エンジニア
「ハ……ハァ……ハァ……! 無理だ……腕が千切れる……ッ!」
魔法大学の地下研究室。
床に大の字で倒れ伏したカイは、荒い息を吐きながら肩を大きく上下させていた。
ボスの魔石と革手袋を組み合わせた『ビットグローブ』の原形は、ダンジョンでのテストで圧倒的な威力を誇った。だが、いざ製品として売り出そうとした瞬間、現実的な二つの壁が立ちはだかったのだ。
ロイドが手帳を開き、指を一本立てる。
「現在の課題は二つ。一つ目はインクの原料になる『魔石の仕入れ』ルートの確立だ。僕たちが毎回ダンジョンで拾ってくるだけじゃ、全然量が足りないよ。そして二つ目は……『グローブの量産』だ!」
「分かってんだよ……ッ!」
カイは床からバッと起き上がると、自分の腕を強く揉んだ。
厚手の革にインクを定着させるため、カイ自身の無詠唱結界を『高圧ピストン』に見立てて手動プレス機を全力で押し下げているが、一双刷るだけで魔力と筋力の半分が吹き飛ぶ。一日に刷れるのはせいぜい数双が限界だった。
「仕入れルートの相談と、冒険者たちが何を求めているか探るために、一度ギルドへ行くぞ」
ミルシーを伴い、三人は王立冒険者ギルドへと向かった。
◇
ギルドの重厚な扉を開けると、受付カウンターの前で激しい押し問答が起きていた。
「お願いだよシエラさん! あたしを冒険者にしてよ! 力だってあるし、何だってやるからさ!」
頭にゴーグルを乗せ、装備だけはしっかりした小柄なドワーフの少女が、必死の形相で受付嬢のシエラにすがりついていた。しかし、シエラは申し訳なさそうに首を振る。
「ごめんなさい……パーティーでない方は登録できない決まりなの」
ドワーフといえば力持ちで有名だが、小柄な女性となると戦力として敬遠され、どこも組みたがらなかったのだ。少女は悔しそうに足踏みをする。
「ソロの冒険者だっているだろ! ほら、あの黒髪のやつとかさ!」
少女が指差したのは、ちょうど館内に入ってきたカイだった。シエラは苦笑いを浮かべる。
「カイさんは別です。彼は無詠唱の結界術と体術に優れた特別な特例なんですから」
「そんなぁ……」
絶望した少女の腹から、ぐうぅぅと大きな虫の音が響き渡った。顔を真っ赤にしてお腹を抱え込む少女。あからさまにお金に困り、まともな食事も摂っていない様子だった。
「どうしたんだよ。腹すかせてるなら奢るぜ」
カイが声をかけると、少女はしょぼんとして涙目になった。カイたちは、ギルドの酒場へ少女を連れて行くと、温かいスープと肉料理をドサリとテーブルに並べた。
「食えよ。話はそれからだ」
少女はガツガツと猛烈な勢いで料理を平らげると、プハッと息を吐いて深く頭を下げた。
「……ありがとな。あたしはテトラ。……実はさ、父親の鍛冶場の経営が最悪なんだよ。借金で店を取られそうで、あたしが冒険者になって金を稼ぐしかなかったんだ」
「やはり、鍛冶屋の娘か」
カイの目がギラリと光った。カイは給仕から紙とペンを借り受けると、ロイドと顔を見合わせ、その場で迷いなく図面を描き始めた。カイの結界プレスの圧力データと、ロイドの幾何学計算を融合させた機械の構造。
「テトラ。こういうのは作れるか?」
テトラは手渡された紙を見て、目を丸くした。
「なにこれ……! 金属のシリンダーと骨組みで、数トンの重圧を叩き出す仕掛け……!? すごい……あたしの父親なら絶対作れるよ!」
「よし、案内しろ。その鍛冶場へ行くぞ!」
◇
職人街の最奥にある寂れた鍛冶場。
木扉を叩いて中へ入ると、奥から酒瓶を握りしめた頑固そうな老ドワーフ――テトラの父親ガルツが現れた。ガルツはカイたちの姿を見るやいなや、大声で怒鳴りつけた。
「なんだぁ貴様らは! うちは剣と防具しか作らん! チャラチャラした怪しい道具なんぞお断りだ、失せろ!」
「親父! この人たちの頼みを聞いてよ! これが作れれば――」
「黙れテトラ! 剣もまともに打てんお前が口を出すな!」
ガルツはかつて帝国屈指の実力を誇る伝説的な名工だったが、頑固な性格から貴族の既得権益と衝突して落ちぶれていた。
その時、工房の扉がバタンと荒々しく蹴り開けられた。
「やあやあ、景気の悪そうな店だな、ガルツさんよぉ!」
入ってきたのは、高級そうなスーツに身を包んだ嫌味な男だった。王都の金融大企業『ヤミー・キャピタル』の下っ端取り立て屋だ。背後には二人のがたいの良い用心棒を従えている。
「ヤミー・キャピタル……! なんだよ、返済期日は来週だろ!?」
テトラが身構える。
男は露骨に嫌嫌そうに鼻を鳴らし、一枚の権利書をチラつかせた。
「ハッ! 期日繰り上げだ。金貨五〇〇枚、今すぐ一括で払えないなら、この土地と工房は今日限りでうちが差し押さえる!」
「な……そんなの無茶苦茶だッ!」ガルツが酒瓶を叩き割る。
「無茶もなにも、契約書に書いてあるんだよ。払えないならとっとと出ていきな、惨めな老いぼれ鍛冶屋――」
「おい、うるせぇぞ」
男の言葉を遮り、カイが歩み出た。
「な、なんだお前は? ガキが口を挟むんじゃ――」
ドンッ!!
