報告
王都冒険者ギルド本部の広間は、相変わらずの熱気と喧騒に包まれていた。
だが、その一角では既得権益の息がかかった噂屋たちが、ニヤニヤと嫌味な笑いを浮かべてコソコソと囁き合っていた。
「おい見ろよ、あのガキどもが帰ってきたぞ」
「ハッ、C級の分際でA級ダンジョン『竜骨の奈落』に挑むとかイキってた奴らだろ?」
「どうせ入口の雑魚魔物にビビって、一階層目でもたついた挙句に逃げ帰ってきたんだろ! カッコ悪いねぇ!」
冒険者たちの冷ややかな嘲笑と目線が、ギルドの扉をくぐったカイたちに集まる。
ロイドは身を縮こまらせたが、カイは気にも留めず、不敵な笑みを浮かべたままで受付カウンターへと直進した。
「おいシエラちゃん、ギルド長を呼んでくれ。ビッグな討伐証明の査定だ」
「え、カイさん……!? 無事だったんですか!?」
受付カウンターのシエラが驚愕で目を丸くする。
騒ぎを聞きつけ、奥の部屋から太い腕を組んだギルド長ジルドがドカドカと現れた。
「おいカイ! 無茶しやがって! C級の身で『竜骨の奈落』に潜ったと聞いて飛んで帰ってきたんだぞ! 怪我はねぇか!?」
「へッ、心配ご無用だギルド長。怪我どころか、最高のトラクション(実績)を持ち帰ってきたぜ」
カイはチラリと背後のギースに目配せした。
ギースは面倒くさそうに鼻を鳴らすと、肩に担いでいた重厚な麻袋を、ドカンッ!! と受付カウンターの上に叩きつけた。
木製の頑丈なカウンターがミシミシと悲鳴を上げる。
「な、なんだ……!?」
ジルドが固唾を呑んで袋の紐を解き、中身を覗き込んだ――その瞬間。
ギルド本部の広場全体が、息を呑むような静寂に包まれた。
袋の中から現れたのは、サッカーボールほどもある、未だに青白く強大な魔力を脈打たせている巨大な輝石。――A級ダンジョン『竜骨の奈落』の階層主、黒銀の巨岩竜の【極上魔石】だった。
「こ、これは……ッ! 竜骨の奈落のボス……『黒銀の巨岩竜』の魔石じゃねぇかッ!?」
ジルドの絶叫が広間に響き渡る!
「「「な、なんだってぇぇぇーーーッ!?!?」」」
周囲の冒険者たちが、ひっくり返りそうな声を上げた。噂屋たちの顔から一瞬で血の気が引き、開いた口が塞がらない。
「う、嘘だろ……!? A級パーティーでも数ヶ月がかりで攻略するあの難攻不落のダンジョンだぞ!?」
「C級のガキどもが……たった数日でボスを倒して帰ってきたってのか!?」
「シエラちゃん、公式の討伐記録と時刻を刻んでくれ」
カイはニヤリと牙を剥き、広場の冒険者たちへ向けて朗々と声を張り上げた。
「王都の冒険者の皆さん! 聞こえていますか!? 『不発して腕が飛ぶ』『欠陥品だ』と噂されていた我がビットストーン社のプロダクト【Bit Glove】ですが……ご覧の通り! C級の俺たちがこの手袋一つで、A級ダンジョンを数日で無傷踏破してみせました!!」
静まり返る広場に、カイの言葉が突き刺さる。
「動作不発? 事故? ハハッ! 命がけのA級ボス戦で、ただの一回も不発も破損も起きませんでしたよ! 粗悪なデマを流して現場から高品質な道具を遠ざけようとしたのは……一体どこのどいつでしょうねぇ!?」
カイの煽りに、冒険者たちの目が一変した。
デマに対する不信感が、一瞬にして「圧倒的な性能への熱狂」へと裏返った瞬間だった。
「す、すげぇ……! 本当に壊れねぇんだ!」
「A級ボスのブレスに耐えて無傷だと!?」
「おい噂屋の野郎ども、嘘吐きやがったなッ!」
「買わせてくれ! 俺の手袋にも刻印してくれ!!」
広場は大爆発したような歓声と押し寄せる冒険者たちの波に飲み込まれた。
国を牛耳る組織が何週間もかけて仕込んできたネガティブキャンペーンが、たった一つの圧倒的な事実によって完膚なきまでに粉砕されたのだ。
◇
翌日。職人街のビットストーン社・工房の前には、蛇のようにうねる長蛇の列が出来上がっていた。
「持ち込み加工、一双につき銀貨5枚! 順番にお並びください!」
