事業プレゼン
「――競合との差別化は?」
プレゼンをしていた男の声が止まった。
革張りの椅子に深々と腰掛けた少女が、資料から顔を上げる。白銀の髪、透き通るような白い肌、黒レースのドレス。外見だけなら上流階級の令嬢だが、その赤い瞳は目の前の人間を人としてではなく――事業そのものとして値踏みしていた。
「魔法馬車の物流網。それ自体はもう存在するわ。維持コストは? 魔石価格は毎年上がってる。3年で二割上昇を加味すれば、これは赤字よ」
男は何も言い返せず、頭を下げて出ていった。
彼女の前に持ち込まれる事業計画には容赦がない。「勝てる」と証明できなければ、銅貨一枚も出ない。
商人として一代で成り上がったアルシェは、この国の労働力を牛耳る『リクート商会』のトップ。同時に、死体を不眠不休の労働力として使役する【死霊術士】でもある。
アンデットは疲れない。逃げない。賃金を要らない。
そんなアンデットを労働力として貸し出して
リクート商会は莫大な利益を上げていた。
カタカタ、と骨の音。タキシード姿の白骨アンデッドが、寸分の狂いもない所作でティーカップに紅茶を注ぐ。
「次を呼んで」
壁際のネコ獣人――護衛のミーズが、あくびを噛み殺した。
「相変わらず容赦ないねぇ。今日でもう三人目だ」
「まともなロジックすら組めない有象無象ばかりだもの。……誰も私をときめかせてくれないわね」
コンコン、と扉が叩かれる。
「失礼いたしま……ひぃっ、ア、アンデッドが……!」
丸メガネにサイズの合わないボロシャツ。冴えない青年だった。
「初めて見た? 大丈夫、私が使役している子よ」
青年はおどおどと背中を丸めながら、汗ばんだ手で書類を差し出す。
「ロ、ロイド・バロウズ、18歳です。王立魔法大学で魔法陣を専攻しております」
「それで?」
「出資していただきたいのは、『圧縮魔術式による、魔法スクロールの大量生産事業』です」
さっきまでの怯えた空気が、一瞬で変わった。
「王都には魔力を持たずに生まれた人間が山ほどいます。冒険者にも職人にもなれず、スクロール一枚で人生が変わるはずの人たちが――僕はそういう人を何人も見てきました」
アルシェは何も言わず、視線だけで続きを促す。
「今のスクロールには三つの欠陥があります。材料の魔鉱石は貴族が独占して高すぎる。高度な魔法陣を描ける職人が少なく、一枚に5日かかる。そして――一度使えば燃え尽きる」
青年はスクロールを指で叩いた。
「だから、必要な人ほど買えない」
「僕は術式そのものを圧縮しました」
次の資料には、小さな魔法陣。通常のものより明らかに異質だった。小さいのに情報量は減っていない。余計な線を削ぎ落とし、成立に必要な構造だけが残されている。
「独自の位相幾何学で、術式を十分の一以下に。真髄は大きさじゃありません。構築と魔力充填を完全に分離したことです。金型さえあれば何百枚でも複製できる。特殊なインクで――一度きりじゃなく、何度でも再利用できます」
アルシェの目が変わった。
(何度でも、ね)
気になる点はいくつもある。だが使役アンデッドにこの技術を持たせれば、最強の軍隊が出来上がる。何より――貴族どもを陥落させるきっかけになる。
「覚悟はあるの? 管轄がどこかわかっていて話しているのよね」
「ええ、貴族様の管轄です」
「私の前ではクソ貴族と呼びなさい。血統だけでふんぞり返って、生きた人間の悲鳴を娯楽にして搾取するクズ共じゃない。死体で経済を回してる私の方がよっぽどエコでクリーンだわ」
「し、失礼いたしました。クソ貴族は潰す覚悟です」
「意気込みはいいわね。実演してもらえる?」
男は袖をまくり、手のひらサイズの羊皮紙を取り出した。軽く魔力を通すと――ボッ! 詠唱なしで火球が浮かぶ。
「では『二回目』は?」
再び魔力を込めると、羊皮紙は焦げることなく、ボウッ! と二度目の火球を生んだ。
「いくらほしいの?」
「金貨1万枚。工房の設立と彫金師の雇用、インク原料の独占仕入れルート開拓に」
「売り上げ見込みは?」
「冒険者向けだけで年間20万枚。ですが届けたいのは冒険者じゃない。魔力を持たない平民です。この事業で、世界の構造そのものをぶっ壊したい」
「――暴力じゃなく、経済と技術で社会をひっくり返す、ってことね」
「投資していただければ、売り上げの10%を永続的に配当します」
荒々しい計画と、世界を書き換えようとする狂気的な野心。
アルシェは迷いなく重い皮袋をテーブルへ投げ置いた。
「いいわ。金貨1万枚。前金3千枚、いま渡す。独占契約、他の投資家は禁止。1年以内に回収。成果が出なければ――アンデッドとして永遠にタダ働きしてもらうわよ?」
「っ……! 必ずご期待に応えてみせます!」
青年は革袋を大切に抱え、部屋を後にした。
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商会を出た瞬間、青年は猫背を伸ばし、丸メガネを外して笑った。
ぼさぼさの髪をかき上げ、変身魔法を解く。冴えない顔つきは、一瞬にして不敵な男――カイの素顔に戻っていた。
「ヘッ……金貨3千枚、いただきだぜ」
手元でスクロールが、パラパラと黒い灰になって崩れる。
「ロイドの理論は本物だ。だが再利用化はまだ全然できてねぇ。あの一回目で、紙はもう焼き切れてた」
課題はインクだ。壊れない『インク』を見つけねぇとな。
夜風に灰を飛ばしながら、カイはふと足を止めた。
脳裏をよぎるのは、幼い頃に見た光景――魔力を持たずに生まれたというだけで、何もかもを諦めさせられていくあの光景を、二度と誰にも見せたくない。それだけが、この男を動かしていた。




