↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/13

シリーズA

王都の一等地。夜の闇に沈むリクート商会の豪邸は、異様な静けさと冷気に包まれていた。


「ひ、ひぃぃぃっ……! カイ、ロイド! なんでお茶を出してくれたメイドさんの首が、百八十度後ろを向いてるの……ッ!?」


「気にするなテトラ。この屋敷のメイドは全員アンデッドだ。首が取れても文句一つ言わずに働いてくれる従業員だからな」


「そういう問題じゃないよぉぉっ!」


豪華な応接室のソファで、ガタガタと震えながらお茶をすするテトラ。ロイドも緊張で顔を青ざめさせ、背筋をピンと伸ばしている。


その時、重厚な扉が音もなく開き、部屋の温度が一気に数度下がった。


「――随分と賑やかね、私の犬たち」


現れたのは、真紅のドレスに身を包んだ妖艶な女――死霊術士であり冷酷な投資家、アルシェ・リクートだった。


彼女が足を踏み入れた瞬間、空気が重圧(プレッシャー)に変わった。

ただ歩いているだけなのに、息を吸うことすら苦しくなるような圧倒的な魔力の密度。まるで目に見えない巨大な手が首を絞め上げてくるような錯覚に、ロイドとテトラは完全に声を出せなくなり、ソファに釘付けになった。


(……相変わらず、バケモンみたいなオーラ出しやがる)


カイも内心で冷や汗を流しながらも、必死に平静を装い、不敵な笑みを貼り付けてふんぞり返った。


「お招きにあずかり光栄だぜ、アルシェ。出資してもらった手前、きっちり結果を持って挨拶に来た」


カイはずしりと重い革袋をテーブルに放り投げた。チャリン、と中から溢れ出したのは、たった数日で稼ぎ出した大量の金貨だ。


アルシェはソファにゆったりと腰を下ろし、ワイングラスを受け取ると、冷酷な瞳で卓上の金貨と漆黒の手袋【Bit Glove】を見下ろした。


「報告はミルシーから聞いているわ。ギルドで不要になった魔物の汚物(魔石)をタダ同然で買い叩き、この手袋に術式を印刷して売り捌いているそうね。……利益率は九九パーセント。シード期の目標は完璧にクリア。見事な数字よ」


「へっ、ロイドの頭脳とテトラの機械があれば当然の結果だ」


「ええ。市場の底辺を拾い集めたにしては、よくやったわ」

アルシェは手袋を指先でなぞり、面白そうに目を細めた。


「今の王都のスクロール市場は、完全に腐敗しているもの。……知っているかしら? 現在、魔法スクロールの原料となる『星光の魔鉱石』が採れる鉱山は、すべて上流貴族や『ゴールドクラフト』のような大企業が独占・管理しているのよ」


「独占……」ロイドが息を呑む。


「そう。連中は市場の供給量を意図的に絞り、毎年少しずつ価格を釣り上げている。原料が高騰すれば、当然スクロールの値段も跳ね上がる。貴族たちが中抜きして私腹を肥やすためにね。結果として、今のスクロールは『性能と価格が全く見合わないボッタクリ商品』に成り下がっているわ」


アルシェは冷たく鼻を鳴らした。


「そこへ、原価が銅貨十枚の『壊れない魔法の手袋』を金貨一枚でばら撒いた。性能はスクロール以上、価格は数分の一。……痛快な市場破壊(ディスラプト)ね。だが、当然連中が黙っているはずがないわ」


アルシェの目が、スッと細められた。


「ゴールドクラフトが、あなたたちを潰すために動き始めているわよ。政治力を使って販売を差し止めるか、圧倒的な資本力で粗悪なコピー品を大量生産して市場を制圧しにくる」


「上等だ」カイが即答する。

「連中が動く前に、王都中の冒険者にビットグローブを行き渡らせてやる。現場の人間が『これがないとダンジョンに潜れねぇ』って依存するレベルまでインフラ化しちまえば、貴族だろうがおいそれと手は出せなくなる」


「……インフラ化。言うのは簡単だけど、あなたたちの今の生産力じゃ絶対に間に合わないわよ」


アルシェはワイングラスを傾け、妖しく微笑んだ。


「だから、私が助け舟を出してあげる。――ビットグローブを量産するために、私の『アンデッド』を工場に使いなさい」


「……あ?」

カイの眉がピクリと動いた。


「私の死霊術で作ったアンデッド労働力なら、食事も睡眠も不要。文句一つ言わず、二十四時間不眠不休でプレス機を動かし続けるわ。これならゴールドクラフトのコピー品が市場に出回る前に、王都を制圧できる。追加投資として、アンデッド部隊を無償で貸与してあげるわ」


ロイドとテトラが顔を見合わせた。「二、二十四時間稼働……!」


魅力的な提案だった。圧倒的な量産力。大企業に勝つための最強のカード。

しかし――カイは低く笑い声を漏らすと、首を横に振った。


「断る」


「……何?」

アルシェの冷気が、一段と鋭さを増した。


「製造ラインに、あんたの操り人形(アンデッド)を入れる気はねぇ」

カイはテトラの方を見やった。


「俺たちの工場は、テトラが血と汗を流して作った機械と、職人のプライドで動いてんだ。そこに心を持たねぇ死体を入れて、何が『俺たちの会社』だ。量産のスピードは、俺たちのやり方で上げる」


「……下らない職人の意地で、会社を潰す気?」

アルシェの声音から感情が消え、絶対零度の冷酷さが部屋を支配した。


「合理性を欠く経営者に投資する金はないわ。アンデッドの導入を拒むなら……追加投資(シリーズA)は一切なしよ」


「……っ!」

ロイドとテトラが絶望に顔を歪めた。

追加資金がなければ、工場を拡張することも、新しい材料を大規模に仕入れることもできない。巨大なゴールドクラフトの攻撃を前に、丸腰で戦うのと同じだ。


「……後悔することね、カイ。資金も増援もない状態で、貴族ギルドの圧力とコピー品の波にどう立ち向かうのか。せいぜい無惨に潰れる姿を見せてもらうわ」


アルシェは冷酷に言い放つと、席を立ち上がった。


絶対絶命の状況。

だが、カイは立ち去ろうとするアルシェの背中へ向け、不敵な牙を剥いて笑い放った。


「へっ、見てろよアルシェ。追加投資がなんだ。俺たちの頭脳と、この手袋(プロダクト)だけで……王都の既得権益どもを、根こそぎハックしてやるよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。