第13話
即位記念日もなんとか平和に済み、ラナロ伯爵家と子爵家の入れ替わりのゴタゴタも落ち着いてしばらく経った。
チェリーナはお嬢様を呼びつけることも会いに来ることもなくなった。
子爵令嬢になった自分を見せたくないのだろう。
そして、ラント子爵との婚約は「なんで私が子爵と結婚しなきゃならないの!?」と、突っぱねているとのこと。
現実を全て受け入れるには時間がかかりそう。
私はセグレトさんと再会することができた。
新しいお屋敷に移る前に彼が会いに来てくれて、お庭を歩きながら何度か話をした。
「屋敷を去る時、旦那様に引き止められた。これからは大事にするからと……弱りきった顔で、騒動の後では後任も中々見つからないのだろう。後ろ髪は引かれたが、さすがに断ったよ」
心底ほっとする私に彼は笑った。
「新しい主を見つけたよ。ドナート伯爵という方で、評判によると仕事熱心で穏やかだ。お会いした感じもその通りのようだ」
嬉しそうな彼に、笑顔で相づちを打つ。
「夫婦で屋敷に住むなら、部屋を用意すると言ってくれている」
胸がドクンと、驚くほど跳ねた。
彼は立ち止まって、優しい眼差しで見下ろしてきた。
「来てくれるか?」
「はい」
「もちろん、お嬢様のご結婚が済んでから」
「はい!」
私達の願いが通じてか、伯爵令嬢となったお嬢様はクラリオン伯爵とご婚約した。
クラリオン伯爵の方からぜひにと申し込んできたのだ。
屋敷中の者が伯爵夫人に相応しい大丈夫だと説得するなか、お嬢様は最初は驚き戸惑ったが、伯爵と何度かお会いしてご決心なさった。
正式に婚約が成った日は、私と手を取り合って喜びを分かち合った。
私は天にも昇るような気分だった。
お嬢様の言った通り、ふたり同じ日に結婚するかもしれない。
歌い踊り出しそうな幸せに浸っているところへ、伯爵からお嬢様へドレスが贈られてきた。
さっそくお召し替えを手伝った。なめらかに輝く上等の絹のドレスで、薄紅色も愛らしいお嬢様によくお似合いだ。それからドレスに合うお化粧と、真珠の耳飾り。
「どうかしら?」
「お似合いです」
美しく装ったお嬢様を一番に見られるのは、メイドの特権だ。
伯爵の婚約者を飛び越えてお姫様のようだと、うっとり眺めていると、元婚約者ラント子爵が部屋に乗り込んできた。
彼にしては大胆な行為だ。それだけ、お嬢様に未練があるのか。
茶髪に大きな黒目、色白で細い、相変わらず絵本の王子様のようでいて小鹿っぽさのある子爵は、お嬢様の姿を見て唖然とした。
その顔はみるみる泣きそうになり、お嬢様が手の届かない遠くへ行ったことを実感しているようだった。
しかし、子爵は震える指を突きつけてきて、子供のように喚いた。
「私の手紙を読んで、なんとも思わなかったのかい!? 君がそんな薄情だったとは! それとも、子爵の私より伯爵のクラリオン様がいいとでも!?」
「お手紙?」
お嬢様は当然なんのことかと狼狽えた。
「お嬢様は、お手紙を読んでいません」
後ろに控えていた私は、一歩踏み出して言った。
「お嬢様にはお知らせせず、お手紙は母が、ハウスキーパーが処分しました」
「な、なんだって!?」
おふたりが驚いた顔を向けてきた。
「なぜ……?」
お嬢様は困惑顔。今まで、そんな勝手な真似をされたことはないから当然だ。
「お嬢様にお渡しする必要はないと判断したからです」
私は顔をお嬢様から子爵に向けた。
「お嬢様はラント子爵にご婚約を破棄されて、ひどく傷つけられました。また、傷つくことが書いてあるのを警戒したのと、クラリオン伯爵にお会いする前の、大事な時でしたので」
言い終えると、ラント子爵を睨みつけそうになり、急いで目を伏せてさがった。
「……ありがとう」
しんとした空気を破ると、お嬢様が私に微笑んだ。
「ありがとう!? し、叱らないの!?」
狼狽えるラント子爵にお嬢様は静かに向き合った。
