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地王伝:第一部外伝  作者: 蓮葉橋架
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外伝第二話:惜別の朝、そして三つの運命

外伝第二話:惜別の朝、そして三つの運命


修道院の広間に漂う空気は、かつてないほどに張り詰め、重厚な武勲の香りが満ちていた。

シスター・エレーナの背後に控えていたのは、一国の運命を背負うに相応しき二人の偉丈夫であった。

「今日は、あなたたちの未来を決める大切なお客様がいらっしゃっています」

エレーナが静かに紹介したのは、三十代という若さにして法国の盾と称される聖騎士アウグストゥス。

白銀の軽装鎧を纏い、その瞳は澄み渡る泉のように静謐だが、一瞥するだけで相手の魂を見透かすような鋭い理性が宿っている。

もう一人は、荒々しく削り出された岩山のような巨躯を持つ戦士ハンニバル。

無数に刻まれた傷跡は、彼が潜り抜けてきた死線の数を無言で物語っており、その全身から放たれる圧倒的な熱気は、周囲の空気を歪ませるほどであった。

エレーナはいつになく神妙な面持ちで、アウグストゥスがシーザーの養父となり、彼を法と騎士道の後継者として引き取ることを告げた。

「……謹んで、お受けいたします」

シーザーは迷うことなく、その場に片膝をついた。

幼いながらも、その仕草は既に完成された騎士のそれであり、白銀の英雄を仰ぎ見る瞳には、私欲を捨てて大義に殉ずる覚悟が、冷たく、そして激しく燃えていた。

対照的に、ハンニバルは獲物を定める猛禽のような眼光で、アレクサンダーを睨み据えた。

「坊主、お前は俺と来い。泣き言を言う暇もねえ地獄の戦場を巡り、貴様を世界最強の『戦士』に鍛え上げてやる」

「……なんだよ、それ。急にそんなこと言われたって……俺たち、バラバラになっちまうのかよ」

アレクサンダーは珍しく、力なく言葉を漏らした。

昨日まで泥だらけで取っ組み合い、同じ釜の飯を食っていた日常が、足元から崩れ落ちていく感覚。

拒絶するように顔を背けるアレクサンダーに対し、ミリアムは修道院に残り、その比類なき聖性を開花させるための修行を続けることが決まった。

「ふふ、まるで私たちの若い頃を見ているようだな」

アウグストゥスが隣の親友へ微かな笑みを向けると、ハンニバルもまた、野性的な笑みを浮かべて頷いた。

「違えねぇ。このガキ共が、俺たちを越える化け物になるか、それとも途中で潰れるか……楽しみだぜ」


いたたまれなくなったアレクサンダーは、修道院の裏手にある思い出の丘へと飛び出した。

それを追うように、シーザーが静かな足取りでやってくる。

「アレクサンダー、待て」

「うるせえ! お前みたいに物分かり良くなんてなれねえよ!」

「……逃げるな。これは別れではない、『研磨』のための旅立ちだ」

シーザーは、逆光の中に立つ友の肩を強く掴んだ。

その手は、自分自身の不安を押し殺すように震えていた。

「それぞれが相応しい場所で、己を極めるんだ。そして……必ず、また再会しよう。共に魔王族を討ち倒し、この国に本当の平和をもたらすために。……ここに残るミリアムが、安心して笑える世界を作るために」

アレクサンダーは、堪えきれず溢れそうになる涙を隠すように、強く、一度だけ頷いた。

拳を握り締め、自分よりも一回り大きく見えるシーザーの背中を、その目に焼き付けた。


その夜、修道院は死のような静寂に包まれていた。だが、アレクサンダーとシーザーの部屋には、二人の不安を溶かすような優しい気配が忍び寄った。

「……眠れないの?」

寝衣姿のミリアムが、小さな灯火を手に現れた。

三人は狭い部屋の床に車座になり、夜が更けるのも忘れて語り明かした。

この修道院で過ごした日々のこと。

シスターの目を盗んでつまみ食いをしたパンの味。

シーザーが法を説き、アレクサンダーがそれを笑い飛ばし、ミリアムがそれを静かに見守る――。

いつもの光景。

しかし、これが最後であるという予感。

「次に会う時は、お前を驚かせるくらいの英雄になってやるからな」

「私は、お前が道を外さぬよう、常に先を行く。……追いかけてくるがいい」

「私は……お二人が、いつでも帰ってこられるように。ここを守っています」

言葉を紡ぐほどに、三人の心はより強く、より深く結びついていった。

やがて、朝日が窓の端を白く染め始める頃、力尽きた三人は重なり合うようにして深い眠りに落ちていた。それは、彼らの人生における最後の、純粋な安らぎの時間であった。


翌朝、修道院の前に二台の馬車が並んだ。

「じゃあな、シーザー。ミリアム……元気でやれよ!」

アレクサンダーは、既に自分を待っているハンニバルの荒々しい馬車へ飛び乗った。

その顔には、昨夜の涙の跡はもうない。

あるのは、新天地への渇望と、再会への誓い。

「ああ。再会するのが楽しみだ。……その時まで、死ぬことは許さん」

シーザーは、アウグストゥスの隣に座り、凛とした姿勢で友を見送った。

ミリアムは無言のまま、二人の手を順番に、力強く握り締めた。

その柔らかな掌の感触は、これから始まる過酷な修行の日々の中で、二人にとって唯一の救いとなるだろう。

「出発するぞ」

ハンニバルの低く響く声と共に、馬車が動き出した。

一台は、法と光が支配する聖地へ。

一台は、血と鉄が踊る戦乱の荒野へ。

そして一人は、静寂の中に神の声を聴く祈りの塔へ。

それぞれの道を往く馬車の轍が、別々の方向へと伸びていく。

再会を信じ、振り返らずに突き進む少年たちの背中を、シスター・エレーナは祈るように見送っていた。

彼らが再び相まみえるのは、それから八年後。

世界が闇に包まれ、かつての無垢な少年たちが「英雄」という名の業を背負うことになる時。

まだ知らぬ未来のことである。

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