最強
国家魔導局からの出頭命令を受け、カイとロイドはまず、出資者であるアルシェ・リクートの豪邸へと足を運んでいた。
「――で、国のお偉いさん方に調書を取られることになったんだが……どうすればいいと思う、アルシェ?」
カイは豪華な革製ソファに深く腰掛け、眉をひそめた。
「なんなら、あんたの……リクート商会の力でどうにかできないか? 国からの圧力を突っぱねる手貸しをしてくれよ」
向かいに座るアルシェは、ワイングラスを優雅に傾け、くすりと妖しく微笑んだ。
「確かに、私ならその程度の圧力、国家の深層に手を回して簡単に揉み消してあげられるわね。……ええ、私に会社をすべて引き渡してくれれば、何もかも解決してあげるわ」
「な……ッ!?」
横にいたロイドが跳ね上がった。
「だ、断固反対です! ビットストーン社は僕たちの会社だ! アルシェさんに渡したら、僕たちの会社じゃなくなってしまう!」
「ハハッ、熱くなるなよロイド」
カイはロイドを宥めるように手をかざすと、ニヤニヤと冗談めかした口調でアルシェに向き直った。
「まあ待て。参考までに聞いとくが……もし仮に俺たちが会社を売るって言ったら、いくらで買い取ってくれるんだ?」
「そうね……」
アルシェは冷酷な瞳を細め、さらりと恐ろしい金額を口にした。
「金貨10万枚相当で買い取ってあげるわ。シード期のスタートアップとしては破格中の破格よ?」
「き、金貨10万枚……!?」
ロイドが目を見張り、口をぐうの音も出ないほど開けた。国家の予算に匹敵するような超巨額だ。
「まあ、魅力的ではあるが……まだ売る気はねぇよ」
カイが肩をすくめると、アルシェはフッと笑い、席を立った。
「ふふ、まあいいわ。……せっかくだから、私の特別な部屋を見せてあげる。出資者からのささやかな刺激だと思ってちょうだい」
◇
案内されたのは、屋敷の最奥にある厳重に封印された地下回廊――アルシェの秘蔵コレクションが一堂に会する特別な展示室だった。
一歩踏み入れると、ロイドは息を呑んだ。
部屋中を埋め尽くしているのは、一級品の美術品や眩い宝石、古代の精巧な置物や貴重な骨董品。さらには壁に飾られた伝説級の魔剣や、市場には絶対に流れない超レアアイテムの数々だった。
「す、すごい……どれも国が買えるレベルのお宝ばかりだ……」
「その中でも、面白そうなものがこれよ」
アルシェが指し示したのは、部屋の中央に置かれた装飾美豊かな姿見の鏡だった。
「これは『真実の鏡』。映った者の本来なりたい姿を可視化する古代の魔導具よ」
「なりたい姿……?」
興味津々のロイドが鏡の前に立つと、鏡面が揺らめき、豪華な刺繍の施された大魔導士の法衣を纏い、無数の魔法陣を従えた神々しい姿のロイドが映し出された。
「わ……っ!? 大魔法使いとしての僕だ……!」
感動するロイドを横目に、カイもニヤニヤしながら鏡の前に立った。
しかし――鏡に映し出されたのは、何の変哲もない、いつもの黒髪に不敵な笑みを浮かべた現在のカイそのものだった。
「……ん? なんだこれ、壊れてんのか?」ロイドが首をかしげる。
カイは一瞬ポカンとしたが、すぐに腹を抱えて大笑いした。
「ハハハッ! なんだよ、鏡まで分かってんじゃねぇか! つまり今の自分が最高ってことだな!」
「相変わらず自己評価が高いわね、カイ」アルシェがくすりと笑う。
「もし会社を売ってくれるなら、金貨10万枚に加えて、このコレクションの中からどれでも好きなものを一つあげてもいいわよ。どれも会社一つに見合う価値があるわ」
「どれでも、ねぇ……」
カイは室内をぐるりと見渡すと、ふと壁際に備え付けられた、一際豪勢な棚の前で足を止めた。
そこには、サッカーボールほどの大きさを持つ極上の魔法玉が、20〜30個ほど整然と並べられていた。どれも吸い込まれるような深遠な光を放ち、部屋全体の魔力を歪ませるほどの圧倒的な密度を纏っている。
「へぇ……こんなにあるのか。なぁアルシェ、たくさんあるんだし、一つくらい近くで見てもいいじゃないか?」
カイが興味深げに手を伸ばそうとした、その瞬間。
「――触らないで」
部屋の温度が一気に氷点下まで吹き飛んだ。
アルシェから放たれた鋭利な殺気が、刺すようにカイの首筋を撫でる。あまりの威圧感に、ロイドの足がガタガタと震え出した。
「カ、カイ君……? 君が宝石なんかに興味を持つなんて珍しいね……」
ロイドが怯えながら場を和ませようと必死に笑いかける。
だが、アルシェの冷酷な瞳から笑みは消えていた。
「それだけは、絶対にダメよ。……見学はここで終わり。さあ、冷めないうちに出て行きなさい」
