チームビルディング
「……なぁアルシェ。本当に良かったのかい? 私の鼻は誤魔化せないよ。あの男が使ったスクロール、一回目で完全に焦げた匂いがした。二回目の魔法は、紙からじゃなくあいつの手から直接放たれてたぞ。あいつ無詠唱の使い手だな」
「それに、顔の変装魔法も三流。おそらく経歴は本物でも、少なくとも本人ではないわ」
アルシェは手元の紅茶を優雅に一口含み、クツクツと喉を鳴らして笑った。
「なっ、全部見抜いてておいて投資したのか!?」
「ええ。確かにあいつの事業計画は、現状では『未完成の詐欺』よ。でもね、ミーズ。あいつの嘘の中に、たった一つだけ『本物』があったわ」
「本物?」
「あの紙に描かれていた『圧縮魔術式』よ。一切の無駄を削ぎ落とした、魔法史を覆すレベルの完璧で美しい術式だったわ。……それを書いた本物の『ロイド』は、おそらくあの男の裏で研究に没頭している別の人間でしょうね」
アルシェは真っ赤な瞳を妖しく光らせ、不敵な笑みを浮かべる。
「無詠唱をできる天才が、わざわざ三流の変装をして、裏にいる『本物の天才術式師』の未完成な技術を売り込みに来た」
それは、合理性だけで動く死体アンデッドには絶対に生み出せない、人間の持つ「熱と狂気」だった。
「考えてみなさいミーズ。もしあの技術が完成すれば……私のアンデッド兵たちが、全員魔法を撃てる軍隊になるのよ? あの貴族どもが何百年も独占してきた魔法市場だって、私が独占できる。ただのペテン師ならその場で干し肉に変えていたけれど……あいつが世界をどうハックしてみせるのか……楽しみじゃない?」
金貨を抱えて舞い上がりながら走る偽装の起業家と、紅茶を傾ける死霊術士の投資家は――全く同じ『悪い顔』で笑っていた。
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金貨3000枚。
ずっしりと重い革袋が、王立魔法学校の最奥――半ば物置と化していた地下研究室の黒ずんだ木机にドサリと落ちた。
「みろよ。ロイド。あのリクート商会のアルシェから金を引っ張ってやったぜ」
「嘘だろ!? どうやってあの冷血投資家のアルシェ様から巨額の資金を引き出せたのさ!? まだあの製品は完成していないのに」
おどおどと丸メガネの奥で目をパチパチする『ロイド・ウィーバー』に対し、カイは不敵な笑みを浮かべて金貨を一枚指先で弾いた。カチン、と高い金属音が地下室に響く。
「俺の営業スマイルと、お前の『圧縮術式』に賭けたのさ。……まあ、アルシェに見せた『二回目の発動』は、俺の無詠唱を使ったハッタリだけどな」
「ハッタリぃぃぃッ!? 詐欺じゃないか! 完成しなかったら、僕たち殺されるよ!?」
頭を抱えて絶叫するロイドの横で、カイはケラケラと笑いながら首を振った。
「ばーか。『僕たち』じゃねぇよ」
「……え?」
「俺は変装して偽名を名乗ってたからな。お前の履歴書とお前の名前でプレゼンしたんだ。失敗してアンデッドにされるのはお前だけだ」
「ああああああああああッ!? 悪魔! 君は血も涙もない悪魔だあああ!!」
「そう騒ぐないよ。成功すればいいだけだろ。それに変装しなかったら俺の黒髪見て、貴族だと思って追い返されるだけだったしよ」
ロイドが涙目で床をバタバタと転げ回っていると、不意に地下室の重い鉄扉が、ギィィ……と甲高い悲鳴を上げて開いた。
そこに立っていたのは、ロイドやカイと同世代でおそらく16.7歳ほどの少女だった。
寸分の乱れもない漆黒のメイド服に身を包み、透き通るように白い肌をしている。愛くるしい人形のような容姿だが――その首元には、ぐるりと一周する痛々しい『縫い目』が刻まれていた。
「ひやあぁぁぁッ!? 出たぁぁッ! 嘘がバレて僕を殺しに来たアルシェの使いだ!!!」
「お静かに願います。初めまして、アルシェ様より派遣されました、お世話役兼監視役のメイド『ミルシー』と申します」
懐から小さな手帳を取り出し、淡々と読み上げ始めた。
