外伝第四話:白銀の瞑目、鏡合わせの覚悟
外伝第四話:白銀の瞑目、鏡合わせの覚悟
タルカ法国の聖域、白亜の尖塔が連なる演練場。そこでは、かつて荒野を駆けた少年・シーザーが、法の体現者としての研鑽に明け暮れていた。
周囲には、家柄と聖性を誇る若き聖騎士候補たちが顔を並べていたが、シーザーの剣技はその中でも群を抜いていた。
彼が重視するのは、泥臭い勝利ではない。
一分の狂いもない「型」と、澱みのない「理」である。
「……アレクサンダーが見たら、『お座敷剣法』だと鼻で笑うだろうな」
模擬戦で三人の候補生を瞬時に地に伏せさせた後、シーザーは自嘲気味に呟いた。
実戦の熱気や血の匂いを遠ざけ、ただ静謐な空間で完成されていく剣。
しかし、その冷徹なまでの正確さは、すでに師であるアウグストゥスのそれをも凌駕しつつあった。
「シーザーよ、目を開けるな。怒り、憎しみ、そして何より『欲望』に支配されるな。魔王族の毒は、魂の微かなひび割れから侵入してくる」
アウグストゥスの静かな、しかし重みのある声が、深い瞑想の中にいるシーザーの耳に届く。
聖騎士にとって最も困難な修行は、剣を振ることではない。
膨大な「聖王力」をその身に留め、維持するための精神的純潔を保つことにある。
シーザーは意識の深淵で、自らの聖性の拠り所となる「聖なる象徴」をイメージした。
精神の海、その中央に凛として現れたのは――ミリアムの姿だった。
修道院の木漏れ日の中で微笑む彼女を想うとき、シーザーの聖王力は純度を増し、白銀の輝きとなって全身を駆け巡る。
しかし、平穏は刹那に崩れた。
瞑想の陰から、不遜な笑みを浮かべたアレクサンダーの幻影が現れ、親しげにミリアムの肩に手をかけたのだ。
その瞬間、シーザーの胸を焼くような不快な熱が走り、完成されていた聖王力は、春の雪のように呆気なく霧散した。
「……くっ」
目を見開いたシーザーの額には、大粒の汗が伝っていた。
「父上、一つお教えください。……何故、聖騎士は愛を敬遠するのでしょうか? 愛とは、神が説く最も尊い感情ではないのですか?」
シーザーの問いに、アウグストゥスは悲しげな、それでいて慈愛に満ちた眼差しを向けた。
三十を過ぎてなお、独身を貫き、一点の曇りもない聖王力を維持し続ける「生ける聖者」。
「愛そのものが悪なのではない。だが、愛は容易に形を変える。執着、嫉妬、独占欲……。それら負の感情に打ち勝ち、聖王力を保ったまま人を愛し抜くことは、至難の業なのだ。ゆえに、真実を知らぬ若いうちにしか、人は純粋な聖騎士にはなり得ない」
「父上のような高潔な方が、この国の頂点に立ち、導くべきではないのですか?」
シーザーの言葉には、最近目にするようになった元老院議員たちの、肥え太った欲望への嫌悪が滲んでいた。
しかし、アウグストゥスは首を振った。
「政治も、権力も、聖王力を曇らせる毒に過ぎぬ。私は、いつか来る強大な魔王族との決戦のために、この力を温存せねばならんのだよ」
アウグストゥスは、世俗の汚れをすべて「外」へ追いやり、聖域の中で力を研ぎ澄ましていた。
シーザーは理解していた。
アウグストゥスがその清廉さを保てるのは、かつての戦友であるハンニバルのような「野性の暴力」が、聖域の外で汚れ仕事を請け負っているからだということを。
光が強くあるためには、その影を引き受ける存在が必要なのだ。
(法国の腐敗した老人たちを守るために、私の聖王力は必要とされる。だが、その力を維持するためには、手を汚すわけにはいかない……)
シーザーの脳裏に、再びアレクサンダーの姿が浮かんだ。
あいつに泥を被らせようと言うのか。
いや、あいつなら笑って泥を被るだろうか。
「……考えるのはよそう」
シーザーは思考を断ち切り、再び白銀の剣を構えた。
冷徹な「型」の中に己を閉じ込め、人間らしい情動を削ぎ落としていく。
それが、彼が選んだ聖騎士としての道であり、ミリアムを守るための唯一の術だと信じて。
再会の日、かつての友がどのような「牙」を持って現れるのか。
その予感に、シーザーの心は、期待と、それ以上の深い絶望に震えていた。




