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ステルスメイド〜お嬢様、婚約破棄の件は私にお任せください〜  作者: 紅薔薇みらの


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第12話

 翌日未明、計画は実行された。


 子爵の密告がギリギリ間に合い、焼き討ちの実行犯達はギルドに配備された兵達と鉢合わせになった。


 小競り合いの末、窓が割られ火が投げ込まれたが、小さく燃えたに過ぎなかった。

 しかし、窓から入り込んだ数人によって、ギルドマスターは袋叩きにあってしまった。


 ラナロ伯爵の屋敷にも実行犯は向かっていたが、こちらは兵達と硬い鉄の門に阻まれてなにもできなかった。

 しかし、騒ぎはしっかりと屋敷内に伝わり、伯爵夫妻とチェリーナは恐怖に震える一夜を過ごした。

 メイドはじめ屋敷の者は、一斉退職の準備に余念がなかった。


 兵達の手を逃れた実行犯達と、計画が漏れて成果が微妙になっていることを知った計画者達の不満と怒りは、王のために造られた船に向かった。


「元はと言えば、王がラナロ伯爵を貿易管理者に任命したのが原因だ!」


 それも、ラナロ伯爵の父である先代伯爵が王を長く支えた忠臣であり、病で亡くなる前に“どうか、息子達によいお役目を”との遺言を聞き届けての任命だった。

 貿易は国の(かなめ)の一つで、人事は遺言などで決めるべきではないと意見があったが、王は聞き入れなかった。そのため、経験もない上に、仕事は金目当てでしかない伯爵が管理者となってしまったのだ。


「人選ミスだ! バカ!!」


 港は警備兵が配置されておらず、怒りの火の手が次々と船に投げ込まれた。

 王の即位40周年祝いの出港を待っていた船は、一晩中燃えながら海の藻屑となった。

 報告を聞いた王は、バルコニーで泣きながら、遠い港で燃えている船を見ているしかなかった。


 王の即位記念日、数日前の悲劇だった。


 翌朝、この事件を、ソフィアはお嬢様と奥様と共に、伝令から聞いた。


「恐ろしいわ……」


 お嬢様と奥様は寄り添って震えた。


 ソフィアも母と奥様のメイドと寄り添い、顔を曇らせた。


 船が燃えて、王の個人的な怒りに触れてしまった。

 王が冷静さを失わず、処罰を下せればいいが。

 子爵に災難が振りかからなければいいが。


「お父様と伯父様は大丈夫かしら?」


 お嬢様も同じ心配をして、奥様にそっとしがみついた。


 子爵は夜の内に、城に向かっていた。

 今頃は、王の前にいるかもしれない。


 ソフィアは子爵の無事を、天に祈るしかなかった。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 玉座に座る国王の前には、ラナロ伯爵が呼び出されていた。

 他に、玉座の隣に世継ぎの王子が立ち、伯爵が暴れた時のために数人の兵が伯爵の後方に控えていた。


 王は立ち上がり、二重あごを震わせて言った。


「よくも、恩を仇で返してくれたな!」


 膝をついて震える伯爵に向かい、王はつばを飛ばし身振り手振りを交えて激怒した。


「私はお前の父から受けた恩を息子のお前に、重要な貿易を任せる形でしっかりと返した。それなのに、お前は不届きにもそれを金稼ぎに利用し、民を苦しめ、挙げ句には反乱を招き私の船まで燃やさせた!!」


