ガルリオン
「おいカイ……本当に大丈夫なのかい、これ……!?」
王都の職人街にある大衆食堂。卓の上にうずたかく積まれた空皿の山を見上げ、ロイドが顔を蒼白にして震えていた。
カイとロイドの目の前では、新しく用心棒として雇ったギーズが、まるで怪物のような勢いで肉料理や大盛り飯を口の中へ放り込んでいた。
「ゴクッ……ぷはぁっ! 店主、肉シチューと大盛りパン、あと十皿追加だ!」
「し、しっかしよく食うな……ッ!」
カイも眉をひそめ、計算書に並んだ恐ろしい数字を二度見した。
「おいギーズ、お前一人の一食で、普通の人間の100人分以上の食費が飛んでいってんだぞ!?」
「ああん? 当たり前だろ。俺たちガルリオン一族は全員が大食いなんだよ。身体を維持するのに膨大なエネルギーが要るんだ」
ギーズは豪快に肉を噛みちぎりながら、悪びれもせずに言い放った。
ギーズの日常といえば、普段は工房の隅で丸くなってイビキをかいて寝ているだけ。何か嫌がらせの荒くれ者が押し寄せてきた時だけノコノコ起きてきて、圧倒的な力で解決してくれる。そして、また100人分の飯を平らげてそのまま寝るのだ。
「……ダメだ。完全に投資対効果が見合ってねぇ」
カイはバシッと手帳を叩いた。
「ただの店番でこの食費は破産する! ギーズ、お前もダンジョン攻略に連れて行くぞ! 100人分食うなら、100人分働いてもらう!!」
「ちっ……面倒くせぇな。飯さえ食わせてくれりゃ文句ねぇよ」
◇
こうしてギーズを強制連行し、カイたちはA級ダンジョン『竜骨の奈落』へと足を踏み入れた。
巨大な竜の骨が壁面から突き出す不気味な洞窟を進んでいたその時――突如、暗がりから幾重もの冷酷な殺気が放たれた!
「かかったな、ビットストーンのガキどもッ!」
現れたのは、磨き上げられた最高級の武具で身を包んだ四人の冒険者集団。
ゴールドクラフトが莫大な報酬で雇い入れた、本物の『A級冒険者パーティー』だった!
「チッ、ゴールドクラフトの刺客か!」
カイが即座に右手の【Bit Glove】を構える。
敵の連携は、恐ろしいまでに研ぎ澄まされていた。
「散れッ!」というリーダーの号令一閃、大楯を構えた前衛の重戦士が正面から地響きを立てて突進。カイが【Bit Glove】で放った無詠唱の火球を、重戦士は魔導大楯の力場で難なく受け止めてかき消す。
「くっ、正面が硬い……!」
さらに直後、カイの視界の死角から軽戦士が目にも留まらぬ速度で滑り込み、毒を塗った双剣でカイの首筋を狙う。カイはとっさに手袋を叩き合わせて無詠唱の局所結界を展開し、間一髪で斬撃を防いだが、衝撃で後方へと押し下げられた。
そこへ、後方に控える弓手が牽制の精密射撃を次々と繰り出し、テトラの立ち位置を潰す。さらに魔導士が高速詠唱で範囲氷結魔法を展開し、カイたちの足場を凍りつかせて自由を奪っていく。
「足元が……凍りついて動けない!」
ロイドが焦って手袋を掲げようとするが、弓手の放った矢が手元をかすめ、照準を狂わされる。
「ハハッ! C級の素人どもが調子に乗るな! 前衛の圧力で防ぎ、遠距離から逃げ場を削る……これがA級の真の連携だ!!」
重戦士の巨躯がカイを抑え込み、左右から軽戦士と魔導士が挟み撃ちの体勢を整える。多角的な同時攻撃の前に、カイたちの退路は完全に断たれ、ジリジリと追いつめられていった。
そんな絶体絶命の死闘の最中――。
「ふあぁぁぁあ……眠い」
岩の上で横になり、呑気にあくびをしているギーズの姿があった。手を出そうともせず、高物見を決め込んでいる。
それを見た敵のA級軽戦士が、嘲笑を浮かべて叫んだ。
「ハハハッ! なんだあのデカい奴は! 噂のガルリオンとかいうバケモノかと思ったが、腰が抜けて動けねぇのか! ガキどものお守りすらできねぇ、ただの大食いの役立たずだな!!」
次の瞬間、カイが敵の攻撃を間一髪でかわしながら、ギーズに向かって腹の底から怒鳴り散らした!
「おいギーズッ!! これ以上サボりやがったら、今日の飯は全額抜きだ!! 100人分のメシもお預けだぞッ!!」
「……ああん!?」
ギーズの瞳から、一瞬で温度が消え去った。
敵の嘲笑でもなく、「飯抜き」という言葉に、ギーズの逆鱗が触れたのだ。
ズォォォォォンッッ!!!
「な……ッ!?」
A級冒険者たちが息を呑む。空気が一瞬で激重の圧力へと変わり、洞窟全体が激しく振動した。
「おい……今、俺の飯を抜くって言ったか……?」
ギーズが岩の上から消えた。
次の瞬間、嘲笑していたA級軽戦士の目の前に、巨大な影が滑り込んでいた。
「ひ……っ!?」
ドガァァァンッ!!
一拳。軽戦士の身体が鎧ごと岩壁の奥深くへと叩き込まれ、一瞬で意識を失って崩れ落ちた。
「な、なんだこの速さは――!?」
大楯を構えて防ぎに入ろうとした重戦士だったが、ギーズはその頑丈な魔導大楯ごと、正面から蹴り飛ばした!
