プロトタイプ
王立魔法大学の地下にある薄暗い研究室。
作業台の上には、ゴミ魔石を加工した特殊インクで描かれた羊皮紙――『再利用可能スクロールの試作品』がずらりと並んでいた。
「二十回だ……! 二十回連続で魔法を発動させても、紙も回路も焦げ付かないよ!」
ロイドが数値を手帳に書き込みながら声を弾ませた。
ゴミ魔石に含まれる不純物が絶妙な「抵抗」となり、回路の破綻を防ぐ仕組みは完全に証明された。だが、腕を組んで試作品を眺めていたカイの表情は厳しかった。
「だが……決定的な課題が三つある」
カイは人差し指を立てた。
「一つ目は『威力不足』だ。現状の圧縮術式じゃ初級レベルの火球が限界で、低級な魔物にしか通用しねぇ。二つ目は『耐久性』。威力を上げようとして上位の魔法陣を描くと、やっぱり魔石の回路が耐えきれずに焼き切れる」
カイは二本目の指を折り、試作品のスクロールを手に取って広げた。
「そして三つ目が『操作性』だ。戦闘中にスクロールを広げて、相手に紙面を向けて視点を定めるなんて無理がある。狙いが定めづらくて命中率が低すぎるんだ。実戦じゃ紙を開くコンマ数秒の隙が命取りになる」
「うぐっ……ぐうの音も出ないよ……」
ロイドががっくりと首を垂れる。横で控えていたミルシーが、淡々と追撃した。
「肯定します。アルシェ様のアンデッド兵に持たせるにしても、紙の保持と照準合わせは著しく作業効率を低下させます。もっと実戦的な改善が必要です」
「悩んでても始まらねぇ。現場のデータを取りに行くぞ!」
◇
それから一か月。
カイたちは連日のように『黒のダンジョン』に通い詰め、魔石の採取と試作品の実証実験を繰り返した。
ダンジョンの暗がりで、襲い来る魔物の群れ。
「ロイド、後方から着弾データの計測! ミルシー、右を抑えろ!」
「承知いたしました」
ミルシーの戦闘力は、思いのほか凄まじかった。
鋭い剣を閃かせ、舞うような足さばきで魔物の群れを切り裂いていく。
「ロイドに近づかせねぇよ!」
カイの戦闘スタイルもまた独特だった。
自らの無詠唱結界で後方のロイドを鉄壁のガードで守りつつ、両の拳に薄い結界を纏わせて前衛で叩き伏せる。魔力密度が低いからこそ編み出した、近接格闘と結界術の融合技だ。
その背後で、ロイドは試作品のスクロールを構え、魔物を狙って発射しながらデータを刻々と記録していた。
「やっぱり……! カイの言う通りスクロールだと照準がブレて外し易い! でも、わかったことがあるよ!」
ロイドが叫ぶ。
「強い魔物から採れる魔石ほど、魔力の保持量も不純物の質も高い! 強い魔物の魔石を使えば、術式の出力も使用回数も劇的に跳ね上がるんだ!」
「よし! なら、手あたり次第に強いやつを試すぞ!」
カイたちは階層を深め、手あたり次第に魔物をなぎ倒しながら、ついに中層の主――ボスモンスターの部屋へと足を踏み入れた。
◇
巨躯を揺らして現れたのは、全身が鉱石のような外殻に覆われた巨大な魔物『岩晶の大甲殻』だった。
「ヴォォォォンッ!!」
地鳴りのような咆哮とともに、岩の如きハサミが振り下ろされる。
「くっ、固ぇ……!」
カイが拳の結界で受け止めるが、強烈な衝撃で足元が削れた。ミルシーが弱点の関節へ剣を突き立てるが、硬質な外殻に弾かれる。
「ロイド! 試作品の火球を撃て!」
「うん! 発動――!」
ロイドがスクロールを開き、狙いを定めて火球を解き放つ。
しかし、照準がわずかにズレてハサミの表面にかすっただけで、薄い焦げ目がついた程度だった。低級魔法では、ボスの外殻を傷つけることすらできない。
「ダメだ、威力が弱すぎるし、スクロールじゃ狙いが定まらないよ!」
「チッ……ミルシー、あいつの視界を奪え! ロイド、俺の合図で最大威力の結界と合わせるぞ!」
ミルシーが目にも留まらぬ速度でボスの眼球へ剣を繰り出し、巨躯が悶絶した瞬間――カイが頭上へ跳躍した。
「そこだぁぁぁッ!!」
カイは無詠唱結界を極限まで収縮させ、ボスの頭頂部の隙間に打ち込んで内部から炸裂させた。グラナイト・クラブが激しく揺らぎ、巨体をもたげて崩れ落ちる。
「はぁ……はぁ……なんとか倒せたな……」
◇
ボスの巨体が消滅したあと、そこには拳ほどもある深緑色の巨大な魔石が転がっていた。
不純物が複雑に混ざり合いながらも、底知れぬ高密度の魔力が渦巻いている。
「すごい……! このボスの魔石、今までのやつとは比べものにならないくらい品質が高いよ!」
ロイドは目を輝かせると、すぐさま研究室から持ち込んだ調合道具を取り出し、ボスの魔石を粉砕してその場で新しいインク精製を始めた。
「この魔石の抗体値なら……耐えられる! 一段上の『中級圧縮魔法陣』が描けるぞ!」
ロイドは無我夢中で新しいスクロールにペンを走らせた。ミクロン単位で構築された新しい高密度術式。
「カイ、試してみて!」
カイは完成したスクロールを受け取ると、ダンジョンの岩壁に向けて魔力を流した。
ズバァァァンッ!!
爆風とともに放たれた火柱が、ダンジョンの分厚い岩壁を深く抉り取った。残熱で岩が赤く溶けている。
「……すごい! 回路も焼き切れてない! これなら実戦で通用する高威力の魔法スクロールになるよ!」
ロイドが歓声を上げた。
しかし、射撃の瞬間の手元のブレを見逃さなかったカイは、溶けた岩壁を見つめながら顎を撫でた。
「威力は文句なしだ。……だがロイド、やっぱり紙を広げる動きが邪魔だ。狙うたびに紙をピンと張るせいで、コンマ数秒の遅れが出る」
「う……でも、これ以上の形状って……」
カイは自分の手に嵌めていた作業用の革手袋を見つめ、不敵にニヤリと笑った。
「スクロールをやめよう。手袋にするんだ」
「手袋……!?」
「ああ。手のひらに直接この圧縮魔法陣を印字する。手袋ならかさばらないし、濡れても破れねぇ。何より……『狙いたい方向に手のひらを向けるだけ』だ。狙いをつけるのが圧倒的に楽になる」
「あ……! 手のひらを向けるだけ……! 照準と直感が完璧に一致する……!」
ロイドの頭の中で閃きが爆発した。
すぐさまカイたちは、余ったインクとボスの魔石金型を使い、手持ちの革手袋の掌に術式を強く押し当てて即席の『魔導手袋』を作り上げた。
カイは完成した黒い革手袋を右手に装着し、ダンジョンの標的に向かってスッと手のひらをかざした。
パンッ!
手を打つと同時に、寸分の狂いもなく狙った標的の真ん中へ、巨大な火球が一直線に着弾して爆発した。
「……やりやすい! 狙いが段違いに付けやすいぞ!」
カイは不敵に拳を握りしめた。
持ち運びやすく、壊れず、狙い通りの場所へ一瞬で魔法を叩き込める。
持たざる者たちが世界をハックするための本当の武器――『ビットグローブ』の原形が、ここに完成したのだった。