「……なお、アルシェ様からの伝言です。『カイ・レヴィアン。三流の変装ご苦労様。クソ貴族の血筋が良く私の前に来れたわね』……とのことです」
「カイ君の正体も完全にバレてるよ!?」
「おいおい、人聞きが悪いな。俺は貴族じゃねぇよ」
カイは呆れたように両手を広げた。
「母さんは確かに貴族だったが、魔力ゼロの騎士だった親父と駆け落ちして、俺が生まれる前に平民になってんだぞ」
カイの小言を無視して、ミルシーは続ける。
「そしてロイド様にも伝言があります。……あの圧縮魔術式は見事だったわ。さっさと製品を完成させなさい。さもないとあなたもアンデットにしてこき使ってあげる。とのことです」
「やっぱり未完成だったのバレていたんだ。やばいよ、カイ君」
「なお、私を騙した代償は大きいわよ。渡しした3000枚の金貨はそのままでいいのだけれど、3か月で成果が出なければお二人揃ってお命頂戴、リクート商会で永遠に働くアンデッドとなっていただけるかしら?とのことです。さあロイド様、カイ様。こちらが『誓約の契約魔法』です。どうぞ血のサインを」
「カイ君、絶対にやめようよ。無茶だよこんなの!」
「今更だけどよ。契約無理っていったら?」
「そうですね。今ここで死体になっていただけます」
ミルシーは腰にある剣に手をかける。
「ははは。冗談だよ。ま、金貨3000枚手に入るならいいか」
ミルシーが広げた羊皮紙から漆黒の魔力文字が立ち上る。ロイドとカイは覚悟を決め、指先の血でサインを交わした。これで退路は完全に断たれた。
「よし! 契約も済んだことだし、景気づけに前祝いとミルシーの歓迎会に行くぞ!」
「カイ様。現在の進捗率はゼロパーセントです。無駄なお金の遣い込みは経理上認められませんと、アルシェ様から厳しくお言いつけされております」
「固ぇこと言うなよミルシー! これから命を張る仲間同士、親睦を深めるための大切な『初期投資』だ!」
「私は仲間でもありませんし、張る命もありません」
と言いつつ、渋々ついていくミルシーだった。
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香辛料と焼き肉の匂いが充満する小さな大衆酒場。
温かいシチューと泡立つ麦酒が運ばれると、カイとロイドは豪快にグラスを叩き合わせた。
「おいおい、そう身構えるなってロイド。お前の技術があれば、絶対に完成させられる」
「言うのは簡単だけどさ……。ほんと、君といると命がいくつあっても足りないよ……」
「それで、ミルシーはなんで死んだの?」
「カイ君! デリカシーなさすぎるよ!」
「はあ? アンデットに話聞けるのに、興味ないのかよ! なあ、やっぱり死ぬって怖いのか?」
「私は生きていた時代の記憶がないんです。気づいたらアルシェ様に仕えておりました」
「へー、アルシェってどんなやつ?」
その瞬間、ミルシーは目を輝かせて
「アルシェ様は可愛さと賢さと神々しさを兼ね備えた、いずれこの世界の全てを統べる絶対至高の覇者にして我が永遠の主君なのです!
まず第一にその至高の賢さ! 凡百の起業家気取りが持ち込む杜撰な計画を一秒で看破し数字の刃で切り捨てる冷徹な美貌! カイ様のハッタリの裏にあるロイド様の圧縮術式を一目で見抜くあの神の如き洞察力! 世界を統べるに相応しい智謀の塊ではありませんか!
第二にその圧倒的な可愛らしさ! 普段は冷血な死霊術士として振る舞いながら偶に子供のように威嚇なさるあの愛くるしいギャップ! 厳格な論破のあとに誰も見ていない隙を突いて高級ドレスのフリルを鏡の前で気になさる乙女な一面! 身体が小さすぎて革椅子に深く腰掛けると脚が床から浮いてしまっているあの世界遺産級のシルエット!
第三にその絶対的な覇王の威厳! 死体を不眠不休の労働力として従え経済の仕組みそのものを手中に収めるその合理的かつ苛烈な手腕! このお方が世界を統べなくて誰が世界を統べるというのですか!?
