用心棒
リクート商会の屋敷をあとにした夜の王都。冷たい夜風が吹き抜ける大通りを、三人の足音が重く響いていた。
「ど、どうするのさカイ……ッ! 追加投資がもらえないなんて絶体絶命だよ! ゴールドクラフトが本気で潰しにかかってきたら、僕たちの資金力じゃ一週間も持たないよ……!」
頭を抱えて蒼白になるロイドと、不安そうに眉を寄せるテトラ。
だが、二人の間を歩くカイは、月明かりの下でケラケラと愉快そうに笑っていた。
「焦るなバカ。金がねぇなら、頭と度胸を使えばいいだけの話だろ。大企業が新参者を潰す手口なんて決まってんだ。政治力で圧力をかけるか、材料を遮断するか、ネガティブキャンペーンで信用を叩き落とすかだ。……かかってこいってんだよ」
◇
だが、カイの予言は、翌朝には最悪の形で現実となった。
一号機の爆発的ヒットから一転、ビットストーン社に巨大な影が襲いかかった。
王都の魔導具市場を支配する既得権益の豚――貴族ギルド『ゴールドクラフト』による、徹底的な三重の嫌がらせが始まったのだ。
「カイ、どうしよう……! 注文のキャンセルが止まらないよ……ッ!」
地下研究室で、ロイドが青ざめた顔で頭を抱えていた。
街中に流されたのは、あまりにも悪質なデマだった。
『ビットグローブを使った冒険者が、土壇場で魔法が不発して魔物に噛み殺された』
『不気味なゴミ魔石を使った欠陥品だ。命が惜しけりゃ使うな』
「僕たちのビットグローブは、僕が全個体の動作検証をしてるんだ! 不発なんて絶対に起きないように品質管理は完璧にしてる!! 事故なんて起きるはずがないのに、誰も僕の言うことを信じてくれないんだよ……っ!」
ロイドが悔し涙をこぼす。だが、嫌がらせはそれだけにとどまらなかった。
「カイ……あたしたちの革の仕入れ網も完全に切られたよ」
テトラが唇を噛み締めながら報告する。
「牛革どころか、安価で大量に手に入る『羊の皮』すら、商人ギルドの圧力がかかって一平方メートルも売ってもらえなくなった。完全に材料を殺しに来てる……!」
さらに、店舗の周りにはゴールドクラフトが金で雇った荒くれ者や強い用心棒どもがつきまとい、買いに来ようとする客を物理的に脅して追い払う始末。
「ネガキャン、材料不買、そして暴力による営業妨害……大企業のテンプレフルコースだな」
カイは壁に背をもたれかけ、冷や汗ひとつかかずに不敵に笑っていた。
「どうするのさカイ!? 噂を打ち消すにしても、外に出ればあの強い用心棒たちが邪魔をしてくるし、材料もないんだよ!?」
「焦るな。まずは街の状況を探りに行くぞ」
◇
カイたちが王都の広場へ向かうと、甲冑の重厚な擦れ合う音と、怒号が響き渡っていた。
「包囲を狭めろ! 絶対に逃がすなッ!」
「路地裏に追い詰めたぞ! 相手は空腹でボロボロだ、一気に畳み掛けろ!」
見上げれば、ゴールドクラフトが金で動かした『帝国騎士団』の正規兵たちが、剣や槍を構えてスラムの路地裏へとなだれ込んでいくところだった。足元には、騎士団の重装兵数名が叩きのめされた残骸が転がっている。
「おい聞いたか!? 単騎で一国を落とすと噂される『ガルリオン一族』の生き残りが王都に潜伏してるそうだ!」
「主を持たないガルリオンは危険すぎるってんで、騎士団が総出で狩りに出ているらしいぞ!」
◇
入り組んだスラムの路地裏。積まれた空き箱とガラクタの陰に、一人の青年が潜んでいた。ボロボロの布を纏い、威圧感あふれる野獣のような瞳を光らせているが――そのお腹はぐぅぅぅと情けない音を響かせていた。
全身傷だらけで、何日も追手に追われてまともに食事を摂っていない。
表の通りからは、騎士団の重厚な靴音が刻一刻と近づいてくる。
「くそっ……こんなところで……」
青年が歯を喰いしばったその時、頭上からひょっこりと黒髪の顔が覗き込んだ。
「おい。腹減ってんだろ」
「!? 誰だッ!」
青年が跳ね起きるより早く、カイは手持ちの袋から温かいパンと水のボトルを取り出すと、青年の膝元へ無造作に放り投げた。
「食えよ。話はそれからだ」
青年は殺気を放ちながらカイを睨みつけたが、漂う香ばしいパンの匂いに勝てず、猛烈な勢いでパンを貪り喰らい、水を喉へ流し込んだ。
息をついたその時――ガチャンガチャンと重厚な甲冑の音が響き、路地の両端から『帝国騎士団』の捕縛部隊が雪崩れ込んできた。陣頭に立っていたのは、嫌味な笑みを浮かべる副団長だ。
「ハッ! 見つけたぞガルリオンの野良犬め! 逃げ場はないぞ!」
副団長が剣を突きつける。だが、カイは青年の前にひょいと足を踏み出すと、両腕を組んでヘラヘラと笑い飛ばした。
「おいおい困るな。こいつはもう、俺がすでに服従させてる(主になってる)んだよ」
「……はあ!?」
副団長どころか、後ろで立ち上がった青年自身が「ハァ!?」と目を剥いた。
自分より弱い平民の主など認めた覚えはない。誇りを汚された青年は激怒し、一族固有の地獄のような殺気を爆発させた!
