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地王伝:第一部外伝  作者: 蓮葉橋架
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外伝第三話:荒野の獅子、牙を研ぐ日々

外伝第三話:荒野の獅子、牙を研ぐ日々


修道院を離れたアレクサンダーを待っていたのは、安らぎとは無縁の、血と鉄に塗れた実戦の日々であった。

「よいか、坊主。聖王力や天王力は確かに強力だ。だが、それに頼りすぎるな。最後に生死を分けるのは、泥を這い、死線を潜り抜けてきた己の肉体と、その身に刻まれた本能だ」

夕闇が迫る荒野、返り血で真っ赤に染まったハンニバルが、愛剣を無造作に地面に突き立てて語った。

彼の背後には、アレクサンダーが仕留めたばかりのゴブリンやコボルトの残骸が折り重なっている。

「へっ、さすがはおっさんだ。理屈ばっかりのシーザーより、よっぽど話がわかるぜ!」

アレクサンダーは荒い息を吐きながらも、その瞳には野性的な歓喜が宿っていた。

かつての少年らしい柔和な面影は消え、日毎にその肉体はしなやかな鋼のように引き締まっていく。

ハンニバルの容赦ない指導の下、アレクサンダーはメキメキと頭角を現し、戦場の熱を吸収して成長していった。

「魔王族といえど、不滅ではない。弱点は人間と同じだ。心臓を貫くか、脳を吹っ飛ばせ。迷いは死を招くぞ!」

ハンニバルの振るう剛剣が、大気を爆ぜさせながらアレクサンダーの喉元を掠める。

アレクサンダーは本能的な直感でそれを紙一重でかわし、重心を低く保って反撃の隙を伺う。

地獄のような訓練。

だが、アレクサンダーにとって、ハンニバルが時折語る武勇伝の数々は、どんな聖典よりも心躍る最高のご褒美だった。


ある夜、戦いの合間の静寂。

爆ぜる焚き火を囲みながら、アレクサンダーはふと、隣に座る巨漢に問いを投げた。

「なあ、おっさん。あんたほどの男が、どうして妻の一人も娶らねえんだ? 決まった女に縛られるのはごめん被るって口癖、本当なのかよ」

ハンニバルは酒瓶を煽り、夜空を見上げて鼻で笑った。

「当たり前だ。俺は自由な風でありたいのさ。一箇所に留まれば、剣が鈍る」

「……隠したって無駄だぜ。本当は、忘れられねえ女の一人くらいいるんだろ?」

アレクサンダーの茶化すような視線に、ハンニバルは一瞬だけ、遠い記憶を辿るような深い沈黙を見せた。

「一人……いる。名はメルフェ……。いや、よそう。過ぎた話だ」

「ははっ! なんだ、最強の戦士もおんなじか。振られたんだな? まあ気にするなよ、そういうこともあるさ」

アレクサンダーは豪快に笑い飛ばし、ハンニバルの逞しい肩を抱いた。

「バカ言え! そんなわけがあるかッ!」

ハンニバルの照れ隠しの怒声が、荒野の夜に響き渡る。

二人の間に流れる空気は、もはや師弟というよりも、血の繋がらない親子に近いものへと変わっていた。


来る日も来る日も、戦いと訓練は繰り返された。そしてついに、その日は訪れる。

夕刻の平原。

激しく打ち合う二人の剣が交錯した瞬間、アレクサンダーの剣がハンニバルの守りを鮮やかに弾き飛ばした。

宙を舞い、地面に突き刺さるハンニバルの愛剣。

静寂が降りる。

ハンニバルは自分の空になった掌を見つめ、それから満足げに目を細めた。

「……もう、俺が教えられることは何もない。あとは実戦あるのみだ。坊主、お前はもう『戦士』だ」

その言葉を受け、アレクサンダーはいつもの軽口を封じ、居住まいを正した。

「……ありがとうございます。親父」

初めて口にした、心からの礼と、その呼び名。

ハンニバルは照れくさそうに顔を背け、空を仰いだ。

「あとは……副将のハボンに教えてもらうといい。あいつは用兵に精通している。集団を動かす術を学べ」

ハンニバルの言葉に、アレクサンダーは微かな違和感を覚えた。まるで、自分から離れる準備をしているような――。

だが、連日の激闘による疲労に勝てず、その日は深い眠りに落ちてしまった。


翌朝、夜明け前の蒼い霧の中で、ハンニバルは一人、旅装を整えていた。

「どこに行くってんだ、親父」

背後からの声に、ハンニバルは振り返ることなく答えた。

「人生の決着をつけにな。これは俺の魂の問題だ……私闘ゆえ、一人で行かせてくれ」

その背中は、これまで見てきたどの戦場よりも孤独で、そして揺るぎない決意に満ちていた。

アレクサンダーはそれ以上、言葉を紡ぐことができなかった。

戦士としてのハンニバルの誇りが、引き留めることを許さなかった。

「……また会えるよな。死ぬんじゃねえぞ」

「おうよ! またな、アレクサンダー」

ぶっきらぼうに、しかし確かな温かさを残して、ハンニバルは荒野の向こうへと消えていった。


その後、アレクサンダーは副将ハボンの下で、傭兵団の指揮や集団戦の真髄を学んだ。

個人の武勇だけでなく、多くの命を預かる重圧と、それを動かす知略。

アレクサンダーの器は、ハンニバル譲りの豪胆さとハボン仕込みの狡知を併せ持ち、さらに大きく完成されていく。

そして、アレクサンダーが二十歳を迎えた年。

彼は自らの力をさらに高めるべく、一時的に傭兵団を離れ、独り修行の旅に出ることを決意した。

背負った大剣、精悍さを増した顔つき、そして内に秘めた圧倒的な聖王力。

彼が運命の導きに誘われるように、かつての故郷、そして宿命の再会へと足を踏み出すのは、そのすぐ後のことである。

シーザーという、もう一人の英雄の姿を、地平線の向こうに見つけるまで、あとわずかであった。

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