ロイドが嬉しそうに悲鳴を上げながら受付をこなし、テトラとガルツ親父が油圧プレス機をフル稼働させていく。
途中、悪質な妨害を目論む荒くれ者たちが乱入しようとしたが、店頭で寝転がっていたギースが殺気を放つだけで全員が泡を吹いて逃げ出していった。
大盛況の熱気の裏側、工房の奥にあるデスクでは、ミーズが分厚い帳簿を開き、猛烈な速度でペンを走らせていた。
「本日の持ち込み加工件数、五〇〇件突破。売上金、銀貨二五〇〇枚。原価率〇・一パーセント……」
ミーズは現在のビットストーン社の『会計係』を担っていた。投資家であるアルシェに、日々の売上と利益を正確に報告するためだ。
ミーズには「私利私欲」という概念が一切ない。そのため、売上をちょろまかすことも、経費をごまかすことも絶対にしない。一銅貨の狂いもない完璧な決算報告書が、毎日アルシェの元へと送られていた。
「驚異的な数字ですね。アルシェ様もこの急成長にはご満足いただけるでしょう」
ミーズは淡々と手帳を閉じた。
◇
一方、王都の中央街。国の魔導具管理を司る『国家魔導局』の長官室。
豪奢な軍服を着崩した国の高官が、報告書を破り捨てて激怒していた。
単なる一企業のゴールドクラフトではなく、スクロール利権の裏で甘い汁を吸い続けてきた『国の中枢』そのものが、ビットストーン社の躍進に危機感を抱いていたのだ。
「バカな……バカなバカなッ! C級の落ちこぼれどもがA級ダンジョンを踏破しただと!? 刺客として送ったA級パーティーはどうなった!?」
「は、はい……全員、一瞬で叩きのめされて昏倒していたところを保護されました……!」
部下の報告に、高官は額にピキピキと青筋を立てた。
「あのゴミ手袋のせいで、国が管理する魔法スクロールの税収が今月の段階で七割も激減しているのだぞ! このままでは国家の魔導利権が崩壊する!!」
高官は不気味な笑みを浮かべ、机をドカンと叩いた。
「もう生ぬるい嫌がらせなど不要だ。……国家権力を直接行使する。あのビットストーンとかいう弱小会社のCEOに、国家魔導局への『出頭命令』を出せ。違法な魔導具の製造容疑で、国が直々に叩き潰してやる」
◇
その夜。工房でひと段落ついたカイたちの元に、ミーズが国章の押された仰々しい封書を持ってきた。
「カイ様。先ほど、国家魔導局より正式な『出頭命令』が届きました」
「国家からの出頭命令ぇぇぇっ!?」
ロイドが悲鳴を上げ、テトラも顔を強ばらせる。
手紙には『指定の刻限までに局へ出頭せよ。拒否した場合、国家反逆罪とみなし、帝国騎士団による強制捜査および逮捕を執り行う』と、国からの横暴な脅迫が記されていた。
「ど、どうするのさカイ……! 相手は企業や貴族じゃない、『国』だよ!? 国家権力を敵に回すなんて、僕たち一溜まりもないよ……!」
怯え切るロイド。だが、カイは届いた出頭命令の紙を指先で弄びながら、ヘラヘラと笑い飛ばした。
「ハッ、焦るなよロイド。こっちには最強のガルリオンであるギースもいるんだ。いくら国が相手だって、物理的な圧力ならどうとでもなる。大丈夫だろ」
「ダ、ダメだよカイ!! それはあまりにも過信しすぎている!!」
普段は気弱なロイドが、珍しく声を荒らげてカイに詰め寄った。
「ギースがいくら強くたって、相手は国なんだよ!? 個人の暴力で国家権力すべてに勝てるわけがない! 騎士団の総攻撃を受ければ、ビットストーン社は物理的にも社会的にも完全に抹殺されちゃうんだよ! 危機感を持たなきゃダメだ!!」
ロイドの必死の訴え。
だが、カイは獰猛な狼のような笑みを消すことはなかった。
「わかってるよ、ロイド。だからこそ面白ぇんじゃねぇか」
「え……?」
「市場(現場)で勝てなくなったら、国の権力を使って強奪に来た。既得権益の豚どもらしい、わかりやすい手口だ」
カイは右手に嵌めた漆黒の【Bit Glove】を握りしめ、目をギラリと光らせた。
「向こうから親玉が面を洗って待っててくれてんだ。……俺たちのプロダクトがどれだけ恐ろしいか、国家様の中枢で直接叩き込んでやるよ!」