バゴォォォンッ! と大楯が木っ端微塵に破砕され、重戦士は吐血して吹き飛ぶ。
残った弓手と魔導士が恐怖に顔をひきつらせて矢や魔法を放とうとするが、一切関係ない。ギーズは嵐のような圧倒的な暴力とスピードで距離を詰め、ほんの数秒でA級冒険者パーティー全員を完全に薙ぎ倒し、全滅させてしまったのだ。
「……ハァ……ハァ……。おいカイ、飯抜きはナシだぞ。絶対だ」
絶体絶命の危機を一瞬で粉砕されたカイたちの前で、ギーズはフンと鼻を鳴らした。
◇
敵を片付け、先へ進む洞窟の道中。
あまりの圧倒的な戦闘力を目の当たりにしたカイは、横を歩くロイドに声をかけた。
「……なぁロイド。ガルリオンの強さについて前から気になってたんだが、なんであんなデタラメなパワーが出せるんだ?」
尋ねられたロイドは、待ってましたと言わんばかりに丸メガネの位置を指で直した。
「ふふん、カイ。それは人間の特性に関わる基本的な知識だよ! そもそも人間には、生まれつき『魔力』と『オーラ』という二つの特性が存在して、どちらかに大きく偏るんだ」
「魔力とオーラ?」
「そう! 帝国は完全な『魔力至上主義』の国だから、魔法使いばかりが優遇されて、オーラ使いは雑な扱いで肉体労働の使い捨て同然とされているんだ。でもね、魔法使いが優遇されるのは理由がある。魔法使いが一人いるだけで、戦闘面はもちろん、火や水の確保、収納魔法まで何でもこなせる万能な戦力になるからなんだ」
ロイドは身振り手振りを交えて熱弁を振るう。
「それに対して『オーラ』っていうのは、純粋な身体強化や武器強化に特化したエネルギーなんだ! そして、ガルリオン一族は他のどの種族よりも、その『オーラ』に圧倒的に特化した一族なんだよ! さらに言えば、ガルリオンには個体ごとに固有の『オーラ特性』が発現するんだ。たとえばアルシェ様の護衛のミーズさんなら『回転のオーラ特性』を持っていて、あらゆる攻撃のベクトルを回転させて受け流すのが得意なんだよ」
「へぇ……」
カイはロイドの分かりやすい解説に納得したように頷くと、前を歩くギーズの顔をニヤニヤと覗き込んだ。
「じゃあギーズ。お前自身のオーラ特性は何なんだ?」
「……あ?」
ギーズは急に気まずそうに視線を泳がせ、明後日の方向を向いた。
「さ、さあな……大したことねぇよ。ほら、早くボス部屋行くぞ」
「おいおい、はぐらかすなよ」カイは不敵な顔でしつこく顔を追う。「会社の用心棒なんだから、性能は把握しておきたいだろ。言えよ」
「うるせぇな! 属性なんてどうでもいいだろ!」
「言わないと今日の飯、半分な」
「〜〜〜〜ッッ!!」
ギーズは顔を真っ赤にして地だたらを踏むと、悔しそうに大声で叫んだ!
「……俺には! そのオーラ特性が! まだ出てねぇんだよッ!!」
「「え……?」」
カイとロイドがポカンと口を開けた。
「試練が終わっても特性が開花しねぇから、一族で『落ちこぼれの暴れ馬』って追放されたんだよ! 満足したかクソCEOッ!!」
ギーズは顔を真っ赤にしてフシューッと息を荒らげた。
最強の戦闘種族でありながら、まだ個人の能力が開花していない未完成の原石――それがギーズの正体だった。
「ハハハッ! なんだよ、お前も『持たざる者』か!」
カイは腹を抱えて笑い、ギーズの背中をバシバシと叩いた。
「いいじゃねぇか! 完璧な奴より、伸び代がある奴の方がスタートアップにはお似合いだ!」
「笑うな!!」
◇
そして、一行はついに最深部の『階層主の部屋』へと到達した。
扉の向こうで待ち受けていたのは、災害級の脅威を誇るA級ダンジョンボス――『黒銀の巨岩竜』。全身を金属質の鱗で覆い、口から凶悪な熱線を吐き散らす巨大な怪物だ。
「よし……最後のフィールドテストだ!」
カイの号令とともに、チームが躍動した。
巨竜の発射する熱線や爪撃は、ギーズの圧倒的な基本オーラとフィジカル、そしてカイの無詠唱結界が正面からガッチリと受け止める!
そして、敵の体勢が崩れた瞬間に、ロイドとテトラが【Bit Glove】を打ち鳴らした!
ズババババァァァンッッ!!!
一瞬の隙もなく、ノータイムで叩き込まれる無詠唱の『圧縮爆炎術式』の連射!
スクロールを取り出す暇すら与えない圧倒的な火力の前に、巨竜の頑丈な金属鱗が次々と砕け散り、絶叫とともに崩れ落ちていった。
『グガァァァァッ……!!』
巨竜が地響きを立てて倒れ、消滅する。
あとに残されたのは――部屋の真ん中で青白く輝く、サッカーボールほどもある巨大な【A級魔物の魔石】だった。
「やった……! やったよカイ! A級ダンジョンボス、撃破だよ!!」
ロイドが飛び跳ねて叫んだ。
「手袋も金型も一切壊れてない! 完勝だよ!」
テトラも勝利のポーズを決める。
カイは輝くA級魔石を拾い上げ、不敵に口角を吊り上げた。
「C級レベルの俺たちが、ビットグローブの力だけでA級ダンジョンを一日で完全踏破した……最高の『トラクション(実績)』の完成だ」
カイは魔石を手に持ち、王都の方角を見据えた。
「さあ、王都へ帰るぞ。ゴールドクラフトの豚どもに、俺たちの本当の価値を突きつけてやる!!」




