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魔宝玉

テトラの作り上げた『魔導油圧プレス機一号』の導入により、量産体制の骨組みは一気に整った。

創業から二ヶ月。数々の失敗と試行錯誤を繰り返し、ようやく手に入れた量産体制だったが、研究室の作業台でロイドが頭を抱えた。


「カイ、大変だよ……! 魔石の在庫が完全に底をついちゃった!」


「なんだと? テトラの親父さんのとこにあった在庫もか?」


「うん! 油圧プレスで均一にインクを定着させるから品質は安定するんだけど、その分、調合用の魔石粉末が大量に必要なんだ。このままじゃ今日の夜にはラインが止まっちゃうよ!」


カイは腕を組み、不敵に口角を吊り上げた。


「へっ、量産の壁を越えたら、次は供給網(サプライチェーン)の確立だ。行くぞ、冒険者ギルドへ!」


◇


王立冒険者ギルド本部の最奥、重厚な扉で隔てられたギルド長室。

カイとロイド、そしてミルシーの三人は、威厳あふれるギルド長ジルドと向かい合っていた。


「で? ソロで深部に潜り込んでいたお前が、パーティーを組んだ挙句、ギルドに買い取りの相談だと?」


ジルドは太い腕を組み、鋭い眼光でカイを見据えた。


「ああ」

カイは卓上に肘をつき、真っ直ぐにジルドの目を見返した。


「ギルドで冒険者から討伐証明として回収したあと、使い道がなくて廃棄処分に困ってる『魔石』……あれを低級だけじゃなく、すべて俺たちに丸ごと買い取らせてほしい」


ジルドは眉をひそめ、嫌そうに鼻を鳴らした。


「すべての魔石だと? お前も知っての通り、魔石なんてのは魔物の体内で生じる気味の悪い『汚物』そのものだ。持っているだけで縁起が悪いと気味悪がられ、冒険者が討伐証明として提出した後は、処分費用を払ってわざわざ廃棄している。そんな汚物を全部引き取ってどうする気だ?」


「その気味悪がられる汚物を、俺たちが二束三文で全部引き取ってやるって言ってんだ。ギルド側は処分費用が浮いて万々歳、俺たちは原料が安く手に入って大助かり。悪い話じゃねぇだろ?」


ジルドはしばらくカイの顔を見つめていたが、やがてガハハと豪快に笑い声を上げた。


「ハハハッ! 面白い! 確かにあの気味の悪い処分品が金になるなら願ったり叶ったりだ! よし、王都ギルドで回収される魔石は、すべてお前たちに優先して格安で回してやる!」


「やったぁ!!」とロイドが歓喜の声を上げる。


「――だがな、カイ」

ジルドが急に表情を険しくし、低い声で付け加えた。


「例外がある。ごく稀にだが……ダンジョンの最深部で、古の魔物が落とす極上の魔石『魔宝玉』……あれだけは渡せんぞ。発見されれば即座に、金持ちの貴族や大企業が非公開のオークションで城が丸ごと買えるような値段で競り落としていくからな」


「魔宝玉、か……」

カイはチラリと背後のミルシーを振り返った。


「なあミルシー。アルシェ様もそのオークションで買ってんのか?」


「ご認識の通りです」

ミルシーは無感情なまま、静かに手帳へ視線を落とした。


「アルシェ様は闇オークションの筆頭顧客であり、競り落とされた多数の魔宝玉がリクート商会の地下金庫に保管されております。ただの鑑賞用として」


「まったく、あのお方も相当な物好きだな」


カイは苦笑いして肩をすくめた。


「まあいい、魔宝玉なんて今は関係ねぇ。魔石の独占供給ルートが手に入っただけで十分すぎる収穫だ。感謝するぜ、ギルド長!」


◇


その夜、リクート商会の屋敷の一室。

豪奢なソファに腰掛けるアルシェの前に、ミルシーが静かに佇んでいた。


「――以上が、この二ヶ月間の進捗報告となります。カイ様とロイド様は職人街のテトラ様を巻き込み、製造ラインの自動化と材料の供給ルート確保を完了いたしました」


アルシェはワイングラスを揺らし、妖艶な笑みを浮かべた。


「ふふ……たった二ヶ月で、資金調達から量産体制の構築、材料供給網の確保まで漕ぎ着けるとはね。思った以上に『使える』犬たちのようだわ。……引き続き、観察を続けなさい」


「かしこまりました」


◇


翌日。カイたちは手に入れた魔石でテトラが刷り上げた大量の試作品を携え、冒険者ギルドの広場へと繰り出した。


しかし――最初は誰一人として足を止めなかった。


「おいおい、なんだあれ? 討伐証明の『汚物』から作った手袋だって?」

「気味が悪すぎるだろ! 持ってるだけで不吉な魔石を手に嵌めるなんて冗談じゃない!」

「そもそも手袋で魔法が撃てるわけねぇだろ! 詐欺だ、詐欺!」


冒険者たちは遠巻きに冷ややかな視線を送るばかり。

ロイドがおどおどと「やっぱりダメなのかな……」と弱音を吐いたが、カイは不敵に口角を吊り上げた。


「へっ、マーケットが追いついてねぇなら、教育してやるまでだ。……ロイド、ミルシー、大げさに合わせろよ!」


カイは木箱の上に飛び乗ると、腹の底から声を出して両手を広げた。


「さあさあ! 王都の冒険者の皆さん、聞こえていますか!? あなたは今、こんなお悩みを抱えていませんか!?」


カイの大声に、広場の冒険者たちが「なんだなんだ?」と足を止める。カイはテレビショッピングの司会者のような、大げさで滑らかな営業トークを開始した!