「も、燃やさせたなど、酷い勘違いです。ヒドイ……」


「言い訳などいい!」


「父上、落ち着いてください。お体に悪いですよ」


 王子が片手を伸ばし、優しく微笑んだ。


 きらびやかな宮廷服(きゅうていふく)が誰より似合っている。亡き王妃に似て美しく優しい一人息子を、王はなにより優先していた。


 王の気が緩んだので、伯爵はここぞと膝を進めた。


「そんな、私は只々、陛下のおん為に金を、いえ、税を……即位記念のために必要だと思い……」


 子鹿のような瞳で見上げる伯爵に、王は情が湧き気が弱くなったが、そんな己を戒めてフンと横を向いた。


「だが、全て燃えてしまった! お前のやり方が間違っていたからだ!」


 王に指を突きつけられて、伯爵は床に両手をつきうなだれた。


 身勝手な金集めをしたこと、言い逃れはできなかった。

 共犯のギルドマスターはすでに罪を認めていた。

 その手下共では、自分の罪をなすりつけられない。

 なすりつけられるのは、ただ一人。


 ラナロ伯爵は両手を絡めて祈りながら、背すじを伸ばして王に訴えた。


「聞いてください、陛下。私は、ラナロ子爵に、弟に(そそのか)されただけです」


「その手は食わんぞ」


「え?」


「子爵は何度も私に手紙を寄越していた。伯爵のやり方に民が苦しんでいる、止めてほしいとな」


「アイツめえぇ……」


 同じ内容を自分にも訴えてきた時、黙って見ていろと言ったのに。


 床を睨む伯爵を、王はじろりと見下ろした。


「私は、先代ラナロ伯爵の遺言を大事にした。しかし、子爵や他の家臣達の言うことを聞くべきだった……」


 王は後悔の涙が出そうになり、目元を指で押さえた。


「父上、もう、お心を痛めないでください」


 王子が一歩前に出て、また優しく微笑んだ。


「そ、そうだな」


「それで、伯爵の処遇はどうなさいますか?」


 王は厳しい顔つきで、伯爵を見下ろした。


「民の反乱を引き起こした罪、万死に値するが」


 ヒッと息を呑み、伯爵は震えだした。


「もうすぐ、私の即位40周年だ。血で汚したくはない」


 伯爵と王子もほっとしたが、王はしかし、軽くは裁きたくないと思案した。


「そうだ! 閃いた! 弟と立場を入れ替えろ。今日からお前が子爵、弟が伯爵だ」


 伯爵は絶句して、ポカンと玉座に座った王を見つめた。


「それはいいですね」


 王子がニッコリした。


「子爵は物腰も考え方もお優しくて、気が合うと思っていたのですよ」


「よかったな。それに、子爵は反乱が起こると知らせてくれた。なかなか、見どころがあるようだ。これからは、伯爵としてお前を支えてくれるだろう。これからは、お前の国になるのだからね」


 微笑ましい親子に、取り付く島はなかった。


 うろたえる元伯爵に、王はまた厳格な顔を向けた。


「10代で即位した私を、今日まで支えてくれた家臣一族、そして国民全てと即位記念日を祝いたい。そのための、苦心の決断だ。よいな!」


 こぶしを振り上げる王に、元伯爵は成すすべもなく頭を下げた。


 虫の息の元伯爵を見ていて、王子はあることを思い出した。


「……そうそう、()()、娘のチェリーナは確か、ラント子爵と仲が良いそうではないか? 丁度よかったではないか」


 王子は屈託のない笑顔だったが、上に立つ者の有無を言わせぬ圧があった。


 子爵はありがとうございますと呟くしかなかった。


 その後、即位記念の恩赦で、捕らえられた実行犯達も釈放された。

 そして、反乱の計画者を探ることはせず、貿易関係者と国で話し合いの場が持たれることになった。

 この件は全て、時期国王である王子に一任された。


 これを聞いて、ソフィアはほっと胸をなでおろした。


 本当は、チェリーナにはメイドに身を落としてもらい、素晴らしい主を見つけて生まれ変わってほしかった。


 しかし、他人の人生、そう思い通りにはできないか。


 せめて、これからはお嬢様を見習って、子爵夫人としてなるべく慎ましく、ラント子爵と上手くやってほしいと祈るのみだ。難しいかもしれないけど。

 ラナロ家を早く出た方が、彼女にとっていいような気がする。


「ふぅ……」


 これで、私の復讐は果たせた。


 チェリーナは子爵と結婚。ラナロ家の伯爵と子爵は立場逆転。

 この結果は、予想以上に上手くいったと思う。

 セグレトやエンリカはじめ沢山の人に助けられた。

 王様もだが、王子様も噂に違わず優しい方のようで、優しいラナロ伯爵は家臣として幸せになれそう。


 後は、お嬢様……。

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