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ステルスメイド〜お嬢様、婚約破棄の件は私にお任せください〜  作者: 紅薔薇みらの


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第11話

 ソフィアはラナロ子爵家に戻ってすぐ、母カテリーナにセグレトと話したことを伝えた。


「ママから、旦那様にお伝えして」


 自分からより、信頼が厚いから信じてもらえる。


「一週間以内に、貿易ギルドが焼き討ちされるかもしれないなんて……わかったわ。王様は信じてくれるかしら? 旦那様に火の粉がいかなければいいけど」


 カテリーナは腕をさすって気を揉んだ。


「とにかく、旦那様に言ってくるわ。それにしても、セグレトさん……いい人だわね」


 結婚話を持ち出す時と同じように、キラリと光った母の瞳に、ソフィアは今回は笑顔を返しておいた。


 嬉しいことは続き、ビアンカから手紙が届いていた。

 結婚式を挙げたという知らせは、ソフィアの胸を幸せで温かくした。


 「お祝いの手紙を書かないと」


 そして、次に出す手紙には、お嬢様とできれば自分も、幸せな結婚をしたと書きくなった。


それにはまず、お嬢様のお世話だとメイド服に着替えた。


フリルのエプロンを締め、ホワイトブリムを装着。


「うん、やっぱり、ここのは可愛い」


 思わず笑みが出て、やる気が戻ってきた。


 お嬢様の部屋に行くと、扉がすぐに開いた。


「ソフィア、もう戻って来てくれたの!? 嬉しい!」


 お嬢様は泣きそうな笑顔で、抱きしめてくれた。


 ソフィアも嬉しさを隠さずに、そっと抱きしめた。

 お嬢様の体は相変わらず弱々しく、少し痩せたようだった。

 すぐに胸を心配が満たし、気を引き締めた。


「お嬢様、お食事は召し上がっていますか?」


 ソフィアはお嬢様を窓辺の椅子に座らせた。

 部屋を見回すと、家に戻ってきたようで安堵した。


「そういえば、お腹が空いてきたわ」


 お嬢様が以前のように自然に微笑んだので、ソフィアはさらに安堵した。


「では、お食事を用意いたします。それから、入浴したら髪を梳いてもよいでしょうか? お顔にクリームも塗りませんと」


 気持ちが急いでいた。


 クラリオン伯爵が、お嬢様に会いにくるかもしれないから。


「ふふ、さっそく、私のお世話に忙しいわね」


 お嬢様は嬉しそうに言ってから、ふいに眉を寄せたお顔を見せた。


「チェリーナ様のお世話、大丈夫、だった?」


 酷い扱いを受けなかったかと、暗に聞いているのがわかった。


「はい」


 これ以上チェリーナのことで余計な思いはさせないために、なにも言わないことにした。そして、安心させるためにニッコリしてみせた。


「……伝えたいことは、言えた?」


「はい」


「よかった……伝えたことって?」


 どう答えようかしばし悩んだ。


「チェリーナ様に関わる、あるお噂です」


「噂……」


 お嬢様の胸がズキリとしたのがわかった。


「それは、私の勘違いでした。単なるお噂でした。気にすることはありません」


 明るく言って、優しくお嬢様の肩に手を触れた。


 お嬢様はしばし黙っていたが、やがて表情をやわらげてうなずいてくれた。


 その後、食事と入浴を済ませてから、久しぶりに髪を梳かせてもらえた。椿油を染み込ませ、痛くないよう丁寧にクシを使う。


「実はね、クラリオン伯爵が……私に会いたいとお手紙に書いてあったの」


 ソフィアもクラリオン伯爵の話題を出したかったので、お嬢様の口から出て驚いた。


 パーティーでクラリオン様がお嬢様に会いたいと言っていたのは、嘘ではなかった。


 嬉しい展開になりそう。


 だけど、お嬢様の心にはまだラント子爵が……


 ドレッサーの鏡には、やはり、お嬢様の思い悩む顔が映っていた。


 実は、ラント子爵からお嬢様宛に手紙が来ていた。

 チェリーナに門前払いされて不安にでもなったのか。

 しかし、執事から受け取った手紙を母が「私が全ての責任を取るわ」と言って握りつぶした。


 私も黙って見ていた。


 その時、母も言っていたが、お嬢様は今が大事な時。


 過去に(わずら)わされている時間はない。


 なんとか、伯爵とお会いするよう説得しないと。


「お嬢様、クラリオン伯爵様はお嬢様をとても心配しておられます。それに、誠実で素晴らしい方です。ぜひ、お会いになってください……ラント子爵のことはお忘れになってください」