「前衛職の皆さん! 目の前の敵を殴りたいのに、魔法使いの詠唱待ちで歯がゆい思いをしたことはありませんか!? 後衛の魔法使いの皆さん! 魔法スクロールをカバンから取り出すコンマ数秒の間に、敵の爪が迫ってヒヤヒヤした経験はありませんか!?」


周囲の冒険者たちが「あるある……」「スクロールは取り出すのが遅ぇんだよな」とザワつき始めた。


「そんなあなたに朗報です! 本日ご紹介するのはこちら! 既成概念を粉砕する奇跡のプロダクト――【Bit Glove(ビットグローブ)】ですッ!!」


カイは黒く輝く手袋をバッと掲げた。


「『でもお高いんでしょう?』『どうせ不気味な魔石のペテン商品でしょ?』……ええ、分かります! そう思うのも無理はありません! ですから本日、ここで! 実際の威力をみなさんの目の前でお見せしましょう!! おい、そこの伸び悩んでるCランクの戦士さん、ちょっと来てみな!」


指名された大柄な戦士が「お、俺か!?」と戸惑いながら前へ出された。


「このビットグローブを右手に嵌めて……そう! あっちの訓練用の分厚い鉄板に向かって、ただ『手を叩く』だけ! 詠唱も知識も一切不要! さあ、どうぞ!!」


戦士は半信半疑のまま手袋を装着し、標的に向かってパチンと手を叩いた――その瞬間!


ズバァァァンッッ!!!


一瞬の隙もなく、手のひらから放たれた巨大な火球が標的の鉄板を一瞬で溶かし、爆炎となって弾け飛んだ!


静まり返るギルド内。戦士は己の手袋を呆然と見つめ、次の瞬間、跳ね上がって叫んだ。


「う……うおあぁぁぁっ!? 俺の手から火球が出たぞ!? 剣を持ったまま、一瞬で放てた!!」


「ご覧いただけましたか!?」

カイが絶妙なタイミングで声を張り上げる!


「詠唱時間ゼロ! スクロールを取り出す手間ゼロ! 狙った方向へ手を向けるだけの圧倒的直感操作! しかも……一回使ったら終わりのスクロールと違い、なんと『100回』の連続使用に耐え抜きます!!」


「「「100回ぁぁぁぁっ!?!?」」」


広場が大爆発したような歓声に包まれた。


「すごい……! カイさん、これがあれば魔法適性のない冒険者だって……!」

受付カウンターのシエラも目を丸くして興奮している。


「買わせろッ! いくらだ!?」

「俺に売ってくれ! 金貨ならある!!」


「お待ちください!」カイが手を掲げて制する。「本来なら金貨五枚のところ……本日限定! 予約注文に限り、なんと【金貨1枚】でお届けします!! 売り切れ御免、早い者勝ちですよッ!!」


「買う! 十双くれ!」「俺もだ!」「金を払わせろーッ!!」


群がり、押し寄せる冒険者たちの波。

見向きもされなかった『汚物』のプロダクトが、カイの完璧な実演と営業によって、一瞬にして爆発的な熱狂へと変わった瞬間だった。


◇


数日後。地下研究室は熱気と数字の歓喜に包まれていた。


テトラが計算機を叩きながら目を輝かせる。

「初回予約注文、一〇〇双を突破したよ! ガルツ親父と作ったプレス機のおかげで、製造は完璧に追いついてる!」


ロイドも興奮気味に書類を掲げた。

「ギルドから処分価格で買い取った魔石のおかげで、原価は一双あたり【銅貨一〇枚】! なのに販売価格は【金貨1枚】で飛ぶように売れてる! 利益率は驚異の九九パーセントだよカイ!!」


「ハハッ! 最高だ! 既得権益の連中が捨てた汚物で、王都中の金を残らずかっさらうぞ!!」


カイとロイド、テトラの三人がハイタッチを交わす。

持たざる者たちのスタートアップ『ビットストーン』は、圧倒的な勢いで王都の市場を侵食し始めていた。


しかし、その歓喜の真ん中で、パタンと静かに手帳を閉じる音が響いた。


「……カイ様、ロイド様、テトラ様」


ミルシーが無感情な瞳で一同を見つめ、静かに告げた。


「アルシェ様がお呼びです。リクート商会に行きましょう」


カイは口元のニヤけを収め、己の右手に嵌めたビットグローブを一度見つめると、不敵に口角を吊り上げた。


「へっ、投資家様へのお披露目タイムか。最高の決算報告(数字)を引っさげて、挨拶に行くとしますか!」

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