ビットストーン
王立冒険者ギルド本部。
昼前だというのに、館内は酒と汗の匂いを漂わせた大勢の冒険者たちで溢れかえっていた。その中央を、カイが堂々と歩く。
「あれ? カイじゃねぇか?」
「本当だ。今日もソロか? ……いや、後ろに誰か連れてるぞ」
ざわざわと声が広がる中、カイは真っ直ぐ受付カウンターへ向かった。
「こんにちは、カイさん!」
受付嬢のシエラが顔を上げた。カイを見つけた瞬間、彼女の瞳がパッと輝き、声が一段と明るくなる。
「今日もソロでのダンジョンですか?」
「いや、今日はパーティー登録だ」
「…………え?」
シエラの動きがピタリと止まった。
「パーティー……ですか? カイさんが……お一人ではなく?」
「ああ、三人だ」
カイが後ろを示す。ビクビクしているロイドと、無表情なメイド服のミルシー。
シエラは一瞬だけショックを受けたように黙り込み、ほんの少しだけ残念そうな顔を見せた。だが、すぐに引きつった営業スマイルへ戻す。
「……そ、そうですか! もちろん承ります!」
カイが聞こえないふりを決め込む中、シエラが書類を差し出した。
「では……パーティーメンバーのお名前を」
「ロイド・ウィーバー」
「なんでソロのカイと、あんなやろうが組んでんだ!?」
ギルドないがざわつく。
「そして、ミルシーだ」
「……メイド!? なんでメイドが冒険者やってんだ!?」
登録が進む中、後ろから不満げな大声が飛んだ。
「おいカイ! なんであいつらなんだよ! 俺たちだって何回もパーティに誘っただろ!?」
「そうだぞ! お前ほどの腕があれば、俺たちのCランクパーティでも大歓迎だったのに!」
嫉妬と羨望、そして困惑の視線が集中する。カイは背中でひらひらと手を振った。
「理由? こいつらが世界で一番『面白ぇ仕事』ができるからだ」
カイは受付プレートを受け取ると、シエラに向かってニヤリと笑った。
◇
王都郊外、地下遺跡『黒のダンジョン』。
魔力毒が淡い霧のように漂う薄暗い階層で、カイが前衛、ミルシーが横、ロイドが後方に陣取った。
『ガアァァァァァッ!!』
闇の奥から現れたのは、体長四メートルを超える巨熊『グラットン・ベア』と、群れをなす『シャドウ・ウルフ』。
「ひやぁぁぁっ! 怖いよぉぉっ!」
「ロイド! 大魔法の準備! どれくらいかかる!?」
「さ、三十秒……!」
「長ぇ! ミルシー、二十秒稼ぐぞ!」
「承知いたしました」
襲いかかる狼の群れに対し、カイが素手をかざした。
「結界」
空間に瞬時に展開された極小の透明結界が、狼の鋭い爪を弾く。カイはその反動を利用して空中で跳躍、足元に二枚目の結界を踏み台として展開し、空中で軌道を変えて狼の脳天に強烈な拳を叩き込んだ。
一方のミルシーは、静絶な動きで細身の検を閃かせる。途中で狼の不意打ちを受け、右腕がボロッと肩から外れた。
「わあああッ!? ミルシーの腕が取れたぁぁっ!?」
「問題ありません」
飛んで行ったミルシーの右腕が、自律駆動して狼の顔面を強烈に殴り飛ばす。
「すげえ! アンデットってこういうこともできるのか! 便利だな!」
「二人ともふざけてないでよ! 完成したよ!!」
後方でロイドの超巨大な多重幾何学魔法陣が黄金に輝いた。
「広域破壊術式――【風炎爆滅波】ッ!!」
轟音とともに猛烈な暴風と熱波が洞窟を埋め尽くし、群がる魔物たちを一瞬で消し炭へと変えた。
静寂が戻った室内で、カイが煙の中から振り返る。
「……ロイド。お前、マジで動く大砲(主砲)だな」
「僕、人間なんだけど!?」
戦闘後、カイは消滅した魔物の痕跡から、黒く濁った安物の魔石を手際よく袋へ詰めていった。
「カイ、そんな不純物だらけのゴミ魔石、回収してどうするの?」
「ああ、魔物を討伐用したことを証明するのに魔石か、魔物の一部が必要なんだ。……それより、本命はこっちだ」
カイが無詠唱の結界拳で崩落した壁の奥を突くと、そこには青白く眩い光を放つ巨大な鉱脈が眠っていた。
「な……『星光の魔鉱石』……!? しかも純度ほぼ一〇〇%!?」
ロイドが目を丸くする。高級店で門前払いされた最高級品が、目の前に大量に転がっていた。
◇
地下研究室に戻り、ロイドは採掘した最高純度の星光の魔鉱石を粉砕し、精製して魔法インクを作成した。
羊皮紙に『圧縮魔術式』を描き、緊張の面持ちで魔力を通す。
ボッ!
「成功だ! 火球が出た!」
だが、次の瞬間――パシッ! と羊皮紙が爆ぜ、黒い灰となって散った。
「あ……あぁぁ……! 最高純度の鉱石を使ったのに、やっぱり一発で紙が焼き切れちゃう……!」
頭を抱えるロイド。その横で、カイはダンジョンで拾ってきた黒く濁った『ゴミ魔石』を転がしていた。
「なあロイド。こっちの石でインクを作ってみろよ」
「無理だよカイ! 不純物だらけのゴミ魔石じゃ、魔力伝導率が低すぎて――……あっ」
言葉の途中で、ロイドの手が止まった。
ロイドは高純度の星光魔鉱石と、濁ったゴミ魔石を交互に見比べ、丸メガネの奥の瞳をカッと見開いた。
「高純度の魔石は……魔力伝導率が高すぎるんだ! だから魔力が一気に流れ込んで、極小の回路(羊皮紙)に負荷が集中して焼き切れる……! でも、このゴミ魔石に含まれる不純物は……!」
「魔力の流れを適度に遮る『抵抗(緩衝材)』になってる、か?」
「そう……! 抵抗だ!!」
ロイドが興奮で声を張り上げた。
「僕たちは不純物を排除することばかり考えていた! でも、高密度な圧縮術式を安定して発動させるには、適度な『抵抗』が必要だったんだ! 最高級品じゃダメなんだ……この『ゴミの魔石』こそが、完璧な素材なんだよ!!」
すぐにゴミ魔石を調合した新インクが作られた。
羊皮紙に術式を描き、魔力を通す。
一発目――ボッ!(紙は無傷)
二発目――ボウッ!(焦げ目すらなし)
三発目――ボウッ!(完全に安定)
「使えた……! 十回、二十回通しても焼き切れない!! 再利用可能なスクロールの完成だぁぁぁっ!!」
歓喜して踊り狂うロイド。
カイは黒く輝く魔石を愛おしそうに掲げ、黒板に向かって白いチョークを走らせた。
【俺たちの掲げる志】
『血統に支配された、世界の仕組みを書き換える』
「社名を決めるぞ、ロイド」
「えっ……! 決めてなかったの!?」
カイは不敵に微笑み、黒板に大きな文字を刻みつけた。
【 BIT STONE 】
「ビットは『小さきもの』。ストーンは『石』。……身分も血統もなく、貴族にゴミと捨てられた俺たち小さき石コロが、世界をハックしてひっくり返す。……『ビットストーン社』だ!」
「……ビットストーン。……最高だよ、カイ!」
二人の拳が力強くぶつかり合った。




