意味なき戦いの果てに
「カイムでも五分が限界って、イヴっていったいなんなのさ」
廃ビルの上で、ニオはアダムに問いかける。カイムは今も押し寄せる機械兵を薙ぎ払いながら、イヴの鉄塊を避けている。
「あんな即興で弾丸代わりの鉄塊創って飛ばしたり、あれだけの機械兵操ったりしてさ……君もそんなことできたりするの?」
「いえ、私はあくまで神の器として造られましたから、あのような人間らしからぬ力は持ち合わせていません。イヴは――緊急時用の迎撃ポッターとでも言いましょうか」
どういうことかとニオが訊けば、アダム――神でも想定不能な相手があらわれたときに戦うために造られたそうだ。
「元は、感情をもたないポッター……いえ、AIに近い存在でした。意思を持たず、私に従い、緊急時に盾となり剣となる。それがイヴです」
「その割には、君が死んですっごく悲しんでるみたいだけど?」
「……私が、人間の感情を学ぶ際、「愛」を知ったからでしょうね」
愛。アダムは、人間の根幹となる感情は闘争心と愛の二つだと言う。
「人間に近づくため、私は愛を学んだ。そして愛を向ける相手として、イヴに自我データを与えました。ですが、ロクな機材もなく与えたことから、不安定になってしまった……ですから、私はその責任を取るため、イヴとずっと一緒にいると誓い、後天的だとしても、感情を豊かにしたいのです」
「長々と丁寧に話してるけどさ、要するに事を急いだらヘマしちゃったから挽回したいんだろう?」
「まぁ、ええ……はい、その通りです」
「で、その方法は?」
ニオとは相いれない。アダムはそう思いながらも、ブレードの刃の部分を開いた。まるで横長なノートパソコンのようなブレードにはモニターとキーボードが付いていた。
「私の言う通りに打ち込んでください。それでイヴを無力化します」
「……それだけ?」
「何か問題でも?」
「いや、わざわざボクとカイム離したんだから、もっと複雑なことするのかなって……」
「複雑ですよ。内部からコントロールする私と、外部から打ち込む人の手がいりますからね」
「もしかしてだけど……この状況を作るところまで、読んでたの?」
アダムは「さあ?」と、もし体があれば両手を広げてお道化ているような口調で答えた。ニオもカイムと似たため息を漏らしつつ、言われた通り打ち込んでいく。
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連射される鉄塊をブレードで弾き、機械兵たちにぶつける。更に群がってくる機械兵たちを盾にし身を隠し、牽制としてイヴへ弾丸を放つ。
逃げの一手ばかりのカイムが五分と言ってしまったことを後悔するころ、Iドロイドからニオの声がする。
「お待たせ! イヴを無力化するプログラムは完成したよ!」
「……とっとと寄越せ、いい加減疲れた」
スネークの地下研究所から地下鉄へ逃げ、それからニオが倒れアダムと戦い、イヴと無数の機械兵の相手までしている。いくら戦場渡りで鍛えられたカイムでも、そろそろ一休みしたいのだ。
「疲れてるところ悪いけど、君には最後の仕事があるよ」
アダムのブレードが飛んできた。受け取ると、アダムの声がする。
「これをイヴの胸に刺してください」
「ちょっと待て、簡単に言うが、アイツの周りはマギアがガチガチに固まってる」
「そこはご安心を。言っていただければ、三十秒間無力化できます」
「三十秒……無理ではないか……だがいいのか? 刺せば当然だが、ただでは済まないぞ」
「そちらは気になさらず。さぁ、行ってください」
なにが行ってくださいだ。カイムは嫌気がさしながらもアダムのブレードを右手に持ち変え、浮遊した。
「いた、いた、いた」
もはやプロトのように壊れて見えるイヴへ、カイムは突っ込んでいく。放たれる鉄塊を斬り落とし、距離を詰める。
「グッ……」
やはり、イヴの周囲はマギアにより金色の壁ができているようだった。貫こうとするが、その前に鉄塊を喰らってやられるのがオチだろう。
「アダム!」
「了解しました」
カイムの声に、アダムはブレードを光らせた。イヴ周辺のマギアを無力化する周波数を放ち、ようやくカイムが距離を詰められた。
「これで……!」
目の前まで近寄った。あとはブレードを突き立てるだけだが、イヴは両手で刃を掴んだ。
「これは、兄さんの物。返せ、返せ、返せ!」
刃を握る手のひらが裂けても、イヴは離さなかった。カイムはそうまでして誰かを想うことなどないので、この執着心に身が引けてしまう。
「急いでください! もうあと十五秒です!」
「わかって、るんだよ!」
カイムの言葉が乱暴になる。これもまた怒りから来るものだ。なぜ、こうまでして復讐相手ではない奴らと戦わなくてはならないのか。
疲れもあり、カイムの怒りは増していた。お台場のドームを薙ぎ払った時のように、頭に血が上っていく。
