ピボット
「国っていう巨大な化け物に、今の俺たちが勝てるわけねぇだろッ!!」
カイの怒号が地下研究室の石壁に強く反響し、重苦しい沈黙が降り積もった。
胸を上下させて息を荒らげるカイ。ロイドは拳を固く握りしめ、ボロボロと溢れ出る涙を拭おうともせずにカイを睨みつけていた。
「勝てないからって……諦めるのかい!? カイ君は、そんな奴だったのかい!? 世界を変えようぜっていってくれたのは、全部ウソだったのかよッ! カイ君が諦めたら、ビットストーン社は本当におしまいなんだぞ!!」
ロイドの悲痛な叫びに、怪我を押して壁にもたれかかっていたギーズが、痛みに顔を歪めながら低く唸った。
「……会社を売るだと? 冗談じゃねぇぞ……俺の飯はどうなる?」
テトラも唇を噛み締め、悔しそうにカイを見つめている。
仲間たちの痛切な視線を一身に受けたカイは、ハァーッと深く息を吐き出すと、頭をガリガリと掻き回した。
「……ハァ、お前らなぁ」
カイの表情から荒々しさが消え、いつもの不敵で獰猛なニヤリ顔が戻ってきた。
「誰が諦めるなんて言ったよ?」
「……え?」ロイドが呆然と口を開ける。
「バカ言え。俺が血と汗を流して立ち上げた会社だ、そう簡単に全滅させられてたまるか。……会社はアルシェに売る。だが、それは手放すためじゃねぇ。巨額の資金を手に入れて、次の新しいプロダクトを作るためだ」
「新しい……プロダクト……?」
「そうだ。今の俺たちの地位と武力の規模じゃ、帝国には絶対勝てねぇ。なら、会社を金貨10万枚で売り払って無駄な戦いから降りる。そして手に入れた資金で、あの帝国すら叩き潰せる『もっとヤバい力』を一から開発するんだよ」
カイは不敵に牙を剥いた。
「俺たちが生き残って、最後に勝つための戦略だ」
◇
その日の夜。カイとロイドは再びアルシェのところに訪れていた。
豪奢な応接室。真紅のワインを静かに傾けていたアルシェの前に、カイは不敵に言い放った。
「あんたに会社を売るよ、アルシェ」
アルシェはワイングラスを止め、優雅に眉を上げた。
「あら、意外と潔い決断ね。……それで、もうお終いなの?」
「俺たちが終わるわけないだろ。資金を元手に次のプロダクトを作るんだよ」
「何かもう決めているの?」
「……いや、決めてねぇ」
カイが潔く首を振ると、アルシェはくすりと可憐に微笑んだ。
「ふふ、ならちょうどいいわ。提案があるの。……一緒に働いてくれた従業員や職人たちは、すべて私の方で引き取るわ。安心して、私の傘下として正式に雇用するだけよ。アンデッドになんてしないから」
ロイドが「ほっ……」と胸を撫で下ろす。
アルシェは立ち上がると、コレクションの部屋へ再び案内された。
展示室で異彩を放っている、『魔宝玉』の前に止まった。
そして、数ある中から一つを取り出しカイに渡した。
拳ほどの大きさだ。
「……言っておくけれど、あなたにあげるわけじゃないわよ。ただ貸すだけ。あなたたち二人で、これと同じものを再現して作り出しなさい」
吸い込まれるような美しい光を放つ魔宝玉。
カイは目を細め、その表面に流れる魔力の波形をじっと見つめた。カイは元々、結界魔法の専門家だ。並の魔法使いや研究者では決して気づかない、極小の術式の重なり――。
「……待てよ。これ、構造自体は『結界魔法』に酷似してねぇか……!?」
カイの指摘に、ロイドも丸メガネを押し上げて魔宝玉へと顔を近づけた。
「えっ……本当だ! 多重展開された極小の結界術式が、内側にエネルギーを完璧に閉じ込めて圧縮してる……! だからこんな異次元の魔力密度を維持できてるんだ!」
「そうだ! 結界の壁そのものを回路にして、魔力を無限循環させてやがる……! すげぇ……こんな高度で洗練された魔法、他に見たことねぇぞ!!」
「僕もだよ! こんな高性能な魔法構造、見たことも聞いたこともない……! これを再現できたら、世界が変わっちゃうよ!!」
一瞬前までの暗い表情はどこへやら、二人の天才開発者は目を輝かせ、子供のように大興奮で魔宝玉に貪りついた。
◇
契約と貸与の手続きを終え、屋敷の廊下を歩いて帰路につくカイとロイド。
あの展示室の前を通りかかったその時――カイがふと足を止めた。
部屋の中央に置かれた『真実の鏡』。映った者の本来なりたい姿を可視化するという、古代の魔導具だ。
そこを通り過ぎようとしたカイだったが、何気なく鏡に視線を向けたその瞬間――
「……なッ!?」
思わず、抑えきれない大声が漏れ出た。
その顔は、今まで一度も見せたことがないほどの猛烈な驚愕と衝撃に染まり、目の瞳孔が極限まで開いていた。
「え!? カイ君、どうしたの?」
後ろを歩いていたロイドが驚いて覗き込んでくる。
しかし、ロイドが視線を合わせた次の瞬間には――カイの表情から驚愕は綺麗さっぱり消え去っていた。
「……いや、なんでもねぇよ」
カイはフッと鼻で息を吐くと、いつもの不敵で、どこか狂気を孕んだニヤリ顔に戻っていた。
「行こうぜ、ロイド。……面白くなってきた」
「う、うん……?」
ロイドは不思議そうに首をかしげながらも、前を歩くカイの背中を追いかけていった。
◇
こうして『ビットストーン社』は金貨10万枚でアルシェへ売却された。
行政からの圧力という政治的トラブルに関しても、アルシェが動いたことで一瞬で解決した。アルシェは国の高官たちに対し、金の代わりに『ビットグローブの製造方法』をあっさりと教えて渡し、リクート商会の利権として手打ちにさせたのだ。国も製法を手に入れて満足し、国家魔導局からの営業停止処分の件は完全に丸く収まったのだった。
会社を売却したことで、潤沢な資金が手に入った。
カイは十分すぎるほどの金をギーズに渡した。傷の癒えたギーズは「俺の認める主を探しに行く」と言い残し、満足そうに王都を旅立っていった。
テトラや職人たちも、アルシェの傘下となった安全な工場で、相変わらず元気に金属パーツや金具の製造に打ち込んでいる。彼らの雇用も生活も完璧に保障された。
そして、新しく準備された広い地下研究所。
カイとロイドの前には、アルシェから借り受けた『魔宝玉』が鎮座していた。
「資金も場所も揃った。……よし、研究開始だ」
カイは不敵に口角を吊り上げ、光り輝く魔宝玉に手をかざした。
ジクードを、そして帝国を越えるための新たなハック――『魔宝玉の解析と再現』という果てしないプロダクト開発が、今ここから始まろうとしていた。