カイは肩に担いでいた重い革袋を、男の足元のテーブルに叩きつけた。袋の口が弾け、眩いばかりの金貨が溢れ出す。
「……え?」男の目が点になる。
「金貨五〇〇枚だ。利息も込みでぴったり入ってる。領収書書いて、その権利書を置いてさっさと消えろ」
「こ、こんな大金をどこから……!? 貴様、一体――」
「ビットストーン社のCEO、カイ・レヴィアンだ。うちの工房にちょっかい出すんじゃねぇよ」
カイの圧倒的な眼光と金の圧力に気圧され、男は金貨袋をひったくるように奪うと、捨て捨てゼリフを残して逃げ去っていった。
静まり返る工房。ガルツは呆然とカイを見つめていた。
「おい……あんた、なんで見知らぬ俺たちにこんな大金を……」
「見知らぬ奴じゃねぇ、テトラの技術を買ったんだ」カイはテトラに視線を向けた。「テトラ。親父さんが作らないなら、お前が作れ」
テトラは目からボロボロと涙を溢れさせながら、固く拳を握りしめた。
「……あたしが作る! 親父の背中をずっと見てきたんだ! 剣が打てなくたって、あたしの手先なら、この機械も……この人たちの求める『金型』だって作ってみせる!!」
テトラは金槌をひったくると、作業台へ向かって猛然と金属を削り始めた。
最初は苦い顔をしていたガルツだったが、不眠不休で一心不乱に鉄を叩き、ミクロン単位の精度に挑む娘の姿から目を離せなくなった。叩く音、削る火花。そこには、かつて自分が魂を注いでいた職人の気迫が宿っていた。
「……チッ、ヘタクソが。シリンダーの噛み合わせはもっと圧を逃がすように削るんだよ」
ガルツが静かに歩み寄り、不器用そうに金床へ手を伸ばした。
「親父……」
「黙って叩け! 職人が途中で手を止めるな!」
父と娘。二つの金槌が重なり、長年の確執が重厚な音とともに溶けて消えていった。
◇
数日後。工房の中に、力強い鉄フレームと油圧シリンダーを備えた『魔導油圧プレス機』と、テトラの削り出した『超精密金型』が完成した。
テトラが金型にゴミ魔石インクを塗り、革手袋をセットしてプレス機のレバーを押し下げる。
ガコンッ!!
重厚な衝撃音とともに煙が晴れると、そこにはカイの手を借りずとも、寸分の狂いもなく黄金の術式が深々と印字された、完璧な『ビットグローブ』が仕上がっていた。
ミルシーが手袋をはめ、手を叩く。
ズバァァァンッ!!
巨大な火球が標的を一瞬で吹き飛ばした。手袋は焦げ目一つついていない。
「成功だぁぁぁっ!!」
テトラとロイドが抱き合って歓声を上げた。レバー一本で、何百双ものビットグローブを自動で量産できる体制が、ついに整ったのだ。
「カイ! あたしも『ビットストーン』の正式な創業メンバーにしてよ! あたしの作った金型とプレス機で、世界を驚かせてやるんだ!」
「へっ……当たり前だろ! よろしく頼むぜ、テトラ!」
カイは不敵にニヤリと笑い、テトラと固いガッツポーズを交わした。
最大のボトルネックだった『量産』が、エンジニアの加入によってついに突破されたのだった。




