シリーズA
王都の一等地。夜の闇に沈むリクート商会の豪邸は、異様な静けさと冷気に包まれていた。
「ひ、ひぃぃぃっ……! カイ、ロイド! なんでお茶を出してくれたメイドさんの首が、百八十度後ろを向いてるの……ッ!?」
「気にするなテトラ。この屋敷のメイドは全員アンデッドだ。首が取れても文句一つ言わずに働いてくれる従業員だからな」
「そういう問題じゃないよぉぉっ!」
豪華な応接室のソファで、ガタガタと震えながらお茶をすするテトラ。ロイドも緊張で顔を青ざめさせ、背筋をピンと伸ばしている。
その時、重厚な扉が音もなく開き、部屋の温度が一気に数度下がった。
「――随分と賑やかね、私の犬たち」
現れたのは、真紅のドレスに身を包んだ妖艶な女――死霊術士であり冷酷な投資家、アルシェ・リクートだった。
彼女が足を踏み入れた瞬間、空気が重圧に変わった。
ただ歩いているだけなのに、息を吸うことすら苦しくなるような圧倒的な魔力の密度。まるで目に見えない巨大な手が首を絞め上げてくるような錯覚に、ロイドとテトラは完全に声を出せなくなり、ソファに釘付けになった。
(……相変わらず、バケモンみたいなオーラ出しやがる)
カイも内心で冷や汗を流しながらも、必死に平静を装い、不敵な笑みを貼り付けてふんぞり返った。
「お招きにあずかり光栄だぜ、アルシェ。出資してもらった手前、きっちり結果を持って挨拶に来た」
カイはずしりと重い革袋をテーブルに放り投げた。チャリン、と中から溢れ出したのは、たった数日で稼ぎ出した大量の金貨だ。
アルシェはソファにゆったりと腰を下ろし、ワイングラスを受け取ると、冷酷な瞳で卓上の金貨と漆黒の手袋【Bit Glove】を見下ろした。
「報告はミルシーから聞いているわ。ギルドで不要になった魔物の汚物(魔石)をタダ同然で買い叩き、この手袋に術式を印刷して売り捌いているそうね。……利益率は九九パーセント。シード期の目標は完璧にクリア。見事な数字よ」
「へっ、ロイドの頭脳とテトラの機械があれば当然の結果だ」
「ええ。市場の底辺を拾い集めたにしては、よくやったわ」
アルシェは手袋を指先でなぞり、面白そうに目を細めた。
「今の王都のスクロール市場は、完全に腐敗しているもの。……知っているかしら? 現在、魔法スクロールの原料となる『星光の魔鉱石』が採れる鉱山は、すべて上流貴族や『ゴールドクラフト』のような大企業が独占・管理しているのよ」
「独占……」ロイドが息を呑む。
「そう。連中は市場の供給量を意図的に絞り、毎年少しずつ価格を釣り上げている。原料が高騰すれば、当然スクロールの値段も跳ね上がる。貴族たちが中抜きして私腹を肥やすためにね。結果として、今のスクロールは『性能と価格が全く見合わないボッタクリ商品』に成り下がっているわ」
アルシェは冷たく鼻を鳴らした。
「そこへ、原価が銅貨十枚の『壊れない魔法の手袋』を金貨一枚でばら撒いた。性能はスクロール以上、価格は数分の一。……痛快な市場破壊ね。だが、当然連中が黙っているはずがないわ」
アルシェの目が、スッと細められた。
「ゴールドクラフトが、あなたたちを潰すために動き始めているわよ。政治力を使って販売を差し止めるか、圧倒的な資本力で粗悪なコピー品を大量生産して市場を制圧しにくる」
「上等だ」カイが即答する。
「連中が動く前に、王都中の冒険者にビットグローブを行き渡らせてやる。現場の人間が『これがないとダンジョンに潜れねぇ』って依存するレベルまでインフラ化しちまえば、貴族だろうがおいそれと手は出せなくなる」
「……インフラ化。言うのは簡単だけど、あなたたちの今の生産力じゃ絶対に間に合わないわよ」
アルシェはワイングラスを傾け、妖しく微笑んだ。
「だから、私が助け舟を出してあげる。――ビットグローブを量産するために、私の『アンデッド』を工場に使いなさい」
「……あ?」
カイの眉がピクリと動いた。
「私の死霊術で作ったアンデッド労働力なら、食事も睡眠も不要。文句一つ言わず、二十四時間不眠不休でプレス機を動かし続けるわ。これならゴールドクラフトのコピー品が市場に出回る前に、王都を制圧できる。追加投資として、アンデッド部隊を無償で貸与してあげるわ」
ロイドとテトラが顔を見合わせた。「二、二十四時間稼働……!」
魅力的な提案だった。圧倒的な量産力。大企業に勝つための最強のカード。
しかし――カイは低く笑い声を漏らすと、首を横に振った。
「断る」
「……何?」
アルシェの冷気が、一段と鋭さを増した。
「製造ラインに、あんたの操り人形を入れる気はねぇ」
カイはテトラの方を見やった。
「俺たちの工場は、テトラが血と汗を流して作った機械と、職人のプライドで動いてんだ。そこに心を持たねぇ死体を入れて、何が『俺たちの会社』だ。量産のスピードは、俺たちのやり方で上げる」
「……下らない職人の意地で、会社を潰す気?」
アルシェの声音から感情が消え、絶対零度の冷酷さが部屋を支配した。
「合理性を欠く経営者に投資する金はないわ。アンデッドの導入を拒むなら……追加投資(シリーズA)は一切なしよ」
「……っ!」
ロイドとテトラが絶望に顔を歪めた。
追加資金がなければ、工場を拡張することも、新しい材料を大規模に仕入れることもできない。巨大なゴールドクラフトの攻撃を前に、丸腰で戦うのと同じだ。
「……後悔することね、カイ。資金も増援もない状態で、貴族ギルドの圧力とコピー品の波にどう立ち向かうのか。せいぜい無惨に潰れる姿を見せてもらうわ」
アルシェは冷酷に言い放つと、席を立ち上がった。
絶対絶命の状況。
だが、カイは立ち去ろうとするアルシェの背中へ向け、不敵な牙を剥いて笑い放った。
「へっ、見てろよアルシェ。追加投資がなんだ。俺たちの頭脳と、この手袋だけで……王都の既得権益どもを、根こそぎハックしてやるよ」