アルシェの機嫌を完全に損ねてしまったことを察し、カイたちは促されるままコレクション室をあとにした。
◇
その足で、カイたちは指定された『国家魔導局』の取調室へと向かった。
重々しい鉄の扉の向こうで待ち受けていたのは、以前スラム街で逃げ出したあの副団長だった。
端正な顔立ちをした金髪のイケメンで、知的な雰囲気を漂わせているが、線の細い体を高級な軍服に包んでいる。
「待っていたぞ、ビットストーンの過激派ども」
副団長は書類に目を通しながら、冷淡な声で言い放った。
「本題に入ろう。『ビットグローブ』だが、国からの正式な認可を受けていない違法な魔導具と判断した。よって、本日をもって王国内での一切の製造および販売を禁止する」
「はあ!?」カイが卓を叩いて身を乗り出した。「そんな不当な営業妨害があるか!」
「先日できた法律だ」副団長は冷たく鼻を鳴らした。「今後は国が認可を出した製品しか、市場に出回ることは許されない。……だが、救済措置はある」
副団長は薄笑いを浮かべ、カイを睨みつけた。
「どうしても販売の許可が欲しいのであれば……その『ビットグローブ』の製造方法と構造、術式の印字技術をすべて我々に提供しろ。国が管理してやる」
「断るね」カイは即答した。「企業の根幹となる技術だ。企業秘密を国に渡すバカがどこにいる」
「交渉決裂だな。……ならば、力づくで没収するまでだ」
「ハッ、やってみろよ!」カイは背後のギースを指さした。「こっちにはガルリオンがいるんだぜ? お前ら雑魚騎士団じゃ束になっても勝てねぇよ」
すると、副団長はクックックと不気味に肩を揺らして笑った。
「雑魚、か。……おい、お出でになれ」
奥の暗がりから、カツン……カツン……と重厚な金属音が響いてきた。
現れたのは、全身から凄絶なオーラを静かに漂わせる一人の男。
帝国騎士団長――ジクード・ガルリオン。同族の中で『最強』と謳われる男だった。
ズオオオオオオオッッ!!!
「――ッ!?」
ジクードがただ一歩足を踏み出した瞬間、世界の景色が歪んだ。
カイとロイドの脳裏に、自分が首を撥ねられ、胴体が真っ二つに裂かれて血の海に沈む『殺される錯覚』が強烈に叩き込まれたのだ。
「う……あぁぁぁッ……!!」
息ができない。体が金縛りに遭ったように動かない。あまりにも圧倒的な、帝国の絶対的な暴力。
「カイ、下がってろ……ッ!!」
ギースが叫び、全身のオーラを滾らせて渾身の一撃を繰り出した!
だが――。
バキィッ!!
ジクードはただ片手を軽く振るっただけだった。
ギースの巨体が弾丸のように吹き飛び、壁を何重にも突き破って血反吐をぶちまけた。
「……ガルリオンの出来損ないが。同族の面汚しめ」
ジクードはギースをゴミを見るような目で見下ろした。
文字通り圧倒的な武力の差。一瞬で半殺しにされたギースの姿に、カイの顔から血の気が完全に引いた。
「どうだ、CEO?」副団長が嘲笑する。「これが国家の力だ。教えろ、さもなくば全員ここで死ね」
死の圧力が目の前に突きつけられる。
カイは悔しさに歯を限界まで喰いしばり、血が出るほど拳を握りしめながら――ついに絞り出すような声で吐き捨てるしかなかった。
「……分かった。製法は渡さねぇ。だが……手袋の製造と販売は、一旦中止する」
◇
命からがら工房へと戻ってきたカイとロイド。
地下研究室は、冷たい静寂に包まれていた。
あまりにも圧倒的な帝国の力。敗北のショックに打ちひしがれながら、カイとロイドは二人きりで机を挟んで向かい合っていた。
「……詰み、だな」
カイがぽつりと呟く。
「製造方法を教えてしまえば、国に技術を真似されて、安価なコピー品を量産されて潰されるだけだ。……かと言って教えずに製造を続ければ、あのジクードに物理的に会社ごと叩き潰される」
ロイドは何も言えず、悔しさに震えながらうつむいていた。
カイは深く息を吐き出すと、意を決したようにロイドの目を見つめた。
「ロイド。……俺は、アルシェに会社を売ろうと思う」
「ッ……!? 何言ってるんだよ、カイ君!!」
ロイドが弾かれたように立ち上がり、顔を真っ赤にして叫んだ!
「絶対にダメだよ! カイ君、何を考えてるんだよ! これは僕たちの会社なんだよ!? カイ君だけの問題じゃないんだ! 一緒に頑張ってきたテトラや、これから雇う従業員たちの生活はどうなるんだよ!!」
「じゃあどうしろってんだよッ!?」
カイも感情を爆発させて叫び返した。
「国っていう巨大な化け物に、今の俺たちが勝てるわけねぇだろッ!!」
ぶつかり合う二人の想い。
絶体絶命の壁にぶち当たったビットストーン社に、最大の危機が訪れていた――。