ズォォォォォンッッ!!!
大気が歪むほどの圧倒的な威圧感! 街を滅ぼす種族の本気の殺気が狭い路地を支配し、副団長をはじめ帝国騎士団の面々は顔を蒼白にして膝をガクガクと震わせた。
(ひ、ひえぇぇっ……! なんだこのバケモノじみた殺気は……っ!? 本当に服従して、命令で殺しに来る気か!?)
カイはその殺気を背に受けながら、不敵にニヤリと牙を剥き、副団長を指さした。
「おい、見たろ? こいつは俺の最高の下僕で、俺のボディガードだ。……俺に手を出してみろ。こいつが許さねぇぞ?」
「くっ……! 撤退だ! 一旦引き揚げるぞ!!」
本気のガルリオンを相手にすれば部隊が全滅すると判断した副団長は、冷や汗を流しながら引いていったのだった。
◇
帝国騎士団が引き揚げ、静けさが戻った路地裏。
青年は激怒の形相でカイに向かって拳を握りしめた。
「おいテメェ! 誰が服従しただと!? 俺を服従させたいなら……まず俺を倒してみろッ!!」
青年は地蹴り一閃、爆風のような踏み込みでカイへ肉薄した!
空腹が満たされたことで蘇った一国を叩き潰す一族の凶悪な拳が、カイの顔面を目がけて一直線に叩きつけられる――!
だが、その破滅的な一撃がカイに届く直前。
シュッと風を切る音とともに、頭上から一筋の影が舞い降りてきた。
アルシェの専属護衛――ガルリオン一族のミーズだ。
ミーズは襲い来る青年の巨腕に対し、無理に正面から受け止めはしなかった。流れるような円運動――『回転の力』を用いて、相手の打撃のベクトルを指先と掌で優しく包み込むように擦り合わせたのだ。
グルンッ!
青年の放った絶大な運動エネルギーが、ミーズの回転運動によって丸ごと受け流される。凄まじい勢いで自身の拳に振り回された青年は、空を切って体勢を大きく崩し、地面へ滑り込むように崩れ落ちた。
「なっ……!? 俺の拳が流された……!?」
青年が驚愕して顔を上げると、そこには見覚えのある美しい女戦士が冷ややかな視線で見下ろしていた。
「相変わらず力任せな拳だな……ギーズ」
「ミ……ミーズ!? なんでここに……!?」
青年の名はギーズ・ガルリオン。驚愕してひっくり返りそうになるギーズへ、ミーズは淡々と告げた。
「ガルリオンはガルリオンで止めるのが一番手っ取り早いって、私の主が向かわせたんだよ」
ギーズは、ぽつりと吐き捨てた。
「そうか。ミーズはもう主を見つけたんだな」
「ところで試練は終わったのか?」
「ああ……一族の試練が終わって、追い出されたんだよ。行くあてもねぇから、この街にたどり着いたんだ。帝国には強い奴はいるだろうしな」
「なるほどな」
カイが口元を歪めてニヤリと笑った。
「なあギーズ。まだ主人が見つかってねぇなら……主が見つかるまでの間、俺たちの『ビットストーン社』の用心棒として働かないか?」
「用心棒だと!?」
「そうだ。給料と美味いメシを保証してやる。ゴールドクラフトの嫌がらせから俺たちを守るのがお前の仕事だ」
ギーズはミーズの顔とカイを交互に見つめ、舌を鳴らした。
「……ちっ、分かったよ。主が見つかるまでの間だけだからな! メシと給料はたっぷり払えよ!」
材料を絶たれ、デマを流され、暴力で脅されていたビットストーン社。
だが、ガルリオンのギーズを「用心棒」として獲得したことで、社を守る最強の壁が完成した。
「よし……それじゃあ反撃開始だ!」カイの目がギラリと輝く。