「私は、手紙を読まなくてよかったと思っています。たとえ、読んでいたとしても……クラリオン伯爵に会っていました」
「なに!? それって、私より、やっぱり」
また震える指を突きつけようとする子爵に構うことなく、お嬢様は私の方を向いた。
「新しい出会いに目を向けてと、ソフィアが言ってくれたでしょう。ルギア様のお手紙よりなにより、その言葉が一番心に響いていたと思うの」
「お嬢様……」
晴れやかに笑いかけてくださるお嬢様に、涙しそうになりながら笑顔を返した。
お嬢様は子爵の方を向き姿勢を正した。
「さようなら、ルギア様。悲しい思い出が残りましたが、私はあなた様の幸せをお祈りいたしますわ。身勝手をお許しください」
「はわああ……」
青ざめ汗を流す子爵に、お嬢様はさっと背を向けた。
お顔には、涙が伝っていた。
「み、身勝手だ! 身勝手だ!」
指を振り喚きつつ、フラフラと扉まで後ずさり、ラント子爵はお帰りになった。
身勝手はお互い様です。
お嬢様の対応、胸がスッとしました。
もう二度と、お会いすることがなければいいけど。
ほっとしたのもつかの間、ある心配が浮かんだ。
チェリーナと結婚するのよね。強気なチェリーナと弱気なラント子爵。以外に相性が良さそう。ふたりタッグを組んで、またなにかやらかしそう……。
「お嬢様、ラント子爵とチェリーナ様のこと、もう気になさらないでください……」
私の心配を察してくださり、お嬢様はこう言った。
「一度噂になった者同士、また噂が立つかもしれないけれど、今度は気にしないわ。レオン様と約束したもの」
お嬢様は芯のある笑顔を見せてくれた。
私は心から、お祝いの笑顔を返した。
思えば今まで、お嬢様が頼れる男性は居なかった。
クラリオン様になら、安心して大事なお嬢様を任せられる。
「ソフィアも、結婚のお話は進んでる?」
ニッコリしたお嬢様に、私は照れて顔を下に向けた。
「ふふ」
お嬢様の嬉しそうな笑い声が聞こえて、それから
「みんな、好きな方と幸せになれればいいのに……」
というつぶやきが、胸に残った。
♢♢♢♢♢♢♢
後日、ラナロ子爵家のチェリーナは客間で一人の若き子爵と対面していた。
その人は、チェリーナが駄々をこねて訴えた結婚してもいい相手 “カッコよくて、私より年上で、お金持ちで、私の言うことを聞いてくれる人で……” など数多の条件のいくつかを満せばいいかと、夫妻が探して見つけたのだった。
国王公認の婚約者ラント子爵を差し置いて、新たな婚約者選びなど問題だと揉めに揉めたが、そこはまた次期国王たる王子がお出ましになり「結婚のような喜ばしいことで揉め事はよくない」と許可してくれた。
両親としては娘のわがままを叶えずにはいられなかったので感謝に絶えず、チェリーナは泣きわめいて暴れて満身創痍だが粘り勝ちだ。
ラント子爵から反論はなかった。彼は静かに全てを受け入れた。早くからヘトヘトな様子であったが、現在は屋敷で療養中とのこと。その後の子爵について、ラナロ家の人々は誰も追うことはなかった。
チェリーナは目の前に立つ、若木のようにほっそりとした青年をチェックした。
プラチド・バローネ子爵。
クラリオン伯爵系の顔をしてる。栗色の髪も艶があって綺麗だし、黒い瞳もなかなかいいじゃない。なんだか眠そうっていうか力がない気がするけど、反抗的よりはいいか。
私より年上だし、少しだけど背が高いし、ルギアよりは高いし、ルギアみたいに細くてなんだか弱々しいところも気に入ったわ。全体的に従順そう。気に入ったわ。
チェリーナはニッと笑った。
そんな満足げな彼女に、バローネが呟くように聞いた。
「私でいいんでしょうか? 私は、気弱で……すよ?」
「いいのよ。そういう人がよかったの。待ってたのよ」
チェリーナはバローネの腕にしがみついて体を預けた。
バローネは支えきれずによろけた。




