いたのだが、アダムは両手を広げてフッと笑った。
「ニオだけ奪われて逃げられないよう、私との決闘が終わるまで隠してあります」
「イヴがいないのは、隠しているからか」
「さて、どうでしょう」
余裕面のアダムに、敵意や殺意は抱かない。ニオを返して欲しいだけであり、戦いたくないというのも変わらない。
「本当に、戦わないとダメなのか」
カイムも自身で、自分らしからぬことを言っているのは自覚している。足りない頭で別の道を模索もした。
それでもわからない。アダムが戦いを求め、その先にしかニオはいない。その前提が崩れない限り、戦うしかないのだろう。
そのアダムは、カイムの言葉を受け、目を閉じた。一陣の風が吹き、達観するような瞳を開く。
「――私とイヴの、真の目的。それは戦いとは無縁のようなところにあるというのに、戦いを避けてはたどり着けないのです。イヴは、知りませんがね」
「神と人類軍に戦いを挑むのが目的じゃないのか」
カイムの問いに、アダムは首を振る。どちらと戦っても、真の目的にはたどり着けないと言いながら。
「人類軍では敵として相手にならず、神が相手では、悔しいですが、勝負にならない。一応、先ほどの地下鉄であなたの戦闘データを私にフィードバックし、挑もうかとも思っていたのですがね。やはり無理なようです」
「だから、一斉に倒れたのか」
諦めとも違う、アダムの感情。顔を見れば、複雑なのは一目でわかる。そうまでして達成したい真の目的とやらはなんなのか。同胞とも呼んだニオを利用する心中は、いかなるものなのか。
「さて、こうして話しているうちに、イヴに頼んでおいたものが完成したようです」
アダムが天に手をかざすと、なにかが降ってきた。東京都庁の屋上に突き刺さったそれを、アダムが引き抜く。
「それは……」
「ニオ・フィクナーがあなたに造ったブレードの改良品です。本当でしたら、あなたと共に神と人類軍へ挑む際に使おうと用意したものですがね。とはいえこれで、私とあなたは限りなく近しい力を得た」
「……本当に、戦うんだな」
「ええ、あなたの戦闘データを元に造られた私と、オリジナルであるあなた。真の目的のためというのもありますが、今は私の知的欲求――どこまでたどり着けたかを知るために、戦わせていただきます!」
アダムはブレードに雷を纏わせ、カイムへ向けて突っ込んでくる。カイムが何百度もの戦場渡りで習得したマギアのコントロールと全く同じであり、すかさず飛び退いた。
追撃とばかりに先端から放たれる弾丸も転がって避けた。その合間にカイムもブレードに雷を纏わせ、連射される弾丸を消し飛ばした。
「やるしかないか、クソッ……」
アダムは本気だ。もはや言葉は意味を成さない。カイムも両手でブレードを握り、アダムへ飛び込んだ。
ブレードがぶつかり合い、雷がバチバチと弾ける。
腕力は完全に同じだ。マギアの操り方も同じ。鍔迫り合いの中、カイムは思う。勝敗を分けるものはなにか、と。
(俺を元に造られたわけだから、小手先の技からなにまで同じなのは明白……)
ブレードを弾き、いったん距離を取る。すかさず飛んでくる弾丸を浮遊して避け、空中からアダムを狙う。
アダムもまた空へ舞い、弾丸は虚空を切った。そのまま先端から収束したマギアの雷で薙ぎ払いに来る。カイムがプロトや雨の降るドームで見せたものと同じだ。
「――ん?」
その時だった。アダムの動き、その次の一手が、見えた気がした。
「おそらく」や「もしかして」ではなく、アダムならどうするか。なぜかそれがわかる。
(薙ぎ払いの後に、一気に距離を詰めブレードを振りかぶる)
直感なのか、なんなのか。とにかく思い描いたアダムの行動を信じて先に動くと、確かに近寄られブレードを振りかぶった。予測していた通りなので、振り下ろされる前に、下から切り上げる。
「クッ……」
アダムに動揺が見えた。下からの斬撃に弾かれたブレードを握りなおすも、次の攻撃も予想がつく。
(後方へ距離を取り牽制目的で弾丸をばら撒く。俺が避けているうちに、ブレードへ更に雷を纏わせる)
その通りになるのなら、カイムは距離を取られる前に浮遊し、真後ろへ回り込む。飛び退こうとしたアダムは、先回りしたカイムに反応が遅れた。
(最低限の動きでブレードを垂直に付きつけようとする。なら、)
カイムの胸めがけて貫こうとする一撃を避け、足元を払う。体勢を崩したアダムはブレードで急所を守るが、カイムは拳にマギアを纏わせ、顔面を殴った。
一瞬意識を失った隙に胸倉をつかむ。同時に、なぜ動きがわかるのか理解した。
「もうやめろ。お前だってわかっているだろう――所詮は俺のコピーだと」
カイムの言葉に、アダムは張れた頬をさすりながら、「バレましたか」と笑っていた。
「いくら私が成長するポッターだとしても、それは人工的につくられた、システムのようなもの。生まれながら成長する人間に、勝てる道理は元々ありません。それも、相手が私の元になったあなたなら、勝つなど、万に一つもあり得ません」
「ああそうだ、勝てるはずない。元が俺だから、次の行動もわかるしな」
カイムは何年も戦い続けてきたのだ。自分ならどう戦うか、無意識に選び取っている。それをアダムの行動に当てはめれば、次にどのように動くかなど、簡単にわかってしまう。
「勝負はついた。ニオを返せ」
「――そう、ですね」
一瞬、アダムは完全に降参したように見えた。しかし、胸倉をつかまれたまま浮遊し、カイムを振り払う。
二人が足をつくと、アダムが剣を垂直に構える。
「負けるとわかっていても、私には戦わなくてはならない理由があるのです」
言うと、そのまま突っ込んできた。捨て身のような攻撃に、カイムは反射的に身を屈め躱すと、ブレードで腹から胸にかけて切り上げた。
「……負けるとわかって、なぜそんな攻撃をした」
アダムは今の一撃に倒れた。カイムはブレードを振って血を払い、伏せるアダムへ問いかけた。
「なに、簡単な……ことですよ……」
出血の止まらないアダムは、細くなっていく呼吸で、カイムへ告げる。「真の目的のため」と。
「わからない。死んでまで、何を成す」
「……運命からの、解放とでも、言いましょうか……あるいは……」
神からの解放。アダムはそう言うと、最後の力でブレードをカイムへ向けて投げた。決して攻撃などではない。ただ投げ渡しただけだ。
「それは、一種の情報端末でもあります。ニオ・フィクナーの全データもそこにあるので、体に近づければ、彼女が自然と移るでしょう」
「……それで、ニオの体はどこだ」
「この下……最上階に置いてあります……急がれることを、お勧めしますよ」
「お前は……」
「……それ……では……」
その言葉を最後に、アダムはこと切れた。やりきれない感覚にため息を漏らしつつ、アダムのブレードを拾う。
「行くか」
もう、夜の闇はそこまで来ていた。カイムはアダムをそのままに、東京都庁最上階へ降りていく。