 お嬢様が意見を求めているようだとはいえ、ここまでメイドの口出しすることではないし、こんなに意見を言ったことはなかったが、今は主従関係を気にしていられなかった。


 只々お嬢様にもう一度、幸せになってほしかった。


 畳み掛けたソフィアの瞳に、うろたえるお嬢様が映っていた。


「ソフィア、私……伯爵には、もうご心配いりませんと伝えたいの……でも、伯爵にお会いして、やっぱり、噂は本当だったなんて噂が流れたら……またルギア様を傷つけることになるわ」


 やっぱりまだ、ラント子爵のことを自分のことより優先している。親の決めた相手というだけなのに。

 お嬢様の一途さが政略結婚に縛りつけられていることが、痛ましかった。


 しかし、その婚約も破棄されている。


 そのことを、もう一度お嬢様に伝えるのは辛いが、前を向いてもらうためには仕方なかった。


 後はクラリオン様にお任せしよう。


「お嬢様、ラント子爵とのご婚約はすでに解消されているのですよ」


 お嬢様はやはり、傷ついた顔を見せてから下を向いた。


 ソフィアは極力優しく言い聞かせた。


「新しい出会いに目を向けてくださいませ」


「……ソフィア、ありがとう」


 お嬢様はまだ悲しげだったが、ソフィアに向ける微笑みは消えなかった。


 その日、クラリオン伯爵は本当にやって来た。


 お嬢様は綺麗に髪をアップにして、淡い水色の控えめなドレスでお会いになった。お化粧は口紅くらいしかできなかったが、それでもお嬢様は美しい。付け焼き刃だが身支度が間に合って、ソフィアはほっとした。


 お嬢様がやはりふたりきりにはなれないというので、おふたりの対面にソフィアは立ち会い、客間の隅に待機してドキドキしながら過ごした。


 目を伏せているソフィアの耳には、クラリオン伯爵のお嬢様を気遣う言葉が次々入ってきて、その優しい声色に涙しそうになった。


 お嬢様は涙を(こら)えて、謝罪と感謝を伝えている。その声にも明るさが出てきて、伯爵の声も明るくなった。


 おふたりならば……と、淡い期待をした。


 伯爵と子爵の娘では結ばれないかもしれない。

 それなのに、上手く行ってほしいという気持ちを抑えられなかった。

 ダメなら、クラリオン伯爵からお嬢様に素敵な方を紹介していただけないかしら? 伯爵の勧めならきっと間違いないから。


 そこで、セグレトを思い出した。


 確かに、素敵な方だけどお嬢様には紹介できないと動揺して、そのまま、セグレトに気を取られた。

 お嬢様を心配してくれたお礼と、お嬢様が少しお元気になられたこと、宝石を売らずに済んだお礼を、手紙でもいいから伝えたい。彼が無事でいられるかも気になる……。


 ソフィアが不覚にも、心ここにあらずになっていると、伯爵が言った。


「もっとお話したいが、子爵の留守に長居はできませんので、今日はこれで失礼いたします」


 “今日は” に、ソフィアはまた淡い期待をした。


「お顔を見れて安心しました。また、お会いしましょう」


「ありがとうございます……お気をつけてお帰りになってください」


 おふたりは笑顔で挨拶を交わした。


 レアと言われるクラリオン伯爵の笑顔!


 眼福(がんぷく)だわ。お嬢様といれば、また見れるかもしれない。

 

 ソフィアはさらなる期待に胸を踊らせながらお見送りして、お嬢様のそばに行った。


 お嬢様はソファに座って、頬が赤らんでうっとりしていた。お人形のように可憐なお嬢様に、ソフィアは嬉しくなった。


「ソフィア、お会いするように勧めてくれてありがとう。とても、素晴らしい方だったわ」


 ニッコリしたお嬢様に、ソフィアも笑顔を返した。


「クラリオン様のお顔を見た時、泣きそうになってしまったけど、なんとか堪えることができたの。でも、言葉が上手く出てこなくて、謝罪とお礼で精一杯だった……」


 お嬢様は残念そうに続けた。


「もっとお話したかったけど……また、どこかでお会いできれば……」


 お嬢様も淡い期待にはにかんだが、不思議そうな顔つきになってソフィアを見上げた。


「お父様、急にお城に向かわれたそうだけど、どうなさったのかしら?」


 焼き討ちの情報を持って行ったとは言えず、ソフィアは素知らぬ顔で首をかしげた。お嬢様もソフィアが理由を知っているとは思わなかったか、首をかしげるだけだった。


 子爵は夜に帰宅したが、心配させまいとしてか、お嬢様にはなにも言わなかった。

 ソフィアは母から、王に伝えることができたと聞きほっとした。


 これで、貿易ギルドに警備兵が派遣される。

 焼き討ち計画がどうなるか。

 ソフィアはもう結果を待つしかない。

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