第四に!」
まだまだ止まらないアルシェに対するの思いに、カイとロイドは息をのんだ。
「ねえ、カイ君。俺たちもアンデットになったらこうなるのかな?」
「もしかしたら、やべえところから出資受けたかもしれねえな。。。」
ひと段落して、ミルシーも尋ねる。
そのころにはカイは大樽を飲み干して、すっかり出来上がっていた。
「ミルシーからも一つご質問があります。なぜお二人は組んだのですか? 性格も正反対に見えますが」
「……僕はさ、魔法理論の成績だけはずっと学年トップだったんだ。でも平民だからって理由だけで、貴族の生徒たちから『カンニングだろ』とか『生意気な平民め』って言われて……教科書を破られたり冤罪を着せられたり、ずっと嫌がらせを受けてたんだよ。カイだけは違ったんだ。昔から僕を庇ってくれて……『お前の頭脳は、世界を変えるためにあるんだ』って言ってくれた。身分や血統で人を見下すこの狂った世界を、僕の技術でひっくり返そうって――そう言ってくれたんだ」
「気色わりぃこと言ってんじゃねぇよ」
カイはウトウトしながら、眠り言のように呟いた。悪態とは裏腹に、その口元は微かに笑っていた。
ふたりの絆を感じ取ったミルシーは、手帳に「二人の関係性、極めて良好。事業継続上の裏切りリスクゼロ」と小さな文字で書き込んだ。
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「よし、さっそく素材の『仕入れ』に行くぞ!」
翌日、カイは完璧に身なりを整えていた。仕立てのよい高級な貴族服を身に纏い、背筋を伸ばしたその姿は、一見すると若き上流階級そのものだ。母から受け継いだレヴィアン家の艶やかな『黒髪』と、洗練された立ち振る舞い。
「俺は貴族じゃねぇが、この黒髪と所作を使えば騙せるはずだ」
三人が向かったのは、大市場でも一際格式高い高級素材店だった。最高純度の魔鉱石をインクに混ぜれば、圧縮された魔力を流しても回路が焼き切れないはずだった。
「いらっしゃいませ……おお、これはこれは若き貴族様!」
店主はカイの黒髪と佇まいを見るなり、揉み手をしてすり寄ってきた。
「この『星光の魔鉱石』をいくつか頂きたい」
カイが優雅な所作で金貨の袋を見せると、店主は「畏まりました!」と揉み手を激しくした。
買える――そう思われた、その瞬間だった。
「おいおい……誰かと思えば、落ちこぼれのカイじゃないか! 横にいるのは、調子に乗ってる平民のロイドか?」
店内に甲高い嘲笑が響く。振り返ると、派手な装飾をジャラジャラと鳴らした同級生の貴族生徒が立っていた。学園で常にロイドに成績で負け、嫌がらせを繰り返していた男だ。
「騙されるなよ店主! そいつは黒髪だが平民さ。隣の奴もただの貧乏平民さ!」
店主の顔色が怒りで真っ赤に変わった。
「な……貴族様の振りをしていた詐欺師かッ! 帰れ、失せろ!」
店から追い出され、路頭に立たされる三人。どれほど金があり、どれほど優秀な魔力があろうと、「平民」というだけで素材へのアクセスすら遮断される理不尽さ。カイは拳を固く握り締め、貴族の馬車を静かに見送っていた。
「……カイ」
ロイドが、そっとカイの肩に手を置いた。
「悔しいよ。でも……彼らが平民を見下すのは、今の社会構造がそうなっているからだ。僕の魔力量や成績をどれだけ見せつけても、あいつらの偏見は消えなかった。……だからこそ、僕たちの『プロダクト』で黙らせよう」
相棒の真っ直ぐな瞳に、カイは毒気を抜かれたように「ハッ」と小さく笑った。
「そうだな。……よし、市場がダメなら自力調達だ!」
ミルシーが日傘をすぼめて二人を見つめる。
「危険度は跳ね上がりますが……王都郊外の未開地『黒のダンジョン』へ直接向かい、手つかずの鉱床から素材を採掘するほかありませんね」
王都郊外の荒野に口を開ける未開の地下遺構――『黒のダンジョン』。濃縮されたマナの毒煙と、凶暴な自然発生の魔物が蔓延る危険地帯だ。
「そうだな。その前に冒険者登録しねえとな」
三人は冒険者ギルドに向かうのであった。