「いい加減、終われ!」
ニオの造ったブレードを投げ捨て、両手で押し込む。胸まであと数センチといったところで、ダメ押しに頭突きを食らわせた。
フラッ、とイヴの力が抜けた瞬間、アダムのブレードを胸に突き刺す。空気が震えるような悲鳴を上げるイヴだが、カイムは渾身の力で貫いた。
ガクリと、イヴの頭が倒れる。地に落ちていくのをカイムは見送ると、肩で息をしながら、地上へ降りていく。
「終わった、のか?」
アダムのブレードを突き刺されたイヴは、ピクリとも動かない。機械兵たちもイヴが死んだからか、バタバタと倒れていく。
これでよかったのか。血の池を作りつつあるイヴの亡骸を見下ろしていると、アダムのブレードが勝手に浮かび上がった。
「ありがとうございます、カイム」
「アダムか、イヴはどうした。死んだのか?」
「いえ、死ぬ寸前に、このブレードの中に自我データを移しました。今は隣で、スヤスヤと寝ています――神の器から離れることができた……真の目的は、果たされました」
カイムが真の目的について訊くと、アダムは神からの解放とまた言う。
「私たちはポッターである体から出られませんでしたから……自害も封じられ、死ぬ寸前になるまで自我データは移せなかったのです。あなたのおかげで、こうして自由になれましたよ」
「ああ……そうか……はぁっー……」
疲れた。瓦礫の上に腰を下ろすと、ニオも飛んできた。
「お疲れさん。なにからなにまで本当にね」
「……まだ、俺の目的はなにも果たされちゃいない」
そうなのだ。アダムが仕組んだことにカイムは乗せられただけで、なにも成していない。
「神の居所が知れていない。人類軍も俺を放っておかない。なのに、これだけ疲れるとはな」
ゴロンと寝転がりたい気分だが、これだけ騒いだのだ。神も人類軍も嗅ぎつけてくるだろう。
とにかくどこかへ身を隠さなくてはならない。立ち上がろうとすると、アダムの声がする。
「なにもかもあなたにやっておいてもらって、なんの礼もしないとは言っていませんよ」
礼。カイムがブレードへ目をやると、刀身がチカチカと点滅している。すると、ニオの体が跳ねた。
「今、ニオ・フィクナーに神の所在地を送りました。それと、人類軍のアンドロイドの行動決定権を奪うプログラムも。お好きな方から復讐なさってください」
「……ニオ、本当か?」
「ちょっと待って、分析中――もう、変な罠はないね。本当の本当に言った通りだよ」
見ると、カイムは言葉を失った。記憶を取り戻してから「もしかすると」と思っていた神の正体が、ほぼ掴めたのだから。
深呼吸をしてから、よく考えてみる。カイムにとって復讐までの道のりが一気に縮んだ。これだけやったので、礼を口にしたりはしないが。
「それで、お前たちはどうするつもりだ」
全てにケリをつけに行く前に、カイムは道を作ってくれたアダムへ気を回した。ぶっきらぼうではあったが。
そんなカイムの問いに、アダムは丁寧さを失わない口調で「そうですねぇ……」と、ゆっくり口にする。
「体の予備はありませんが、あなた方が神を倒せば手に入れられなくもないです。ですが、まぁしばらくは、この中から人間を――世界を学ぼうかと思います」
「イヴのことを忘れてるよ」
すかさずニオが行った言葉に、アダムはクククと笑った。
「一からたくさんのことを教えますよ。そしていつかは、私がいなくても生きていけるようになるまで成長してくれることを願います。無論、私はずっとそばにいますがね」
とにかく、アダムとイヴに関しては片が付いた。復讐の道のりも見えたので、カイムは「さて」と立ち上がる。
「おいアダム、人類軍なら、お前たち二人でもなんとかなったんだよな」
「ええまぁ、そうですね。彼らの技術と神の技術では比べ物になりませんから。ただ、数だけはやたらと多いので、苦労すると思いますよ」
その数が欲しい。カイムはまず復讐すべき相手を決めた。
「殺す奴を殺したら、人類軍を乗っ取る。その戦力で神に挑む」
「大層なことで……付き合わされるボクの身にもなってほしいよ」
いやなら来なくていいと言いかけて、ニオが「今度は離れない」と先回りした。
「では、最後のプレゼントとして、軍用ヘリとアンドロイドを用意しましょう。それでアメリカまで飛んでください」
日本を離れる。カイムは戦場渡りから長く居着いた日本からアメリカの軌道エレベーターに向かうのだ。
長い旅路になる。激しい戦闘になる。だとしても、やり遂げる。でなければ、カイムは己の人生に区切りがつかない。
休んだら向かおう。そう思っていると、近くから声がした。
「人類軍と戦うのは、しばらくやめてくれないかな」
声の主は、白衣を着たつぎはぎだらけのスネークだった。カイムがなにか言う前に、スネークはアダムのブレードを一瞥し、後ろを指差す。
「場所を移さないかい? 大事な話があるんだ」




